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1001 歯医者にて

今日は歯医者に行ってきた。

ここ数日下の前歯のあたりが異様にムズムズして気絶しそうしどろもどろ花ざかりタレイアまともな神経(あたま)が繋がらない アダージョみたいだった。痛いわけではないのだがどうにもムズムズして気になって仕方がない。気持ち悪い。圧力をかけると心なしかマシになるので、爪楊枝を噛んだり内側から舌を押し付けたりしてだましだましやり過ごそうとしてみたが、改善の兆しが見られない。そんなわけでプロの手を借りるべく歯医者に行ってみることにした。

予約した時間に近所の歯科医院を訪れると、ずいぶん小綺麗でモダンな建物だったのでちょっと面食らった。汚いのは論外だけどあんまり綺麗だとそれはそれでビビる。問診票を記入して診察室に通されると30代くらいの美人そうな歯科衛生士に通院歴などをヒアリングされる。最後に歯医者にかかったのはいつかと問われ、俺は『歯医者ってそんな美容室みたいなノリで直近の利用状況を聞かれるものなの?』と思った。歯医者だって病院の一種なんだから問題が起きなきゃ行かないだろ。まあ歯科健診だのホワイトニングだのの存在は知っているけれど、学生時代にたびたび口座残高がウン百円になったりライフラインが止められたりしていたような人間にそんな体のメンテナンス的行為に金を払う余裕などあるはずもなく。あと育ちの問題もあると思っていて、おそらく歯医者を身近に感じられるような家庭環境は中流以上のそれだろう。

そんなわけで、若干気恥ずかしさを覚えつつも小学生以来なのでおよそ20年ぶりの通院であることを伝えた。あちゃ~みたいな気配を感じる。あちゃ~みたいな気配を感じさせないでね。恥ずかしいから。
ざっくりした診療の説明が終わると医師がやってきた。若くて清潔感のある良い男だった。男前の歯科医ってなんだかすごくエッチな感じがする。男前の眼科医と歯科医、あなたはどっちがよりスケベだと感じますか。この質問にどう答えたかであなたの死生観がわかります。

まず歯のレントゲンを撮られた。機械がすごくハイテクそうだった。昔やっていた仕事柄医療機器というやつがかなり高額であることはぼんやり知っていたので、俺はそのハイテク機械たちの導入費用に思いを馳せつつ、されるがままに口の中を撮られ続けた。
さて、レントゲンの結果明らかになる私の知られざる口内環境。ドン。

奥歯が虫歯になってました。
ほら来ただから嫌なんだよな病院。
病院に行くと病気が見つかるリスクが大幅に高まるからかなり最悪なのだ。
病院には本当に行かない方がいい。

「治しませんか?」と医師。
細かいことだけど治すので来てください。じゃないんだね。俺はあくまで客で大人なので、向こうとしても提案に留めるしかないわけだ。じゃあ俺って逃げてもいいんだ。己の意思で虫歯を直さないという選択肢を掴み取り小脇に抱えて明日に向かって走って行くことが許されるんだ。
本当は治すから来いって言ってほしい。じゃないと逃げたくなっちゃうから。逃げたくなっちゃうけど逃げるべきでないことは当然よくわかっている。大人だからわかっている。そう、大人なのだ。もう子供じゃないので誰も強制してはくれない。大人は自分で選ばなければいけない。しんどいね。一目散に逃げ去ろうとする俺の手首をつかんでギュッと抱き寄せてほしいよ。

虫歯の治療は次の通院からということになり、その後は歯石除去のフェーズへと入る。もともと俺の通院の原因となったのは前歯の謎ムズムズだったわけだが、その原因が歯石である可能性があるとのことだった。
診察台に乗せられ、目隠しをされ施術を受ける。これがなかなか恐怖だった。痛みは我慢できる程度で大したことはないのだが、おかれている状況によって俺の瞼の裏には漫画や映画の拷問シーンが投影されていた。拘束され、なすすべなく自分の体が他人によっていじられる、痛めつけられる。損壊される。怖すぎ、怖すぎ。
今後の人生で絶対に拷問を受けたくない。これはマジ。本気と書いてマジと読む。そんなの当たり前だし今までだってそう思っていたはずだけど、ここにきてその感覚は一段シリアスなものになった。実感に勝る理解はない。

そこからはとにかく憂鬱だった。生きていくのが怖くなった。歯医者に限らずこれからの人生できっと痛い(物理)目に会う機会を避けることはできないだろう、どこかで病気なり事故なりに遭遇するはずだ。大掛かりな手術だってあるかもしれない。嫌だ~~~~~。ただでさえナイーブな魂に苦しめられているのにこれから何十年も脆弱な肉体とも付き合っていかなければならない事実を突きつけられてしまった。もうやめませんか、肉体。帰りましょう、LCLに。

ところでここが一番問題なんだけど、診療を終えても歯のムズムズは収まらなった。ていうか診察後医師からも歯科衛生士からもその症状についての言及がない。「ムズムズ治りました?」って聞いてよ。聞いてくれないと治ってないからどうにかしてって言えないよ。もうあいつらきっと虫歯を見つけたからそっちにお熱なのだ。謎ムズムズのことなんてすっかり忘れてはしゃいでいるわけだ。仕方がないので『きっと施術してすぐ収まるようなものじゃないんだ、時間を置いたら何かがどうになかなって症状が消えるんだろう』と自分を説得して家路についた。夕飯にドーナツを4個食べた。不安も鬱屈も糖質で意識をパラライズさせて誤魔化していこうね。

施術から約10時間後、午前3時48分現在、俺の下の前歯は依然ムズムズしている。

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