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最後のTight Hug⑤


「じゃあ、次…18番のペア。」


17番目のペアが進んでから、5分後を目安に次の組を呼ぶと、高木と佐藤が少し緊張した面持ちで俺らの前に来た。


「…緊張してる?」


「…少し。…けど、楽しみでもある。」


「お前が佐藤をリードしてあげろよ」

『ねぇ、高木…本当のお化けとかいないよね』

「いない、よな?〇〇」

「…どうかなぁ」

『ちょっと…!!』


そんな佐藤を追い詰めるように、少し遠くからは、キャーっ…という声が聞こえてくる。

いよいよイベントも、後半戦。残すところはこの組を含めて4組だけだ。


今は前半で散々に恐怖心を煽られたメンバーが、仕返しとばかりに思考を凝らして、お化け役を担ってくれている。


『この道をただまっすぐ進んでいくだけ。大回りをしてこの研修所の周辺をぐるっと回ったら終わりだからね。』


説明をしながら、齋藤がミニの懐中電灯を1本だけ手渡す。


この辺りはライトもほとんどないため、妙な静けさと暗さがまさに肝試しにはぴったりな場所だ。



「…おっけ…行こうか、佐藤」


そう言うと、高木がそっと手を差し伸べて、佐藤がその手を握りしめた。


「いってらっしゃいー…無事に帰ってこいよ」


『楽しんでー。』


18組目を送り出すと、また俺と齋藤は2人でパイプの椅子に座って、19組目が来るまでの時間を潰す。


「…よし、あと3組だな。」



『…なかなかいいアイデアだったでしょ…?』



小さくなっていく高木と佐藤の背中を見つめながら、齋藤が誇らしげに笑う。


齋藤がアイデアを発案したのは、手を繋いで回ることだ。こういう機会にしないと、いい思い出も、悪い思い出も、最後のチャンスかもしれないと。


「…あぁ…何組か不満そうな奴らもいたけどな。」


『…あんたも不満…?』


「俺…?なんで…」


『…彼女のいくちゃんが、他の男と手を繋ぐんだよ。…妬いちゃうでしょ…?』


その言葉に、思わず吹き出しそうになってしまった。


俺が、本当に生田さんと付き合っていたらそうかもしれないが、事実は違う。


だから、そんなことはないって、思っていた。


それよりも、


俺は今齋藤に対して上手く笑えているんだろうか。


何を話せばいいんだろう。


昨日の一件以来、俺はどこか齋藤を意識せずにはいられなくなってしまった。



───────ごめん、なんでもないから、忘れて。

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そう言って、俺を置き去りにしたまま帰ってしまった昨日の齋藤の背中は、少し切なさを帯びていたように思う。


日が変わって、今日は昨日の憂いを帯びた表情の齋藤の面影はない。



ちょっとした、気の迷いだったのか。

齋藤ってまさか俺と…

いやいや、生田さんが居ることを知っているのに

だとしたら、昨日のあれは…



そんな淡い妄想を脳内でクルクルと繰り広げていると、不審そうに顔を覗き込む齋藤と目が合って、我に返った。


『…聞いてる?』


 

「…あ…手、ねぇ。まぁ、せっかくのイベントだからね。…特に水を指す気は無いよ。」


『ふーん…?』


たどたどしい俺の返事に、いつかのように、齋藤が片眉を上げて俺の顔を見つめる。


違うって、動揺してるのは生田さんの事じゃなくて、お前の事だよ。



「…なんだよ。」



『…かっこいいね、その言葉が実際の時にも聞けることを祈ってるよ。』

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齋藤の予言は、悔しいまでに的中してしまった─────────



『この道、まっすぐね』


「おう、ありがとうな飛鳥。」


『馴れ馴れしいな、清田。名前で呼ぶなっつーの。』



「何だよ、2年間も同じクラスだった仲だろ」


そう言いながらヘラヘラと薄っぺらい笑いを浮かべているのは、サッカー部の清田だった。


何となく、俺はこいつがいけ好かない。あまりクラスでもいい噂は聞かないし、とにかく女たらしだ。中途半端に整った顔が、やつの悪行を促進してしまっている。


「そうだ、せっかくだったら飛鳥も一緒に行くか?…ずっと受付じゃつまんないだろ。それにもう〇〇1人でも仕事はできるだろうし。」


『いいって。』


「んだよ、遠慮すんなって…」


そう言って齋藤の手を引こうとした清田を制す。



「清田、これ、懐中電灯。」


「…お、…おぉ…ありがとう…」


「いってらっしゃい…」


早く出発をしろ、という無言の圧を掛けて、齋藤を俺の背中側に置いやった。



「おーこわ、…じゃあ、行こっか、絵梨花ちゃん。」



そういうと清田は、生田さんに手を差し出す。



『…私……』


そこまで言うと、生田さんは俺の方を見た。

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「…ん、あれ…飛鳥。手を繋ぐのは、このイベントのルールだったよな…」


『…同意の上では、ね。』


「なるほど…確かにな。…彼氏の目の前でってのもさすがに気が引けるから、見えなくなったからにしてやるよ。」



からかうように、俺をみて笑う清田に苛立つ。


その間も、生田さんはずっと俺のことを見つめていた。


『…いいの?…彼氏なんだし、さすがにやめてってお願いしたら、清田だって…』



そんな齋藤のフォローですら、神経を逆撫でしてしまい、俺は意地を張ってしまった。



──────清田にお願い?…それじゃまるで俺がヤキモチを妬いているみたいじゃないか。




「別に勝手にしろよ。゛手を繋ぐ゛くらいなんだから。」


『…え……?』



困惑をしたように苦笑いを浮かべる生田さんと、驚いたように目を丸くする清田。


「…ははっ…そっか。じゃあお言葉に甘えて…行こっか絵梨花ちゃん。」


そんな言葉とともに、清田は指を絡めた恋人繋ぎで肝試しに出発をしてしまったのだった。


清田と生田さんの背中が見えなくなってから、再びパイプ椅子に座ると、思いっきり齋藤に頭を叩かれる。


「…いったいな…!!」


『…バカ』


「…何…」


『…いくちゃんは、もっと゛痛い゛よ。』

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『OK、じゃあ全員終わったね。…ここからは残念だけどお勉強の時間だよ。みんな切り替えて、集中するように。』


そう担任の真似をして偉そうに言った齋藤が、みんなから笑われている頃、俺の意識はそこにはなかった。


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『もぉ、清田くんってば…!!』


そう言いながら、親しげに清田と話している生田さん。少し離れているから、話の詳細は分からないけれど、時折口元を手で抑えながら、空いた手で清田の肩を叩いて笑っている姿が目に映る。


2人は肝試しから帰ってる頃には、かなり打ち解けていたように思う。いつしか生田さんの握られたその手は、自然と2人を繋ぐものの様で、俺は直ぐに目を逸らした。


『…おーい』


「…」


『おーい!!』


齋藤に手に持ったライトで頭を小突かれて、意識が戻る。


「…え、何…?」


『これ、みんながくれたよ。』



そう言って齋藤が差し出したのは、小さい花火セットだった。


我に返って、目の前のみんなを見る。


「…ありがとう。2人とも。いい思い出になりそうなイベントをしてくれて。」


『だから、みんなからの気持ち。…本当はもっといい打ち上げ花火とかしたかったけど。先生にバレちゃうからさ。』


「バレないうちに帰ってこいよ。…先生には上手く言っとくからさ」


そう言いながら、各々が一言お礼の言葉をかけて、研修所の中に戻っていく。


『……どうしよっか。』


齋藤がビニールを開けて、花火を俺の鼻に突きつけながら言う。


「…する気満々じゃん。」


『…まぁ、ちょっとくらい遊んでもバチは当たらないでしょ。』


悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、齋藤は俺の手を引いて少し離れた場所まで連れ出した。


いつの間にか、齋藤の指は、俺の指に絡まっていて、強く結ばれていたんだ。


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ボッ…という音で、先端に火がつくと勢いよく火花が飛び始めた。


シューっと…ささやかな音を立てながら、鮮やかな光を放ち、次第に灰に変わっていくまでを齋藤と2人で静かに堪能する。


綺麗だね、って…そんな在り来りな言葉は無粋で必要ないほど、居心地のいい時間が流れていた。


ずっとこうして居られたら、きっと俺は齋藤への想いを、明確な言葉で定義できる程に募らせてしまうだろう。


『…昨日は、ごめんね。』


最後の1本の花火を、バケツに放り込みながら齋藤は呟く。


「…置いて帰るのは、反則だよな。」


『ふふっ、でも、私が本当の気持ちを伝えるともっと反則になっちゃうからね。…まぁきっとあんたはちゃんといくちゃんを見てるから、報われることは無いんだけどさ。』


「…齋藤…あの、俺は…」


生田さんとの嘘に付き合っていられたのは、俺にとってそういう存在がいなかったからで


本当に好きな存在がいる今は、話が別だ。


俺は齋藤にこの嘘を吐き続けたくない。


『…これが最後だから』


「…え…?」


『これが最後…』


「…花火は、もう無…」



言葉を遮るように、立ち上がった齋藤は俺の体に腕を回して、キツく体を密着させた。




気がつけば私の高校3年間は、〇〇抜きでは語れなくなってしまった。


いつもそばにいて、笑ってくれて、笑わせてくれて。


何となく、勝手に自分はアイツの中で特別な存在になれてるんじゃないかって、根拠もない高揚感を抱いていた。


私にとって、アイツがそうであるように。


でも、それが勘違いだと知ったのは、〇〇がいくちゃんと付き合ったという話を聞いてから。


──────〇〇と生田が一緒に車で登校したらしいぞ。付き合ってる見たい。


そんなふうにクラスで囃し立てる男子の声が耳に入ってきて、私は知らん振りをするのに精一杯だった。


1度閉じかけた本を、再び開いて現実逃避しようとしたけれど、まるでそれは自分の知らない言語の文書の様に、何も頭に入ってこなかった。


あの瞬間だけは、今でも覚えている。全ての自信が失われて行く感じ。私が頼みにしていたものってなんだったんだろうって。


でも、アイツのためなら、素直に応援も出来た。


私が幸せになれなくても、私の好きな人が幸せになるなら、それでいい。


私の好きな人が、好きな相手を、幸せにできるなら、それでいい。


私だって、〇〇と一緒に居られて、初めて好きな人とキスもできた、ハグもできた。


自分から、異性に愛情表現ができるって、こんなに幸せなんだと、知ることができた。


だから、もういいでしょ。


全てを流すように、私は洗面所で夜風と涙で湿った顔を洗う。


いくちゃんには、悪いことをしてしまった。


もうあれが最後だから。


いくちゃんだって大切な友達だから、大切にしたいし、正直で居たい。


いつか、ちゃんと好きだったことを伝えよう。


そう決心して、鏡の前で自然に笑う練習をしていた時だった。


─────分かんないよ!!



そんな声が響いて、胸騒ぎがする。


今の声って…


それを確かめるために、一歩一歩と、声の主の元に歩み寄っていくと、研修所の談話室でいくちゃんと〇〇が2人でいる姿が見えた。


やっぱりさっきの声は、いくちゃんだったんだ。


痴話喧嘩を止めてあげよう、と、声をかけようとした瞬間だった───────



「…別に、もういいじゃん。…俺ら、本当に付き合ってるわけじゃ無いんだ。…一体いつまで、この嘘に付き合えばいいんだよ!!」


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──────ウソ…?



to be continued...








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