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最後のTight Hug③


「じゃあ、ここの和訳を…今日は5月2日だから、出席番号2番、誰だ?」


『はい。…゛1900年代に入ると、各国では産業が…゛』

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目の前の生田さんが、起立をして完璧な和訳を披露する姿を見てか、ふと齋藤が何か思いついたようにペンを走らせ始めた。


カサっ…という音ともに、ノートの切れ端が飛ばされてくる。



゛2人って、デート何してんの゛



殴り書きされた文字列に、ヒヤリとする。ただ幸いなのは文通出会ったがためにリアクションや間といった反応を示すことなく、対応を考えることが出来たことだろう。


゛普通に、映画とか見てるよ。゛


何食わぬ表情をして、齋藤に投げ返すと、直ぐに齋藤はペンを走らせて返信してきた。


゛何の映画?゛



何の映画…か、

結構踏み込んでくるな。

最近部活ばかりであまり映画に意識とか向いていなかったけど、何があったかな。


ここであまり時間を要すると、怪しまれてしまうと思った俺は、最近よく周りが話題にしているアクション映画の名前を書いて渡す。


『……』


じっと俺が返事をしたノートの切れ端を見ると、齋藤は俺の方を見て、片眉を上げる。


なんだ、その顔。


しかしそのまま英語の授業が終わるまで齋藤からの返信はなく、俺は難を逃れたと高を括っていた。



「じゃ、今日はここまで。復習しとけよ。来週小テストやるから。」


そんな英語教師の話を恐らく話半分で流していた齋藤は、チャイムがなると直ぐに席を立ち生田さんに話掛ける。



『ねぇ、いくちゃん。』


『何、飛鳥。』



この1ヶ月毎日昼を一緒に食べるようになったことで、元々シャイだけれど人と話すのが好きで、寂しがり屋な2人はあっという間に打ち解けていた。


『いくちゃん達って、デート何してるの?』


『…で、デート…?』


『付き合ってるんでしょ、するでしょデートくらい?』


『あ、うん…その…カラオケとかかなぁ。』



やばい、俺と生田さんの口裏が合っていない。元々付き合ってもない俺たちは、そこら辺の詰めを出来ていなかったことを大きく反省した。


すかさず、俺は横からフォローを入れる。



「カラオケも、よく行くよね」


『〇〇は、映画だって言ってたよ?』


『う、うん…映画も行くね…映画見て、カラオケ行くかな…』


『…何見たの、最近…?』


『さ!最近はねぇ…えー…あ…!!




…えっと…ディズニーの最新作…!!』

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思わず額に手をやる俺と、またその俺を嘲笑うかのような表情で齋藤は゛やれやれ゛と首を横に振ったのだった。


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ゴールデンウィークの最終日の明日は、課題の消化日として部活が休みになっている。


せっかくの1日フリーを、どんな形で無駄にしてやろうか、と心を踊らせながらベッドに倒れ込んだ瞬間、スマホに通知が来た。


゛明日、〇〇は休みだよね。予定なんかないでしょ。゛



それは齋藤からで、【昼飯メン】と称されたグループで発信されたものだった。



「こいつ、絶対わかって聞いてるんだよな。」



どう足掻いたって、逃げられないと察した俺は諦観して、゛無いよ゛と返事をする。


゛いくちゃんは、予定ある?゛


゛ううん、私も無いよ。゛


゛じゃあ、明日はお出かけね。駅前に10時。゛



「マジかよ…家から出たくなかったのに。」


とは言うものの、今更断れる流れな訳もなく、適当に合意の旨を伝えるスタンプを送信すると、俺は残っていた課題のチャートを片付け、瞼を閉じた。



翌日──────


駅前に10時丁度に着くと、不安そうに周りをキョロキョロと見渡す生田さんが目に入る。


その姿はいかにも箱入り娘が突然世間に放り出された姿そのもので、何だか絵本のキャラクターを眺めている気持ちになる。



「…おはよ、生田さん。」



声に反応し、俺を認知するや否や、生田さんはホッと胸を撫で下ろした。


『良かった…場所間違えたのかと思った。』


「ごめん、待った?」


『ううん、丁度30分くらい前に着いた。』


「30分…!?」



何か変かな?、と言った顔で首を傾げる生田さんに、衝撃を覚える。



「早すぎない」


『…そうかな…友達と遊びに出るのが久しぶりで、楽しみで…』


「家、厳しいの」


『うん。…あ、でも〇〇くんがいるって言ったら、出かけさせてくれたよ。』



いよいよ生田家での俺のポジションが分からなくなってはいるが、ひとまずそれはそれとして、俺は齋藤にLINE通話を掛けた。


2コールも無いうちに、齋藤の声がする。



「おい、寝坊かよ。もう着いてるぞ。」


゛そっか、それは良かった。じゃあ楽しんできて゛


「楽しんできてって……おい、お前まさか。」



゛あれ、あたし行くなんて一言も言ってないよ゛

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…してやられた。と、心の中で齋藤の顔に思いっきり平手打ちを食らわせてやりながら、スマホをポケットにしまう。


さて、どうしたものか。



『飛鳥なんて?寝坊…?』


「…いや、私は行くとは言ってないってさ。多分最初から来る気なかったんだと思う。」


『え…嘘…!?…そっか…』



露骨に生田さんのテンションが下がる。まるでパワプロくんで言えば絶不調を通り越して、怪我のマークのような顔を浮かべていた。


それもそうだろう、久しぶりの友達との遊びで、楽しみすぎて30分前に来てるくらいなんだ。


何となく、彼女の頭の中では、゛自分と2人きりだと、今日は解散になるんじゃないか゛という不安が駆け巡っている気がする。


けど、正直帰りたいな、と思った矢先、スマホのバイブがなった。



「あ、ごめん…齋藤からだ。」


『…うん。』



゛齋藤飛鳥が、写真を送信しました゛



不審に感じてその通知ポップを開くと、トーク履歴のスクショが添付されていた。



─────飛鳥、〇〇くんって、どんな子が好きなのかな。


─────そんなの、彼女のいくちゃんみたいな子でしょ


─────そうだけど…理想と現実みたいなのあるじゃん。…理想な子って、どんな子かな


─────…素直な子とか?…私みたいに口が悪くない女子とかな気がする。笑


─────素直な子か、ありがとう。服装とかは…?ズボンとスカート、どっちがいいかな…


─────んー…私の予想だと、ワンピースでいかにもって感じなのが好きそう。…ノースリーブとか、The 女の子、みたいなの。これまた私が着れない奴だね。笑


─────なるほどね…飛鳥も着れるよ。スタイルいいし…。…ありがとう!!


─────凄い、楽しみにしてるじゃん。笑


─────うん、楽しみ!!



゛初デートで女の子に、恥、かかせんなよ。゛


そんな齋藤の追いLINEを既読無視して、スマホを再びポケットにしまった。




「…生田さん」


『はい…』


「どこ行きたい…?…2人だけど、せっかくだからどこか行こうよ。」


『…え…い、いいの…』


生田さんはその大きな瞳を見開いて、キラキラとさせる。



「うん、行こう。…あと、」


『後…?』



「…ワンピース…可愛いね。…似合ってる…と、思う…。」



ぶっきらぼうな言い方になってしまったかもしれないが、これ以上生田さんを真っ直ぐ見つめて発言することは出来なくて、逃げるように俺はくるりと背を向けると、歩き出した。


でも──────



『…ありがと。えへへ……嬉しいっ…』

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振り向きざまに深く心の奥に張り付いた、彼女のはにかんだ顔だけは、目を背けることが出来ないでいた。



半日も一緒に居れば、否が応にも互いを知り、それなりに打ち解けていくもので、


今日という1日で分かったことは、かなり多くあった。


生田さんは厳しい家庭で育ってはいるものの、ただの箱入り娘とは違って、自分の芯があること

時々、変な言動がある変わり者であるということ

打ち解けると意外と失礼な事を言ったり、ダル絡みをしてしまうこと


そして、何よりも意外だったのが


あの父親のことを、物凄く愛しているということ。


高校3年にもなれば単なる畏怖、だけで娘を教育出来る訳では無い。それに彼女が逆らわないのは、畏怖するだけの、尊敬がベースにあるのだと理解出来た。


『…お父様はね、凄くかっこいいんだよ。』


そんな言葉を発している時の彼女は、本当に心酔していると言った表情だった。


…もちろん、あの日の被害者である俺にとってはなかなか素直に認め難いところではあるけれど。



『…んー、お腹いっぱい。』


ファミレスでメインディッシュ級の物を3メニュー程平らげた生田さんは、満足そうに笑顔を浮かべながら横を歩いていた。


19時をかなり回って、すっかりと辺りは暗くなってきた。思えば今日は午前10時から数えると、かれこれ10時間近く一緒にいるのだ。


こんなに、女子と一緒にいた事ってなかったな。


『…今日のあの映画物凄く面白かったね』


「だね、やっとこれで゛嘘゛じゃなくなるよ。」


『嘘?』


「うん。ほら、ゴールデンウィークに入る前に齋藤に、どんなデートしてるのって、聞かれた時。俺は今日の映画を見たって嘘ついたんだ。」


『あの日か。確かに、これで嘘じゃない。カラオケも行ったしね。』


つられたように生田さんも笑う。


「…うん。…今日は楽しかったよ。女子と2人で出かけるなんて、ほぼないからね。」



『そっか…そうだよね。…』



俺の言葉に、ふと、生田さんが何かを考え始めた。


少しだけ、生田さんの歩調が遅くなる。



「…どうしたの。」


『…これ、デートなんだなって…思ってさ。…私は初めてだから…』


突然に、先程までも打って変わった表情で、物憂うげな、女の子の顔つきに変わる。


俯きがちに、少しはにかみ、髪を耳にかけた。


そうやって、生田さんが急に異性として意識をさせるような仕草をするものだから、俺は俺で妙に心拍数が上がるのを自覚した。



「…どう、だった。」



『…うん。…楽しかった。…とっても。…でも…』



その瞬間、彼女のその続きの言葉よりも先に、俺の耳に入ってきたのは、サーーッ…というアスファルトを叩く雨の音。




『…雨…?』


「結構激しいな…今日降る予定じゃがなかったはずなんだけど…こっち来て…!!」


『う、うん…!!』




無意識のうちに、生田さんの手を引いて、潰れた個人商店の軒下に駆け込んだ。



何とか2人がギリギリ濡れなくて済む位の、かなり狭い幅だが、暫くはここ以外雨風を凌げそうな場所がない。



「…弱まるまで、少し待とうか。」


『…〇〇くん…あの…』




生田さんが目線を落とした先はしっかりと繋がれた手で、咄嗟に我に返り、慌てて離した。


『あっ…、』


「ご、ごめん…慌てて連れていこうとしちゃって…痛くなかった…?」


『…うん…大丈夫……っくしゅん…!!』



すすっ、と鼻をすする彼女は、ノースリーブでむき出しになった肩が濡れていて、少し震えているようだった。



「これ、着て。あんまり濡れてないからマシだと思う。」



俺は自分のボタンシャツを脱いで、生田さんに手渡す。



『え…いいよ。…〇〇くん、それ…肌着じゃないの…』


「うん。…まぁでもバスケ部だから」


『いいって…風邪ひいちゃうよ…!!』


「いいから着なって、これで生田さんが風邪ひいたら俺また君のお父さんに胸ぐら捕まれちゃうじゃん。」


『……分かった。…ありがとう…』


渋々生田さんは俺のシャツを羽織った。格好つけたはいいものの、寒いは寒いよな。雨だし。



暫くは2人で雨が地面を叩く音を聞く。


でもそれは、居心地の悪い沈黙ではなく、まるで2人で同じ音楽を、1つのイヤホンで聞いている時に近いものを感じた。


程なくして、少し雨足が弱まった頃、生田さんの声が耳をぬけた。



『…あのね。…さっきの話だけど…』


「あ…うん。」


『今日凄く楽しかったよ。…でも…楽しいと、…最後ってこんなに寂しくなっちゃうんだね…それは、知らなかった…』

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そう言うと生田さんは俺 目の前に立った。



「…どうしたの…」




その言葉に返事をする代わりに、そっと俺をシャツと共に優しく包み込んでくれる。



『…こうすれば少しは、暖かいでしょ…』

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「…うん。」



2度目のハグは、彼女の方からだった。



to be continued...






















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