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『キリスト教国の7人の勇士たち』第1章

はじめまして。
百合子と申します。
ご一緒に物語はいかがでしょうか。
『キリスト教国の7人の勇士たち』(英語タイトル The Seven Champions of Christendom)という冒険物語を少しずつ訳していきたいと思います。

小さい頃は物語を読むのが大好きで、母にせがんで近所の本屋さんで物語の本を買ってもらったり、図書館で借りたりしてよく読んでいました。読み始めたら途中でやめられず、最後まで読んでしまうこともよくありました。

でも、大人になると何かと忙しくなり、自由な時間をもつことがあまりできなくなりました。「今日は何をしなければならないか、明日までに何をしておかなければならないか」ということばかりが気になり、タスクに追い立てられているうちに、いつの間にか物語を読むことも忘れてしまっていました。

ところが最近、仕事で必要があってネット検索をしているときに、以前から読んでみたかったある物語を見つけたのです。そのときはとりあえずURLだけ記録して仕事に戻ったのですが、どうにも気になってしかたがありません。子供の頃は、面白そうな物語を見つけると一刻も早く読みたかったものですが、なんだかその頃に戻ったような心地でした。

やっと仕事を終えてその物語を読み始めると、想像していたのとは少し違っていたものの、とても面白くて、時間が許せば昔のように一気読みしたいぐらいでした。実際には、なんだかんだとやらねばならないことがあったので、少しずつ、1週間ぐらいかけて読み終えました。

それは、『キリスト教国の7人の勇士たち』(英語タイトル  The Seven Champions of Christendom)という物語です。イギリスの守護聖人とされる聖ジョージについて調べているときに見つけました。古い物語ですがそれなりに有名らしく、私も題名やいくつかの場面は前から知っていたのですが、最初から最後まで通して読むのは初めてでした。

タスクに追われるあまりに自分が好きだったことを忘れてしまっていたとは、なんて悲しく、もったいないことでしょう。もう昔のように一気に読むことはできなくても、時間をうまく作れば少しずつでも読めるのではないでしょうか。そして、物語の楽しさをどなたか一緒に味わってくださったらどれほど嬉しいことでしょう。

『キリスト教国の7人の勇士たち』にはまだ日本語訳がないみたいなので、私の下手な訳で申し訳ありませんが、毎回少しずつ掲載させていただきたいと思います。応援していただけましたら幸いです。

原作者は16世紀イギリスのリチャード・ジョンソン(1573―1659)という作家です。ジョンソンが書いた原作は当時の一般読者にとても人気があったようなのですが、そのころの時代背景を反映してなのか、暴力的な表現や差別的な記述が含まれています。
その後、19世紀にW. H. G. キングストン(1814―1880)という人が、幅広い読者が楽しめるよう、原作の表現を和らげるなどして改編を加えました。ここでご紹介するのは、その改編されたバージョンです。

凜々しい騎士や美しい姫君、恐ろしい怪獣や巨人、邪悪な魔法使いなどが登場する心躍る物語ですので、きっと楽しんでいただけると思います。長いお話なので何回目までかかるかわかりませんが、最後までお付き合いくださいましたらとても嬉しいです。

原作が書かれたのは16世紀、改編版が出版されたのは19世紀と、いずれにしてもとても古い物語ですので、今の私たちにはわかりにくい箇所もありますが、なるべく読んでいただきやすいように努力をしていきたいと思います。

また、キングストンによる改編版でも、今日の基準に照らせばそのまま訳しては不適切と思われる箇所が含まれています。そういう箇所も省略せずになるべく忠実に訳してまいりますが、読んでくださる方がご不快にならないよう、気を付けたいと思います。当時の文化の一端ということでお読みいただけましたら幸いです。

※英文テキストは以下をご参照ください。

それでは始めたいと思います。
物語は、竜退治で有名な聖ジョージの誕生のお話から始まります。

※画像は、ラファエロ作『聖ゲオルギウスと竜』です。パブリック・ドメインからお借りしました。

『キリスト教国の7人の勇士たち』

第1章 聖ジョージの誕生


キリスト教国の7人の勇士についてお聞きになったことがない方や、勇士たちがなしとげた驚くべき冒険の数々、彼らがどんな危険に遭遇し、どれほど英雄的な行為をなしたのかをご存じない方がいるでしょうか。もし、彼ら高貴なる騎士たちの生涯についてご存じない方がいらっしゃるならば、私がこれからお話しする真実の物語にどうぞ注意深く耳を傾けていただきたいものです。

7人全員が勇敢で不屈の英雄でしたが、武勇において「楽しきイングランドの聖ジョージ」と肩を並べる方はいらっしゃいませんでした。そのため、多くの国々が聖ジョージは自分たちの特別な守護者であると主張しています。実はそうではないようなのですが、ポルトガルやドイツ、ギリシャ、それにロシアといった国々は、聖ジョージを守護者にもてば喜ぶことでしょう。聖ジョージが唯一イングランドだけの守護者であることについては疑いようのない証拠があります。たとえ私たちが聖ジョージと会ったことがないにせよ、イングランドの金貨には、あの緑色をした恐ろしい竜と命がけで闘う聖ジョージの姿が描かれているのです。それに、聖ジョージを守護聖人にあおぐガーター勲章は貴族だけでなく、イギリスの王様も佩用しておいでです。また、聖ジョージの偉業を記念して王様は聖ジョージの旗のもとに軍を率いられます。しかし、聖ジョージがその武勲で世を驚かせたのは随分昔のことなのです。聖ジョージの母上は王族のお生まれで、昔のイングランド王の息女でした。そして聖ジョージの父上はその王様が治めておられた領土の公爵で家令を務めておられたのです。その王のお名前や王国の領域については、歴史は不思議と沈黙を守っております。しかし、古い都市コヴェントリーがその国にあったことは間違いなく、首都ではないにせよ主要都市の一つであったことは確かです。そこには囚人達が沈黙を義務づけられている監獄がありました。そのため、話しかけられるにふさわしくない者のことを、比喩的に「コヴェントリー送り」などと申すそうでございます。

家令卿と王家の血を引く奥方はコヴェントリーに住んでいました。ところで、奥方は出産の少し前に夢をご覧になりました。それは恐ろしい夢で、にこにこ笑う幼子のかわりに、小さな緑色の竜を育てることになる夢だったのです。小さなワニでもカイマンでも、子供のカバであろうとも、育てるのは嫌なものですが、鉤爪を持ち、先がフォークのように分かれた長くうねる尾をした緑色の竜を育てるなんて、とんでもない――そう考えるだけで奥方は気が狂いそうになるのでした。家令卿は、難局にあっても常に勇敢に事に当たる方でしたので、この謎を解くための手段を講じることに決めました。家令卿は、ドイツの「黒い森」に力ある魔女が住んでいる、その者の名前はカリブといい、きっと必要な情報を全てその場で与えてくれるだろう、と耳にしたことがありました。そこで、アルバート卿(それが家令卿の名前でした)は、忠実な従者ド・フィスティカフ唯一人を伴ってただちに出発し、海を越えました。二人は魔女のご機嫌をとるために、金銀宝石の贈物を携えて行きました。
 
二人は何日も荒波にもまれながら海を渡り、その後何日も旅を続けてようやく鬱蒼たる「黒い森」に到着しました。恐れることなく森の中へと進み、ひときわ木々が茂った場所へとやってきました。そこには枯れ木や空洞のある木や捻れた木が立ち並び、とてもこの世のものとは思えない恐ろしい音が聞こえてきます。夜行性の鳥の不吉な鳴き声や蛇がたてるシューシューという音、野生の雄牛のしゃがれた鳴き声、ライオンの雄叫び、ハイエナの笑っているような鳴き声、ほかにも、森に棲むあらゆる獣の恐ろしい鳴き声が聞こえてくるのです。ぎょっとして立ちすくむ人もいることでしょう。しかし、アルバート卿と忠実な従者はそうではありませんでした。二人は進み続け、黒い、見上げるような大岩のところへとやってきました。その大岩には大きくて薄暗い洞穴が口を開けておりました。入り口はがっしりした鉄の門で守られており、その門には巨大なこぶのような鋲が一面に打たれ、鋼鉄のかんぬきがいくつもついていました。その傍らには真鍮製の喇叭がぶら下がっておりました。アルバート卿にはその喇叭の使い道がすぐにわかりました。卿が喇叭を一吹きすると、その音は鳴り響きながら洞窟の丸天井を通り抜け、ずっと奥のほうへと消えていきました。その間中、音は地面を揺さぶり、震動させました。この魔法の喇叭の響きが消えるか消えないうちに、恐ろしく大きくて耳障りな、うつろな声が洞窟の奥深いところから聞こえてきて、「人間よ、用向きは何か」と尋ねました。アルバート卿は手短に用件を話し、「黒い森」の女主人である高名な魔女カリブに献上するため贈物を持参したことを告げました。 
 
アルバート卿は礼節を重んじる騎士でしたから、女魔法使いに丁重に話しかけました。ですから、相手からも礼儀正しく、満足のいく返答があるものと思っておりました。ところが、何としたことか、驚いたことに、洞窟の奥からこんな言葉が返ってきたのです。「何事も成るようにしかならないのさ。これが答えだ。行っちまいな!」
 
全然答えになっていない、これでは何もわからないではないか、こんなことなら家にいたほうがましだった、まったくの骨折り損になってしまう、とアルバート卿は抗議したのですが、無駄でした。もう何も返事を得ることはできませんでした。アルバート卿は礼儀正しい騎士ではありましたが、少々短気なところもありましたし、その頃の騎士よりももっと温和な人であってもこんな目に合わされては辛抱するのは難しかったでしょう。アルバート卿は喇叭をつかむと、もうそれ以上音が出なくなるまで吹き鳴らしました。そして、喇叭を従者のド・フィスティカフに手渡すと、頬が裂けるまで、でなければ喇叭が壊れるまで吹き続けるよう命じました。従者は吹きに吹きましたが、すべては徒労で、一度も音を出すことができませんでした。アルバート卿は大声で呼んだり叫んだりし、ド・フィスティカフも同様にしたのですが、二人が声を合わせて叫んでも何の返事も返ってきませんでした。そこで、アルバート卿は魔女に罵詈雑言を浴びせかけ、デリカシーに欠ける言葉を言ったり、敬意があるとはとても言えないような呼び名で彼女を呼んだりしました。それでも、洞窟の奥からはうつろな、嘲るような笑い声が返ってくるばかりでした。

とうとうアルバート卿は馬の首をめぐらせ、激しく怒りながら立ち去りました。ド・フィスティカフも、魔女のご機嫌をとるために持参した贈物をしまい込み、主人の後に続きました。気の晴れない、意気消沈した帰路の旅でした。そして、実のところ、家令卿は今回の旅の首尾がとても恥ずかしく思われてなりませんでした。何日も嵐にもまれてひどい船酔いに襲われながらゲルマン海(注 今日の北海)を渡り、二人はようやくコヴェントリーにたどり着きました。すると、家老や典医をはじめ、集まっていた大勢の騎士や貴婦人達が城から駆けだしてきて、アルバート卿にニュースを告げました。誕生したのは河馬でも鰐でもなく、実に朗らかな、薔薇色の、玉のような幼子だったのです。ああ、でも、勇敢な騎士には悲しみも用意されていました。喜びも悲しみも分かち合った彼の伴侶である美しい王女が亡くなったのでした!アルバート卿は彼女を失ったことを深く嘆き悲しみ、彼にあんなに長い旅をさせる元となったあの夢の謎を解ける者は誰かいないか、と尋ねました。賢者のように家で忍耐強く待っていれば、何もかもが明らかになったのかもしれない、と彼は悟ったのでした。にこにこ微笑む幼子がアルバート卿のところに連れてこられました。すると、驚くべきことですが、卿は幼子の胸に、緑色の竜の姿を見出したのです。それは亡き妻が彼に語って聞かせたのとまさに同じ竜の姿でした。そして、その上、幼子の右手には血のように赤い十字の印が、左の膝の下には黄金の靴下留め(ガーター)があったのです。
「この子は偉業をなすであろう」と父君は誇らしげに叫びました。そして、父君の言葉は間違ってはいませんでした。


今日はここまでです。
お読み下さりありがとうございました。
次回をどうぞお楽しみに。

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