六枚道場#2感想

今回も少しづつ感想をかこうと思います。

グループC

グループCはこちらから読めます。

9. 「私の先生」小林猫太さん

中学生の美術部員が近場で起きた猟奇殺人の犯人を顧問の先生だと思って、生徒の気持ちと行動が変わってゆく様を描いていると読みました。うまいなあと思ったのは、最初は猟奇殺人を漢字で書くこともできず、トイレに行くのも怖くて億劫になっていた主人公が、最終的には先生の家に深夜まで見張り、差し違える覚悟で犯人じゃないのかと先生を問いただすところまでに至る、気持ちと行動がエスカレーションしてゆくところです。まず友人の話を聞いて、彼の覇気の無さを『鳥肌が立つほどの冷たい情動』と解釈します。その解釈を補填する彼の絵のエピソードが導入され、その次に顧問の先生は心に悪を抱えたままその制御にままならない救済すべき人として扱われます。
この物語を読んで、物語の設定や文体の技巧によりちょっとした勘違い、害のないもの、無邪気なもののようにみえますが、傾向としては頻繁に見かける勘違いであり、恐ろしいものだよなあと思いました。
その人の属性からこういう人はこういうことをしそうだと判断することは端的に差別です。物語では顧問の先生の覇気の無さや描いた絵の不気味さから主人公から猟奇殺人犯だとされ、さらにその思い込みを正当化するために彼を猟奇殺人犯として確定させることは、心の悪を制御できない救済だ、とも考えています。極め付けは最後の一言です。

なんだか、いろいろとがっかりだった。

結局自分の思い描いていたようなことは何一つとして起こらず、この先生から言われた一言からの疑似的な恋愛感情みたいなものも無くなり、全てが自分の思い込みであったとしたとき、主人公の目の前にある現実は「つまらないもの」として扱われています。彼女の先生に対する言動のエスカレーションは終盤に向かって落ち着いていきますが、彼女の認識自体はより過激なものに踏み込んでいるように思えます。彼女は現実を目の前にして差別的な発想に気付くどころか、「つまらない」と発することで結果として自分の考えをより強化していると読みました。彼女が何をもって「面白い」とするのか、想像すると……
初読時最後の一文の有無についてうまく自分の中で収まりがつきませんでした。無い方が後味というか、余韻というか、ふわっと終わる感じがしていいなあ〜なんて考えていたのですが、通読すると最後の一言があるおかげで、本作の無邪気さと対を成す底の無さが強調されていると思いました。素晴らしかったです。

10. 「エディは13歳」一徳元就さん

登場人物の発言や思念が、一文ごとにその発話者が移り変わりながら、ストライダーに乗った小さな子が車に轢かれるまでの間を描いた作品と読みました。一文ごとに発話者が変わってゆくとはいえ、登場人物は限定されており、4巡しているように見えます。なので描かれているのは限定された領域内にいる人たちの今の連続とも考えることができるのではと思いました。
本作を読んで、「時間は存在しない」という本を読んだ時の感銘を思いだしました。 

この本の中で、包括的な、いわゆる“今"というのは存在しないとあります。“今"を共有するのは、光の速度分のズレや知覚のズレが感じないほど近くにおり、お互いの振る舞いを同期させる上で問題がないもの同士において成立しうる概念で、例えば遠くの星の“今"は私たちにとっての“今"とは異なるし、早く動いている人と静止している人との“今"も共有されません。“今"というのは、ある主体にとって様々な対象が相互に作用を及ぼしてきた過去の領域と、様々な対象が相互に影響を及ぼしうるであろう未来の領域の結節点のようなものとなります(と言いながらもあってるかどうか不安です)。

(「時間は存在しない」,P55より抜粋。図10のようなあらゆるものが共有している今はなく、図11でいうところのAにとっての今とBにとっての今があり、それらはズレているもののその差が十分に小さいので知覚できない。)

本作では点となっているそれぞれの今を順に辿ってゆくように話が進んでゆき、またそれが限定された領域でぐるぐると同じ主体たちを回ります。包括的な世界は所与のものではなく、私たちが何かしらの仕方で関わり合うことが世界だとするのなら、ここで書かれたことの連続は世界そのものだし、その様を順番に眺める私たちもまたその世界をなす一つの構成要素となると考えました。
周回遅れで「映像研には手を出すな!」にはまっているのですが、彼女たちがアニメを作る時、実際にその世界の乗り物に乗ったり登場人物がそばに出できたりして、そういったシーンが非常に特徴的で好きなんですが、本作を読んだときの没入感(と言ってしまうとなんだか語弊がある気がするのですが…)は、風景描写や心理描写のバランスとシームレスな接続によるものとは異なった、読むことによる作品世界への参画なんだと思いました。私もこういうのを書いてみたい。


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