カラフルなカラス 2

鳥を焼く匂いをかいくぐって細い路地に入ると、すぐに私の働く店がある。この辺じゃ老舗の二階建ての居酒屋。入り口は狭い。ガラガラと引き戸を開けて、一番乗りとわかっていてもおはようございまーすと声を出す。明るいうちのハモニカ横丁はひどく他人行儀な感じがする。サッサと掃除を終わらせて、店の赤い看板の電気をつける頃になると、ようやくこの飲み屋街に血が通い出す。空は薄いオレンジの光を名残惜しそうに見送り、群青が濃くなっていく。

夢や目標と呼ばれるものがなければないほど、切実に自分の居場所を求める人は多い。と思いませんか? 若いうちはとくにガムシャラに。職場では、家族には共有できない、自分一人では抱えきれない時間を一緒に過ごしてくれる仲間がいたら、どんなにいいだろう。東京にはそんな居場所を求める人間が途方もないほどいて、そんな人間を呼び込む場所が途方もないほどある。そしてそこには時々、翔太みたいな人がいる。老若男女関係なく様々な職種の人間が翔太の元に集まり、翔太を中心として結び付いた。中肉中背、素朴な顔立ちに黒髪のツーブロック。笑うとなくなる目にキレイな歯。特に話が上手いわけじゃないけど、どんな話にも対応してくれて、無茶ブリに困ってる顔もかわいい。不思議と翔太に名前を呼ばれるだけで、ちょっと大げさかもしれないけど、なんていうか、こんな私でも生きてていいんだって気持ちになった。水商売に向いてるって、翔太みたいな人のことを言うんだなって思った。私もそんな人になってみたかった。


開店準備は少し慣れてきたものの、まだ全力で動き続けないと間に合わない。板前さんが出勤して、ホールを仕切るお姉様たちが揃うころには半袖でも大丈夫なくらい体があたたまっていた。外の寒さが嘘みたい。ポツポツと客が入り出し、気が付けば大人数の宴会が始まり、喧騒の中でただただ客の注文をさばき、合間で必死に洗い物をして無我夢中で走り回っているうちに閉店時間がくる。さぞかし汗臭くなっているだろうけど、ここは色んな匂いがし過ぎているからたぶん大丈夫。
片付けも終わり、日付けが変わる頃に店を出ると、物陰から赤いコートを着た綺麗な女の人が出てきてびっくりした。「リコちゃん!」泣きそうな声。よく見たら翔太の彼女のミサキさんでもっとびっくりした。

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