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最後のTight Hug④


6月


しとしとと降りしきる雨のせいか、湿気が多くて、何となく気持ちまでジメジメとする。


雨が降れば通学はめんどくさいし、外の体育は無くなるし、校舎内も不思議といつも以上に汚く感じてしまうのだ。


それに、バスケ部の自分にとっては部活が休みになる訳でもない。


ただただ、自分にとっては都合の悪い雨を恨むように、窓の外を眺める。


そんな7限目のLHRの時間、早々に担任の話を聞く気力が無くなったのは、相も変わらず齋藤飛鳥だった。


『ねぇねぇ』

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担任にはギリギリ聞こえないくらいのヒソヒソ声で、前を向いたまま俺に話しかけてくる。

ただ、俺も担任には目をつけられるのが嫌で、聞こえないふりを決め込んでいた。


しかしそれに納得が行かないと言った様子で、齋藤はめげずに俺にちょっかいを出し続けてくる。



『ねぇってば、聞こえてんだろ。』


「聞こえてねぇよ。話しかけんな。」


『昨日のかまいたち、面白かったよね』


「知らねぇわ。全員がお前と同じ番組写してると思うな。」


『YouTubeの話だよ』


「だったら昨日の、もへったくれもないだろ。」


『だからー、昨日アップロードされたんだって!!見てないの?』


「見てるわ、くそ面白かったわ。」


『さっすがー…!!』


「オチの少し手前で山内が逆ギレするのがさ」


『そうそうそう!!そこ!!やっぱ分かってるね〜!!』


「゛いっちゃん悪いのは万引きしたおどれのおかんやけどなぁ…!?゛ってな」


『あっはっはっはっ…!!やめて…笑わせないで…!!』



───────スパンっ!!



気がつけば────正確には、近寄っているのに気がついていたが諦めていた─────俺らの目の前に来た担任が、思いっきり雑誌で俺の頭をシバいた。



「楽しそうだな、齋藤、〇〇」


『「…すみませんでした。」』


「…決まりだな。」



「決まりって?」


『何が?』


俺と齋藤は、全く話の流れが読めないまま担任の顔を見上げる。



「3年生恒例の夏の補習合宿、運営係はお前ら2人に任せる。6月中にこの2組のカリキュラムと時間割、休憩、班割を決めて俺に報告に来い。」



『えぇ…!?』


「めんどくさっ…!!」


──────スパンっ…!!



「っでぇ…!?何で俺だけ…」


「顧問の小林先生に相談するぞ?話を聞きませんってな。」


「…やらせていただきます。」


『私、嫌なんですけど。』


部活の顧問に報告されるという弱みを握られていない齋藤は、強気に反撃の狼煙を上げるが…




「…齋藤。…お前このままの態度なら、また夏の三者面談、前回のような大惨事になるぞ。」


『…運営係、身に余る光栄でございます。』




「とはいったもののなぁ…」


『全部決めるなんて無理だよぉ…しかも、あと1週間。』


「てか、実質今日までだしな」




皆が下校して居なくなった教室で、俺は齋藤とかれこれ30分はまっさらなノートを眺めていた。


俺の部活が休みなのは毎週水曜日だけ。だから今日を逃すと次に齋藤と放課後に話し合うことができるのは来週の6月の最終日というわけだ。


さすがにその日の一日だけで決めるのは難しいだろう。


普通なら、LINEとかでやり取りして話を進めてもいいように感じるが、問題は面倒くさがりの齋藤がそのような話題のLINEだけ未読無視して、話が進まないことである。


かといって授業中にあれだけ注意力散漫な齋藤が、俺と二人きりの話し合いに集中出来る訳もなく、ついには椅子をグラグラと揺らして遊び始めてしまった。


「危ないぞ。」


『つまんないんだもん。もー、〇〇決めろよな。』



「そもそも、齋藤がかまいたちの話するから。」



『〇〇が山内の真似なんてしなきゃ、あんなことにはなってない。』



「そういえばお前、山内に顔似てるな」



『こら!!』



軽口を叩きながら齋藤とケラケラと笑っていると、急に教室のドアが開く。



『やっほー、何してんの2人?』

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『おー、山。聞いてよ、〇〇がさぁ全然運営係の仕事してくれないの。』


『えぇー…女の子に押し付けるなんてさいっていー…』


教室に入ってくるなり、茶番を繰り広げる山下美月。彼女のスカートは丁寧に膝上まで短くされ、少し明るめに染めた髪を靡かせる姿は相変わらず男達の羨望の対象だ。



『で、何しきたの?』


『んー、飛鳥が最近教室に遊びに来ないから、何してるのかなって気になったんだけど…』



と、そこまで言うと、山下は俺をチラリとみて口角を上げた。



「…何」


『べっつにー…ま、飛鳥が今゛お忙しい゛ってことは理解したよ。』


『そ、そんなことないよ…』


『うふふ…』


ブレザーのポッケに手を突っ込んだまま、ニヤニヤと笑みを浮かべた山下が近づいて、俺の耳元で囁く。


『…この時間を、大切にしてあげてね。飛鳥のこと、よろしく…』

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『じゃ、お邪魔しましたー…運営係頑張ってねー』


ヘラヘラしながら手を振ると、山下は教室から出ていった。


『…山、何て…?』


「…秘密。」


『な、何でよ…何言われたの…?』


「何焦ってんだよ」


『焦ってない…気になっただけ…』


「…この時間を…」



─────この時間を大切にしてあげて



山下の言葉を引用しようとして、閃いた。


「…齋藤…、俺らが決めないといけないのって、なんだっけ」


『おい、話の途中だろ!!』



「いいから…」


ったく…、と口をへの地に曲げながら齋藤はメモ帳を見る。


『…えっと、カリキュラム、時間割、班割…』


「他は」


『他…?…あー…あとは間の休憩くらい』


「…だったよな。…よし」


『何だよ、説明しろよ。』


「…齋藤、゛この時間を、大切にしような゛」



齋藤が顰めていた眉は、次第に俺の案を聞いて、和らいで行った。



計画書の原案を広げた担任は読み進めていく上で、予想通り、露骨に難しい顔をする。


「…何だ、これ。」


『補習合宿のタイムスケジュールです。』


「んなこたぁ、分かってる。…この時間帯はなんだって聞いてるんだよ。」



担任は机の上に計画書を広げると、初日の数学と英語の間の休憩時間を指さして、俺らの反応を窺う。



「…書いてあるとおり、勉強の合間の息抜きです。」


「休憩(肝試し)…が、か?」


『問題ありますか?』


「…こんなのを許すと思うか」


『なぜダメなんですか』



「高3という大事な時期に、受験に向けて追い込みをかけるために毎年やってる合宿だぞ。こんな遊びのイベントなんか前例がない。」


「ええ、でも、勉強時間を削ってる訳では無いですよね。…休憩時間、どう息抜きするかは自分たちの勝手のはずです。…それに、先生は俺らに休憩時間も決めるように言いましたよね」


「…言ったけどなぁ…お前…こんなの他のクラスに…」


『他のクラスは関係ないはずです。合宿自体のカリキュラムは毎年度クラスごとに違っていますよね。休憩を取るタイミングも、受講をする内容も。今更他クラスと合わせる必要なんてないはずです。』


「…お前らなぁ…だからこそ、何かあったら俺一人が責任を取らないと行けないじゃないか」


「迷惑は掛けません。…お願いします。」


『…勉強は必ずやります。…だから、高校生活の最後の1年の思い出に、この2時間だけは私たちに下さい。…数年後、この日を振り返って懐かしむような1日にしたいの。』

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「…俺の信頼を裏切るなよ、お前ら。」


いつになく真剣な表情をした齋藤の言葉がダメ押しとなり、ついに俺らの計画書には、担任の印鑑が押印された。




「と、言うことで今配ったのが明日からの夏季合宿の時間割と班になります。」


概要が記載されたプリントが前の席から順に回付される。


仲のいい者と同じ班であることに喜ぶ声や、例年通りタイトに決められた学習の時間に文句を言う声等、教室の方々から多様なリアクションが起きていた。


それでも、クラス全員に一致していた反応は



『で、初日の夜7-9時の時間は、休憩時間として肝試しをします。』



おおーっ…!!という声ともに、歓迎の拍手が沸き起こる。


担任はあくまでも我関せずと言った顔で、知らん振りを決め込んでいたが、少し、笑っていたようにも思えた。



『お前ら、ちゃんとメリハリつけて、勉強するように!!』


「お前が言うなよ。」



そんなやり取りを教卓でくりひろげていると、゛イチャつくな!!゛なんてヤジが飛んで、教室に笑い声が広がる。


「…とにかく。齋藤の言う通り、勉強時間は集中してください。…で、今日のLHRで決めるのは、肝試しのペア決めのくじ引き。」


『好き勝手決めてもらってもいいと思ったんだけど、せっかくだしエンターテインメント性を追求して、くじにしました。』


おぉーーー!…という反応と、えぇーー…という不安そうな声が半々くらいだろうか。


『くじにはそれぞれ1-21までの番号が振られてるから、同じ番号の相手を見つけてね。』


「あと、脅かす側も必要だから、最初の1時間で1~11番までのペアが肝試し。12~21番が脅かす側。その後の1時間は逆って感じで行きます。じゃあ誕生日近い順に、女子からくじを引きに来て。」


そこまで言うと、齋藤は赤いチョークで黒板に1から21までの番号を記入した。


齋藤が描き終わったのを確認して、俺はくじの入った袋を開き、順番に引かせていく。


゛はい、あたし、6番!!゛


「6番加藤」


『はいよー』


゛…どれがいいかな…これにしよう。…15番゛


「15番、佐々木」


『はーい。』


少しずつ齋藤が板書を進め、女子の番号が明らかになっていく。


くじを引いた女子もまだ相手が分からないが、早くも仲のいいメンバーと集まって誰がいい、あいつは嫌だとかの話をしている。


もちろん男子も男子で番号が明らかになる度に゛おぉーー!!゛とか゛6番が当たりくじだ゛とか馬鹿みたいに騒いでいた。


もうこうなってしまったら収集はつかず、各々が席を移動して、この運命のくじ引きに対する様々な予測、希望的観測で盛り上がる。


「あんま大きい声は出すなよー」


そう言う担任も、どこか体裁上言っているだけで、半ば諦めたように窓の外の体育の授業を眺めていた。


そして、半分以上番号が埋まってきた所で、生田さんが俺の前に立って袋に手を入れた。


『…あの…質問…いいですか…』


「…質問…?」


ここまで来るとクラス全体は各々で盛り上がりを見せて、あまり生田さんに注目は注がれていなかった。


と言うよりは、どちらかと言うと生田さんはハズレくじだ、という空気を持って、男子が関心を示していないのが分かる。


まぁ、毎朝あんな通学をしている男が───というか、俺が─────いる状態で、生田さんと肝試しをしたところで、Love so sweetが流れるような展開にはならないと、みなが承知しているのだろう。


『…〇〇くんは…肝試し、しないんですか…』



「…俺?…俺と齋藤は運営係だからしないよ。…誰がはずっと受付してないと行けないし、何かあったら対応できるようにスタンバイしとかないとね。」


『…そっか…。…私、19番…』

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「あっ…」


そのまま、生田さんは見るからにガッカリした表情で自分の席に戻ってしまった。


その後、男子たちがくじ引きをしている間は教室のあちこちで阿鼻叫喚の声が上がっていたけれど、俺はずっと生田さんの様子を伺っていた。


『おい…〇〇?』



「ん?」



『もう全員、ペア決まったよ。』


「あ…ごめん。…じゃあ、明日は19時に施設の入口前にペアごとで集合してください。…じゃあ今日のLHRはこれで終わりです。」


話し合いが終わると共に、いよいよクラス全体が明日のイベントに対する思いを自由に吐露し始めた。


それだけ騒いでいるクラスで、ただ1人、彼女だけはずっと下を見て、何にも反応がない姿が、俺の心にはずっと突き刺さったままだったのだが。

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部活終わり────と、言っても最後の大会も初戦負けして、今は後輩の練習相手をしているだけだが───教室に戻ってくると、齋藤が1人で本を読んでいた。



「…まだ、残ってたの。」


『うん、…お疲れ様。…明日、頑張ろうな。』


「盛り上がるといいな。」


『盛り上がるよ。…あんたのお陰で、ただの勉強合宿じゃなくなる。…みんな感謝してると思うよ。』


「イェイ」


そう言って、齋藤にハイタッチのように手を差し出す。へへっ、と笑って齋藤が手を合わせようとしたところで躱して避ける。


『あっ…おい!!』


「ごめん、齋藤が低くて、ロータッチになっちゃうな。」


『うわっムカつく。自分だってそんなに170そこそこのくせに。』


「じゃあタッチできるのかな、飛鳥ちゃんに。」


『やってやる。』


ムキになった齋藤は近寄ると、ジャンプしたり、タイミングをずらしたりして、何とか俺の右手にハイタッチをしようとしていた。


『もー、怒った。ムカつく!!』


痺れを切らした齋藤は両手で俺の二の腕を掴み、手を下げさせると、そのまま強く右の掌を両手で包み込んだ。



『…捕まえた。』

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「…ハイタッチじゃないんですけど。」


目の前で、俺を見上げる齋藤の瞳を見ると、そう切り返すのが精一杯だった。


先程まで、キャッキャとはしゃいでいた齋藤も、どこか虚ろな瞳で、いつもの彼女とは別人の雰囲気を擁している。


無言のまま、見つめ合う時間が、1秒、また1秒と刻まれる毎に、


次第に齋藤との顔の距離が近づいて行き




気がついた時には、背伸びをした齋藤の唇が、俺の頬に触れていたのだった。

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to be continued...








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