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最後のTight Hug⑦


夏になって日が長くなったことで、6時を過ぎてもまだ明るい公園では、小学生たちが元気に走り回っていた。


そんな小学生たちと対比されるかの如く、肩を落としたままの生田さんは、かれこれ5分ほど黙り込んでベンチに座っている。



「…落ち着いたなら、そろそろ帰ろうか。お父さん心配するよ。」



何度かそう声はかけたものの、生田さんは首をフルフルと振って、ぽつりと呟く。


『…先、帰ってていいよ。』


「…それは出来ないよ。心配だから」


『…心配してくれるの…』


「…そりゃ、何かあったら困るし…」



その言葉を聞くと、また生田さんは視線を落として、自分のスカートをキュッと握った。




『…やっぱり、私たち付き合ってるわけじゃないもんね…』



その反応から、生田さんが期待してきた言葉とは違うものだったんだということを察する。



「…それは…」


『…ねぇ、どうして庇ってくれたの。…あのまま山下さんに言わせて置いて、私のせいにして、本当のことをみんなに知らせてたら、〇〇くんは良かったはずなのに。』


「…そうだけど…1回口裏を合わせてしまったからには、やっぱり俺にもみんなを騙してる責任があると思ったから…」



俺の回答は決して歯切れのいい言葉では無かった。


けれど、生田さんはそれを聞くと遠慮がちに俺の肩にもたれかかってくる。


顔を覗くと、上目遣いで目線を合わせてきた生田さんと見つめ合う形となり、少しだけ鼓動が早く脈打つのを感じた。



『…ずるい。』


「…え?」


『…ずるいよ、〇〇くん。…せっかく諦めようと思ったのに…あんなことされたら…諦められなくなっちゃうよ…』


小さい子が親に対して甘えた時のような彼女の声が、耳を抜けて、鼓膜に溶ける。


どうしていいか分からずにいた俺に対して、生田さんは攻勢の手を緩めることはなかった。




『…絵梨花…』


「…ん…?」



『…絵梨花って…呼んでよ…』



「…急にどうしたの」


『…急じゃないよ。…もう3ヶ月だよ。』


「…そうだけど」


『…もう遠慮するのはやめる。…ちゃんと〇〇に好きになって貰えるように、本当のカップルだって、胸を張って言えるように、ね…。』




『…〇〇、私…本気で〇〇のこと、好きだから。』

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突然の名前呼びと、自由で我儘ないたずらっ子のような彼女の笑顔。


生田さんとの上辺だけだった関係に、少しずつ深みが出てきていた─────




夏期講習が始まって2日目。


午後は俺も齋藤も補講が無かった為に下校をして、そのまま久しぶりに゛旅゛────穴場カフェのことだが────で、つかの間の休息を楽しんでいた。


ちなみに、結局絵梨花は夏期の補講には出ないらしい。



『うん、美味しい。』



齋藤は、マスターにこれでもかと言うほどミルクを多めにしてもらったカフェラテを啜りながら、満足気に笑った。


そんなに苦いのが苦手なら、他のにすればいいと言ったが

゛それは、乙じゃない゛

とかなんとか意味のわからないことを述べて、いつも意地でもこれを注文するのが決まりだ。



『…で、結局仲直り出来たんだ』


「まぁ…そうかな。」


『良かったよ、一安心した。』


そう笑いながら最新の雑誌を広げようとして、齋藤の手がとまる。


「…どうした」


『…ごめんね、山の件。…責めないであげて』


「…大丈夫だよ。怒ってない、俺も絵梨花も。」


『…絵梨花?』


「あ、…いや…その、呼び方変えて欲しいって言われて。…今練習中。」


『…そっか…一応カップル、だもんね。』


「…一応って…普通に───」


『〇〇』


俺の言葉を遮った齋藤の表情は、いつになく真剣で、言葉を続けて紡ぐことが出来なくなってしまった。


『…私、聞いちゃったんだ。…2人の喧嘩。』


「…喧嘩…?」


『合宿の日、花火の後、喧嘩してたよね。』


「…それは…」



『…2人は本当は、付き合ってないんだよね。理由は分からないけど、〇〇はいくちゃんのために嘘をついてる。…山に責められた時も、いくちゃんを守るためだけにパフォーマンスした、そう思ってるよ。』



そうか。


きっとそのことを齋藤は山下に相談して、そして山下が耐えきれずに、この前生田さんを問い詰めたんだ。


そう思うと、全てが腑に落ちて、妙に納得ができてしまう。


返事に窮している俺に、齋藤は全てを理解したようだった。



『…どうして、いくちゃんは〇〇に付き合って貰わないといけないのかな。…それ、聞いてもいいの?』


「…3年に上がった日、偶然絵梨花と教室で2人になった時、転びそうだった絵梨花をハグしたんだ。…そしたら、その瞬間を三者面談で来ていた絵梨花の父親に見られて。」


『…情報量多いな。…で?』


「…うん。…絵梨花の家は厳しくて、父親から怒られないように誤魔化そうとして、付き合ってるって嘘をついたんだ。…そこからだね。」



すると齋藤は、いつものように片眉をあげて細い首を傾げた。


『…それ、本当?』


「嘘つくわけないだろ!実際俺は絵梨花の父親に怒られたんだし…」



『いや、出来事は本当なんだろうけどさ。…父親が怖いから、ただそれだけの理由で、わざわざ付き合うかな。』


確かに─────


そう言われればそうだ。


なんとなくこれまでは、絵梨花を父親の怒りから守ってあげるためだけに口裏を合わせていた。


でも、本当に絵梨花が俺と付き合っている理由はそれだけなんだろうか。


そもそも、絵梨花にとって父親は尊敬する存在の人だったはずで


ただの恐怖政治を敷かれているような、DV気質の父親という訳ではなさそうだった。


だとしたら、



『おーい』


「…」



 『おいっ!』


ベジッと、齋藤に雑誌で頭を叩かれ、我に返る。


「いっ…な、何…」


『…だからさ。…いくちゃんがアンタと付き合ってないと行けない理由は分かんないけど、そこは重要じゃないわけさ。』


「重要じゃないか、それ。」


『私にとっては、そうじゃない。…大切なのは、アンタがいくちゃんのことを好きで付き合ってるのかどうか。…それは、どう?』


「…分かんない。…けど、少なくとも元々俺が好きで付き合い始めたわけじゃないのは確かかな。」


『…そっか、そっか。…良かった。』



満足そうに笑った齋藤は、マスターにカフェラテのおかわりを持ち帰りで注文した。


『…ツケはこいつにつけといてください。』


「…勝手なこと言うな。…それより、何が良かったんだよ。」


 『だってさ、』




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『…アンタが私のことを好きになってくれたら、私が彼女にしてもらえる可能性がまだあるってことじゃん。』




齋藤のその言葉は、きっと彼女の手にあるカフェラテよりも甘い味がした。





「…どうするんだ、絵梨花。…卒業まであと半年だ。」


『…だから決めてるじゃない、お父様。私の進路は、変える気ありません。』


「…本当に、いいんだな。…本当に〇〇くんなんだな。…まさか、嘘ついたりしていないだろうな。もしそうだったら、彼にも失礼な…」



『してないって、言ってるじゃありませんか。』





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『…だからちゃんと、約束は守ってくださいね。…私は、゛約束通り、好きな人とこの先も一緒にいるんですから゛────』



to be continued...


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