散策の外皮

つまりはこうだ。
記された文字列はそれを構成するものにもそれにより構成されるものにも属さず、持続と断絶を繰り返す前区分的な参照点を探索しながら荒い再構成を促し、まだ記されていない記号において最適解を探す運動の遅延は、ここのところずっと継続している。冬に軋む街の基底において、引きちぎられるのは筋繊維であり、崩れた暮石における両側にそびえた岩石のうち、倒壊した家屋を覆う蔦の、回転と縺れと恩情の中、くっついた眼球は内転しながら包摂し、指先の痺れは穏やかに、点滅するふくらはぎを尻目に焦燥だけが乾いた足音として奥の方で響いている。散布された倍音が剥がれて散ってゆくとき、水平線が見えた、渚はすぐそばだった。記すということ自体に含まれる全体性に苛まれ、私であろうとする為に私は棄却され、行き着く先の虚無であり、外縁である軟着陸は始まる前に終わっている。目に見えた絶望へ向かえないことに対して奇妙で倒錯的な無力感を見せる数千の人のうちの一人、小さな彼は部屋を飛び出して街を歩き出した。
街は凍えている。整理された分譲住宅は堅牢な面持ちを見せているが、内外差圧が拡大を始める時間、差し込む鋭角な赤に近い橙は各々の外皮特徴をなかったことにしようとしており、間欠運転をする軽いエンジンが視認領域限界の向こう側からやって来るのを、後向きになった産毛の反発と一緒になって聞き取る、2月の朝。手に触れたそばから交換し合う慣習と秘密の重ね合わせ、通り抜けてゆく気相に混じる通過の跡は、この街を成す網目をより精緻に、きめ細かく、頑丈なものとし、それらをすり抜け混じり気のない向こう側に彼は逃避行を続けるしかない。消えかかった暗闇は頭上から背後の方へ伸びて、かろうじて見てわかる程度の星の光は震えながら追いやられており、彼が振り向くと消えてしまった。継ぎ目のない可能性への接続は彼のそぶり一つ一つに存続の有無を左右され、線形的な過去との接続の範囲に押し込められた表通りには、さっきまであったようにーーそれは異常なことであるーー木が植えられており、散った葉も無くむき出しの在り方に表皮の張力は限界をとうに超え、ひび割れたところは乾ききっている。不本意な朝日は彼らの輪郭を真っ赤にし、個物としてある呪いに対する木の怒りは、真っ黒な幹として彼を不安にさせ、あらゆる形の諦めが霜の中に内包される季節、彼は目を閉じ耳を塞ぎ、うずくまった視界の果てに繰り返される幾何学模様の出現において、この世に生を受けた理不尽を知る。
機能している雑草の凍結。認識の有無にかかわらず要素と関係の対立は街としての立ち振る舞いと、街における立ち振る舞いを発生させ、蒸散し回転し霧散する疎外の臭いは道に打ち捨てられたビニール傘から、一つだけ付いている街灯から、彼の強く握られ爪の跡が残る手のひらからやってくる、その最中においてこれから行く先と、それぞれの分担が割り振られる。均された凹凸の上に建設された代替可能性について付属する運動の繰り返しは恥知らずで、切り取られた風景は枠組みを破壊しそこから逃げる気力もなく、再構築された基底は電信柱の柱上変圧器から可聴の向こうで響いており、道路で重なり合った低音が減衰と増幅の粗密で彩られ、等高線の上を滑るようにごみ収集車が走る脇で、回収されえない彼としての彼はまだ頭を抱えている。彼の腕の振りが、脈打つ静脈の束が、神経系において構築される記号たちが、筋肉の収縮と発熱が彼自身を生かし続け殺し続け、弾かれた未来と崩れた過去の間、持続する吐息に混じる胃液に、矩形の記憶は再生され、景色は遠くの方へ追い越してゆく。
街は対峙している。街自身を形成する街において彼たる彼は彼自身を限定し、無限に生きようとしているし、そうあらねばならない。小学生の集団登校の列とそれを見守る大人たちのそばで、カラスのついばむ生ゴミは昨日誰かが食べた牛丼のプラスチック製の容器についた糸蒟蒻の指し示す先、苦しみは減衰されるたびに補填され渋滞した道路は解消の目処もなく、古い口承はついに消え果て、交わされる言葉はその構成する発話者に依存する意味において永遠に救われず、行為の効能によりそれは無限遠の彼方に助長される。相互否定的に相互を形成する彼と街において、互いに問いかける生死の問題は、互いの影でありそのものであるので、横切った列車の窓は投影された彼と街を写しており、その中で彼は泣いており、街も泣いていた。踏切は車輪の通過のたびに沈み、遮断機の揺れは回り込んで彼の背中を押すが、踏みとどまらせるものもまたそれであり、前髪の乱れの中をだれかのため息が通り抜けてゆく。切り詰められた工程において遮断機は道を開け、彼はまた歩き出したが、白波を立てるアスファルトに沈み回収される有象無象の、語ることのない視線を置き去りにし、足で立つものはやがて彼だけとなった。鉤括弧だけが彼を収斂させる闘争の果てに、心の中で虹となる。

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