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ロマンチック理数ナイト物語

外は嫌いだ。人混みはストレスだし、人が話す声も苦手だから。

でも夜の外は好きだ。澄んだ空気に誰もいない住宅街。

なにより、私の大好きな星空がよく見える。

今日の昼間、一週間ぶりに外に出ないといけなくて、そこで溜まったストレスを溶かすために、私はいつもの小高い丘へとやってきた。

「はぁ……今日も綺麗」

草の上にどさ、と仰向けになると、私の視界は途端に星空で一杯になる。

これが唯一の外での楽しみだった。

昔から好きな星や宇宙、そのパワーを感じるように私は目を閉じて大きく息を吸い込んだ。

「凄くゆっくりしてるみたい……きっと丘の下にいる街の人たちよりゆっくりしてる」

仕事に学校に行き急いでいる人たちに少々の申し訳なさを感じながら、それでも幸せそうに呟く。

いつもの独り言なのに、今日だけはいつも通りに、とはいかなかった。

「それは違います!」

「………っ!」

返ってくるはずのない独り言に返事があった。

ただでさえ人の声が苦手なのに不意打ちに来たその言葉に、私は肩を思い切り跳ねさせた。

だが、反射的に振り返ったその行動が、もう一度激しく私の肩を跳ねさせることとなる。

「おっと、怪しい人じゃないですよ」

「きゃぁぁっ!」

覆面だった。

夜の闇に紛れるような真っ黒な覆面を被った男が、楽しそうな笑い声を上げながら私と同じように丘の草場へと身体を投げ出してこちらを見ていたのだ。

「ひぃっ……!」

対人恐怖症の私で無くてもこの夜の時間に覆面を被った男――声から判断したーーを目の当たりにすれば悲鳴を上げるだろう。

なのにも関わらず、覆面男は悪びれるそぶりもなくただ笑い声を上げ続けていた。

「だから、怪しいものじゃないですってば。私の事は覆面さんと呼んでください」

「………そ、んなの……二回も言う人は、怪しいです……!」

それにその格好。鏡をもう一度見てから同じ言葉が吐けるのだろうか。

「まあまあ、そんな些細な事より」

「些細では無いと思う、んですけど」

最初の衝撃よりは落ち着いたが、そもそも他人と会話するのなどいつぶりだろうか。

私は喉が急速に乾いていくのを感じながら草を潰して彼から距離を取る。

「街の人々よりゆっくりしてると言うのは間違いです」

「………は?」

警戒をしながら見つめ返すが、覆面の男はどこ吹く風。のんびりと空を見上げていた。

「アインシュタインは知っていますか?」

「え、と………まぁ」

急な質問にとりあえず答えた私に、覆面さん、と名乗った男は満足げに頷いた。

「色々有名な理論を出してる人ですけど。その中に重力と時間のお話があります」

「………」

あまりに唐突に始まったその話に首を傾げながら見つめていると、彼は少しだけ興奮したように声を大きくして早口になっていた。

「重力が強いところでは時間の進みが遅く、弱いところでは反対に早く流れているのです。今私たちの感じてる一番大きな重力は地球。その地球に近い方が沢山重力を感じてる、だから地球に近い街の人たちの方が、こうして丘に登ってる私達より時間はゆっくり流れているのです」

「………………はぁ」

あまりに聞いたことの無い話の連続で、私はもはや覆面さんの覆面についてだとか、急に現れた他人、しかも男性であると言う事はもはや思考の埒外だった。

「まぁ、私たちが認識できないような秒数の違いですけどね、でもロマンがありませんか?」

「ロマン、ですか?」

「えぇ、一番身近で大きな重力は地球だとは言いましたが、その地球も宇宙の中では無重力とそんなに変わらないんですよ。時間の進みという事を見ればね」

今丘から飛び出せばたちまち私を引き付けて強烈に捕まえてくる重力が、無重力と変わらない?

あまりの言い方に、私は人と話しているという事実も忘れてくす、と頬を緩めてしまった。

「あー、笑いましたね?本当ですからね!」

「あっ、いえすみません……」

馬鹿にしたわけでは無い、と慌てて両手と首を振るが、覆面さんも気にしたわけでは無いのだろう。変わらない笑い声を上げていた。

「もっと強烈な重力……例えばブラックホールとかですね」

「ブラックホール……昔カードゲームとかで見ましたけど」

本当にあるものなのか、と小さく首を傾げると、覆面さんは一度頷いて教授のように人差し指をピンと伸ばして話始めた。

「物凄くざっくりと簡単に言うと穴では無いんだ。とても大きな星が自分の重力に勝てなくなってどんどんと星の全てが自分の重力によって一塊に集まっていく。ぎゅーっと中心に寄っていくんだけど……。ぎゅうぎゅうな物、質量が高いものっていうのは重力が強いんだ」

子どもにするような説明だったが、なんとかそれのおかげで付いていくことが出来た。

「それがブラックホールの正体なんだけど……なんでも吸い込むって言われるのは重力がとてつもなく強いから。光も逃げられないほどの重力だとね、時間も吸い込んでいくんだよ」

これは比喩表現だけど、と付け足した覆面さんは、此処で何かを思い出すように右上を見つめた。

「例えばね、映画の話なんだけど、ブラックホールの近くの星で三時間過ごしたら、地球では二十一年経ってました、って話があるんだ。でも、これって理論的には可能なんです。物凄くロマンがあると思いませんか?」

もう一度言われたロマンと言う言葉に、私はすぐに頷くことが出来なかった。

理論的という言葉が文系の私にはどうも取っ付きにくい言葉だったからだ。
空想は好きだ。妄想と言ってもいいかもしれない。

もし空が飛べたら、魔法が使えたら、そんな理論的にありえない話が好きな私を否定された気持ちになってしまう。

「それで何が出来るんですか……?」

少し険のある言い方になったかもしれない。でも、彼は全く気にするそぶりが無かった。

「未来の道具ですよ!みんなが知ってる道具が無くても、同じことが出来ます!」

「………?」

「頭につけるだけで空を飛べたり、扉をくぐればどこでもいけると言うような道具と同じことができるって事です」

今言ったものも実現する可能性はありますが、と付け足した彼は、一度咳払いをした。

「今でも、宇宙に人が行くのは普通の話でしょう?そのロケットとかを少し進歩させれば未来にタイムスリップすることができるんです」

どう言う意味か分からず首を傾げてしまう。

「ブラックホール近くの星にロケットで行って、三時間滞在して帰ってくる。それだけでタイムマシンなんです!行った人にとっては三時間だけ。でも帰ってきたら二十一年後。老いもせずに未来に行くって事ですよ………タイムマシンじゃないですか」

そう言われて初めて理解ができた私は、何故か高鳴ってしまう胸を感じていた。

「………なるほど、宇宙に行く事を進歩させるだけでタイムマシンになる……」

それは私の好きな空想の話だったが、ボタン一つで何年後に行く、と言うよりもよっぽど現実的だろう。

「………面白い、ですね」

「お!興味を持って貰えましたかっ?」

思わず呟いた一言に、覆面さんは心から嬉しそうに身を乗り出した。

「後はですねー、『今』なんて存在しないってお話、聞いたことがありますか?」

「………えっ?」

今がない。こうして私達が話してるのは今ではないのだろうか。

いつの間にか覆面さんの話に夢中になり始めていた私がいるのは、今のはずなのだが。

少しだけ身を乗り出して訊こうとしたが、彼は一枚のフライヤーを取り出して見せてくるだけだった。

「ロマンチック理数ナイト……?」

そこに書いてあった文字を読んだだけの私だったが、そのフライヤーを渡されると、何かのイベントであることだけは把握ができた。

「気になったのなら、是非来てください。理数とは言いますが、小難しい勉強会なんてしません。未来の便利道具はどうやって作れるか、とかロマン溢れるお話をするだけです」

イベントという事は私の苦手な他人と一緒にいる空間なのだろう。

でも、私はすぐに場所と時間を確認して大きく息を吸った。

「行きます」

衝動的だけど、確かに感じたのだ。

面白い話が聞けるかもしれない、自分が何か変わるかもしれない、と。

『今』確かに感じた気持ちが逃げる前に、動き出してみたい。

行ってみよう、ロマンチック理数ナイト。


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