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一途な独占欲と、諦観の許容範囲


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「…気付いてるかもしれないけど、俺は好きだよ。」


ようやく絞り出した俺の言葉に箸を止めると、遥香は一口だけ麦茶に口を付け、一呼吸置いた。



『…ありがとう。…でも、私はそういう関係としては、見れてないかも…』


「…そっか。」


『…何か、ごめんね。…そうだよね。こんな中途半端な関係だから、訳わかんなくなっちゃうよね。』


「いや!全然…俺は今まで通り…」




『…もう、来るのやめるね。家に。』

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カチャッ…という、金属のグラスがテーブルに置かれた音で、悪夢から目を覚ます。


ソファで横になり、うたた寝をしていた俺の前には確かに遥香がいて、金属の保冷性があるグラスにチューハイを注いでいた。




「うわ…寝てた。…ごめん。」


『ん、起きたん。…そんなことより、涎付いてるで』


「嘘…うわ…」


口元に垂れた涎を拭おうとした俺に、遥香はティッシュの箱を渡す。


「サンキュ」


『んーん。』



先程まで最悪の悪夢を見ていたせいなのか、改めて目の前にいる遥香の姿に、とてつもない安心感を覚える。


「…遥香。あのさ…」


『…んー…?』


俺に背を向けたままテレビを見てお酒を飲む遥香に、"居なくならないよね"って、言葉が顎下まで出かかって、慌てて蓋をした。





だって、俺達は付き合っていないから。


だから遥香を縛る権利なんてそもそも俺にはなくて、居なくなるもならないも、会いたい時に会うのが友達の関係なわけで


今ここに遥香が居てくれなきゃいけない訳なんてない。




『…え、何なん?どこで話止めてんの。』


「あ、ごめん。…明日って、何すんの。」


『…明日、私は何もないかな。…〇〇は?』


「…俺も、特にないかな。…まぁバイトで美月さんにホワイトデーのお返しする位。」


『そう。…喜んでくれるといいね、美月さん。』


「…そうだね。…一方的に押し付けてきた割には、お返しを寄越せって1ヶ月間シフトが被る度にリマインドされたから、満足して貰えなかった時が怖いけど。」



自信ないけどね、と呟いた俺の言葉に返事をすることも無く、遥香はまたテレビに視線を戻した。



…興味、ないか。


俺が美月さんから貰ったことも、美月さんにお返しをすることも。


本当は、遥香のが欲しいのに。


遥香とはバレンタインの当日も一緒に居たけど、そんな素振りは一切見せなかった。


どこかで、渡してくれるんじゃないかって、ギリギリまで期待をして、結局彼女の"じゃあ、また大学で。"って言葉とともに俺の夢は溶けた。



『明日、バイト何時からなん』


「15時から」


『朝勤じゃない日か。じゃあ、今日も泊まってっていい?』


「あぁ、いいよ。」



泊まっていっていい?は、字面だけ見れば甘そうだが、実際はそんなことない。


本当に泊まっていくだけだし、理由は実家暮らしの遥香に比べて、俺の家からの方が大学が近いから。


ほぼ、無償のホテル扱いな訳で、例えばお酒の勢いでしちゃいました、なんてそんな浮ついた匂いがする発言じゃない、ということは念押しをしておく。


もちろんそれでも同じ屋根の下で…と、言われればそうだが、極めて健全…


と、胸を張って言えるかと言われれば、そうでも無いか。



ソファから体を起こすと、遥香の隣に座る。ぼんやりと2人で並んでテレビを眺めていると、ホワイトデーのお返しにピッタリのプレゼント、といった特集がされていた。




「…遥香ってさ、その…あげた?」


『…あげたって?』


「…チョコ…とか。…ほら、明日ホワイトデーだから、逆に遥香も誰かから貰うのかなって、さ。」



『んー、あげたよ。一応。』



…終わった。

いや、まて、お兄ちゃん、とかお父さん、とか。


そういう可能性が─────



『…ほら、匠馬とゼミで最近ずっと一緒に発表の準備してたからさ。相当私のも手伝ってくれてたし、お礼の意味も込めて。』



オワオワリ。



「…へー。…確かに最近よく一緒に居たもんな。」


『まぁ、そうだね。』



遥香からゼミで年度末の発表があることと、ペア制度でやらなければならないこと、そして、ペアとなった匠馬という奴がめちゃくちゃ優しい事は聞かされていた。


遥香曰く、あんなに優しい人はいないそうで、彼みたいな人と一緒にいたら女子は幸せなんだって。



「匠馬なら、絶対お返しくれるな。これでセンス良ければ、もう彼氏にするには申し分ないよな。」


『…まぁね。嫌いな人なんていないでしょ、彼を。出掛けたりしても、凄く気を使ってくれるんだ。』


遥香の言葉のメスが細く、深い裂傷を俺の胸に刻む。


俺から見えないところで、俺の知らない男に、俺の知らない笑顔を見せている、俺の知らない遥香の姿が脳内には焼き付けられて


クーッと胸焼けがした。


いい感じなのかな。



きっと遥香はその優しい匠馬が時々ついた嘘や、意地悪に顔を真っ赤にして怒りながら、


最後は笑顔で許すんだろう。


俺以外には、本当は見せないで欲しい。


俺以外の所には、行かないで欲しい。


俺の、俺のための、俺のためだけの遥香であって欲しい。


でも、そんな関係じゃない。


それに、そこまで俺の恋心に一途になって独占欲を出してしまえば、


きっとこうやって男友達として遊びに来てくれていた遥香の存在を、失うことになる。


遥香と一緒にいたいから、遥香と一緒に居られるために、遥香と一緒にいるに相応しい懐の深い男でいなくちゃいけない。


懐が深くて、大人で、冷静な〇〇で。


遥香のことを諦めて、夢中にならない代わりに、俺は傷つかずに済むんだと実感する。


遥香が匠馬と何をしようが関係ない。



遥香は、遥香の好きなようにするべきであって、俺は口を出す権利がないのだから。



だから、俺は美月さんとも遊びに行く。お互いのプライベートを尊重するために。



そんなことを考えていると、遥香が手元のグラスを空にして、口を開いた。





『ねぇ、そろそろ布団行きたい』

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独り身用のシングルベットには、大学生の男女が仰向けになって寝転ぶともうあまりスペースに余裕がなくなる。


遥香の右肩には、俺の左肩が若干擦れていた。



「狭くてごめん。…俺、ソファーで寝るからベッドは遥香1人で寝てもいいよ」


『…ダメだよ、私泊まらしてもらってるのに。…どうしても離れるって言うなら、私がソファーで寝る。』


「…分かった。」



彼女なりの折衷案に甘えて、部屋のライトを消す。それでも俺の脳内は当然に興奮状態で、頭が冴えてしょうがないのだが。



『ねぇ…ねぇ。』



暗闇の中に、遥香の吐息混じりの小声が響く。



「どうした。」



『…例えば、彼女が出来たらさ…何したい。…何して欲しい。』

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「…そうだなぁ。…旅行、行きたいかな。…どこでもいいから、2人で。」


『あー、いいねぇ。…車?』


「車がいいかな。2人で喋って運転しながら。…時々隣で寝てもらって、寝顔を取って…とか。」


『めっちゃええやん、それ。…して欲しいことは?』


「……それは、言いたくない。」


『…何でよ。…多少のエッチな事でも今更引いたりしないから、大丈夫だよ。』


「…童貞思考回路前提やめろ。…そういう訳じゃないけど…さ。」


『…いいじゃん、教えてよ。』



そんな声とともに、俺の左肩に遥香の顎が乗る。


もし、電気が点いてこの状態の彼女の顔を見てしまったなら最後、俺はもう一途な独占欲を抑えることが出来ないだろう。



『…ねぇ、お願い。教えてよ。』



「引くと思うから」


『SM?』


「違う、性のやつじゃないって。」


『ねーぇ、教えてって。』


「…わかったよ……。…俺は多分、独占させて欲しいって思う。」


『…独占?』



「…うん。…冷静なら、そんなに好きな人を縛っちゃダメだって、わかると思うけどさ。…夢中になればなるほど、本気で好きであればあるほど、俺は心のキャパシティが狭くなっちゃうと思うんだよね。」



『……そっか。』


「…引いた?」


『…うぅん。…てか、当たり前のことだと思うけどね、私は。…感情の起伏が激しくなるのも、必死になって、かえって相手を苦しめてしまうのも、心のそこから本気で好きだからこそ、抑えられないんじゃないかな。』



「…そっか。…遥香は、大人な考えだな。」



しばらくの沈黙に、少しずつ意識が睡魔に支配され始めた頃、再び遥香が呟く。



『…美月さんのこと、本当は独占したいって、そう思うの。』


「…美月さん?…いや、美月さんってより、」


本当は、遥香だけど。



『…美月さんってより、…?』



「何でもない。…遥香は、彼氏出来たら何したいの。」



『…もぉ、話逸らした。』



「手作りバレンタインとか」



『…料理ね。…それもいい。…けどアレやなぁ。何でもいいんやったら、休みの日に朝から彼氏とゲームするか、ゲームしてる彼氏にくっついて、やってるの見てたいかも。』


「時間を無駄に遣い切るパターンか…いいね。」


『…やろ?…結局大好きな人とやったら、特別なことなんかせんでも、毎日が幸せやと思う。』




『だから、私ならくっついてずっと傍にいて欲しいって、そう思うかな。』


「……」



『〇〇、私ね…』



「……」



『〇〇…?』



「…」



『…嘘、寝てるやん。…もぉ…』







『…美月さんじゃなくて、私なら独占させてあげるのに……。』

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夢の中で、俺はほんのりと甘いお酒の味がするキスを感じたのだった。




fin.





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