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スペ3返し


「そろそろ時間だよね、出ようか。」

『そうだね、うん。』


彼女の───

あーちゃん、こと守屋茜のグラスが空になったのを見計らって、本心にもない気遣いを見せる。


カードとレシートを受け取って、大衆居酒屋を出て、歩いて最寄り駅に着く頃にはすっかり夏の夜が深くなっていた。


「意外とまだ、人が沢山いるもんだな。」

『…だね。金曜日だし、帰らずに遊んだりする人が多いのかも。』



そんな他愛もない会話をしながら、改札の電光掲示板に備え付けられた時計に目をやると、針は23時15分を刺していた。


「…あーちゃん、終電何時だっけ。」

『あたしね、45分。〇〇くんは?』

「…俺は、42分。」

『そっか。…ちょっと時間あるね。』



30分弱、という絶妙な時間が残ったことに頭を抱える。

ここで解散、と言ってもお互い1人で時間を潰すだけだし、かと言ってもう何処か店に入って一息着くほどの余裕もない。


それに、俺を悩ませていたのは単に終電までの時間を潰す方法が思い浮かばなかったからだけでは無い。


─────普通、大人の3回目のデートってそう言う事、だろ。


頭の中では、そんな先輩に賜った有難くもハードルの高いアドバイスが駆け巡っていた。


社会人にもなって、新たに知り合った異性と3回も会えば、゛ある程度射程圏内に入るのかもしれない゛、ということは薄々感じる。


実際問題、俺は金曜日の残業を素早く切り上げて彼女との今日の食事に備える程楽しみにしていたし、彼女も開口一番に『今日は誘い全部断って定時で上がってきたよ。』とはにかんだ。


なら、まずは関係性をハッキリさせなきゃ。


彼女だって、ただの異性の飲み友達を探すタイプの子ではないと思う。


そんなことをグルグルと頭の中で算段を立てていると、不意にあーちゃんが声を出した。


『…そういえば、すぐ目の前の広場にベンチあるから、そこで座らない?』




『…んねぇねぇ…なんでそんな黙ってるの。』


ベンチに並んで座っても、まだ頭の中で逡巡していた俺に痺れを切らしたのか、彼女が声を漏らす。


「いや…なんでって。…この公園、落ち着くなぁって。」

『たしかに、落ち着くね。』


そんな下らない話題でお茶を濁すうちに、時計の針はドンドンと進んで、30分を遂に回ってしまった。

終電まで、10分ほどしかない。


浅はかな希望を抱く割には、傷つきたくは無いという身勝手な俺は、これまでの彼女の言動から自分の好感度の自己採点を始める。


3回も会ってくれた、楽しみにしてくれている、お互いの呼び方を決めたいと言ってくれた、終電ギリギリまで一緒にいてくれて…そして何より



彼女は時計を確認しようと、しない。



分かってる。普通なら、仕掛けるべきなのは。
大富豪なら、ずっと俺のターン、と言った具合で勝ちを確信して上がり続けられる可能性が高い。



でも、それが出来ないのが、俺。


手に持っている「まだ一緒に居たい」、と言う切り札を切る勇気がない。


だってそれは、相手が俺に好意を持ってくれているのであれば、全てを終わらせるカードになるが

万が一にも、俺に好意がなかったとしたら、それはただの最弱なスペードの3と化してしまう。



先に彼女からの好意というジョーカーを切らせた上で、自分のスペードの3を出したいのだ。


「…あ。…てか、時間…か。」


…何とも情けない駆け引きをするうちに、遂にデッドラインの37分になってしまった。

もう改札を抜けてホームに向かわなければ、流石に終電に間に合わなくなってしまう。


゛ま、焦りすぎても良くないし、な。今日は紳士で。゛


情けなさの極みとも言える言い訳で自分自身を正当化しながら、ベンチから腰を上げた時だった。








───────『今日は、まだ、居たい…かも。』







彼女が゛ジョーカー゛を切った、3時間後

適度に薄暗く、そしてお互いが吸ったことの無いはずの煙草の香りがする部屋に、俺らの声は響いていた。



『…〇〇くんは、終電乗らないことなんてよくあった?』

「…まぁ学生の時は。友達と遊んでてオールなんて、頻繁にあったかな。」

『…ふーん。』


自らを゛付き合うと甘えん坊゛と評した彼女は、そっとベッドシーツの中で、俺の手を握る。



「…あーちゃんは…?」

『…無いよ、実家だし。』

「…今日は、大丈夫なの。…親心配しない」

『大丈夫、もう社会人だよ。流石にそこまで干渉してこないから。』

「そっか。」



俺は彼女の腰に手を回して抱き寄せる。

布1枚無く、直で掌に伝わる彼女の体温が妙に心地良かった。


それに応えるように、彼女も俺の素肌に腕を回して強く締め付ける。




『…好き?』

「うん。好き。」



『…いや、私の方が好きだよ。負けない自信、ある。』





また、ジョーカーを切ってきた。


そんな彼女の肌に、
指を滑らせていく。





脱ぎ散らかされた衣服をお互いが拾うのは、きっと明日の昼、チェックアウトギリギリの時間になるのだろう。




fin.


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