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『ゾンビ』ダリオ・アルジェント監修版について【3】

さて今日は、DA版にしか存在しないシーンについてのお話です。
先日も書きましたとおり このDA版って奴ぁ、DC版より20分近くも短いくせに、DC版にも無いシーンが15分も含まれているという、まことに奇妙なバージョンなのでございます。
巷には、未だにDC版こそが完全版だとお思いの方も数多くいらっしゃるようですが、とんでもない。『ゾンビ』は、全バージョンをまんべんなく観ない事には全体を把握できないという、たいへん厄介な仕組みになっておるのでございます。
各バージョンから足りないシーンのみを抜き出して勝手に再編集でもしない限りは、1本で全てを見渡すことは到底不可能でございましょうな♪ ふっふっふ。(謎)

さて、具体的にDA版のどの辺りが増えておるかと言いますと… 本気で全部を語って行くと、冗談抜きで2~3mぐらいの文章になってしまいますゆえ、今回はキーポイントとなるシーンのみを紹介するに留めます。どうしても全部を知りたい方は、2台のモニターでDC版とDA版を同時再生してみて下さいませ。本当に驚くような発見の連続で、ゾンビの世界がさらに広く深く味わえますよ。 実際やった私が言うのですから、保証いたします。

【意外とマッタリしたDA版】

DA版と言えば、ふたこと目には「ドキュメンタリー・タッチでテンポの遅いロメロ版に比べ、アクションを強調してテンポ良く…」などと語られたりするのですが、間違いとは言い切れぬものの、そんなに単純に片付けられる物でもないのですよコレが。

例えば、ヘリで飛び立つ4人が 街に残して来た肉親の事を語るシーン。
「別れた妻を…」
「別れた夫を…」
「兄弟を…」
などと各々が呟くのですが、口を開くまでのタメは、DA版の方がいくぶん長かったりします。給油のために着陸した、民間の飛行場。 ピーターが休憩所を訪れ、中の様子を見回すシーンが、一番ジックリと描かれるのもDA版。手近な椅子を見つけて、「どっこらしょいとぉ♪」って感じで腰を下ろすピーターのカットもDA版のみ。


私の一番好きな追加シーンは、例の豪勢なディナーの場面。ここでスティーヴンがフランに婚約指輪を手渡そうとするのですが、ロメロ版ではただフツーに渡すだけ。
ところがDA版では、スティーブンは両手を握って「どっちがいい?」とフランに選ばせる件りが追加されてます。フランが微笑みながら片方を選ぶと、選んだ手には婚約指輪。もう一方の手にも婚約指輪…というカラクリ。なかなか小洒落た演出をカマしてくれますスティーヴン。ヘタレのくせしてね。(笑)

とまぁこんな調子で、シーン毎に観てみれば、意外にもDA版が一番ゆるやかなペースで、マッタリと描きこんでおるのですわ。
そうやって細かいシーンを引っ張る代わりに、大きなシーンをザックリ丸ごと削ってるのもDA版なんですよねー。
給油所での「ヘリチョンパなゾンビさん」がカットされてるのは余りにも有名ですが、トラック作戦なんか もっと凄いですよ。
あのシーンは、ロジャーが徐々に浮かれて行って、しまいにゃ「ひぃーはぁ! ひぃーはぁ!」と奇声まで上げ始めるのがミソなワケですが、この少しづつ狂ってゆく過程をゴッソリ削り、いきなりロジャーがひーはーモードに入った所から始めるため、「おいおい。このお兄さんは いきなりどうしちゃったの?」と当時の観客は、大いに戸惑ったものと思われます。

モールライフ終盤、贅沢な暮らしがだんだん煮詰まってゆく過程も大胆にカットしてますね。 放送の途切れたTVを点けたり消したりといった、ネチネチした八つ当たりのシーンも無くなっております。
こうやって大きなシークエンスを大胆に削る事によって、上映時間そのものはロメロ版より大幅に短縮されております。しかし各シーンを取れば前述のとおりジックリ、マッタリした編集なので、DA版はテンポがいいんだか悪いんだか分からない、まことに不思議な印象を与えます。

【お前に彼女の首が切れるか?】


DA版を初めて観た人でも、簡単に「あっ!増えてる!」と一発で分かるのが、このシーンですね。モール大作戦の第1段階が大成功に終わった後、屋根裏部屋で反省会のようなミーティングを開く、野郎3人組。スティーヴンは、自分が美味しいトコを見せたもんだからすっかり舞い上がっちゃって「もう俺たちに怖いものなんか無い!」などとおマセさん指数をMAXまで上げておるわけです。観客たちの「コイツ何とかしてくれぇ…」という不快指数もそろそろ限界まで来た所で、ピーター兄ぃが「まかしときぃ♪」とばかりにビシーッとヒトコト。

「どうかな? もしフランがゾンビになった時、
お前に彼女の首が切れるか?」

さすがのスティーヴンも、途端に冷水を浴びたようにシュンとしちゃって、すっかりイジケてしまうのでありました。
これは作品の根幹に関わるような重大なセリフでありまして、ロメロがDC版ですら採用しなかったのは、まっこと理解に苦しみます。
このシーンが含まれてるからこそ、DA版は絶対に見逃せない!って感じの、最大のチェックポイントですな。ロメロの思惑は伺い知るところではありませんが、何はともあれダリオ、グッジョブ♪

【ヘリコと空撮へのコダワリ】


これも、両バージョンを血眼で観察してると分かってくる意外な特徴なのですが、ダリオって、ヘリや空撮に関するシーンに、偶然とは思えないかなり大きなコダワリを持ってそうです。上に挙げたのは、猟友会&州兵のゾンビ・ハンティングの最中に起こった、車の爆発事故のシーンです。ダリオ版のみ、これらのカットが追加されております。 最初の画像なんか、空間の奥行きを活かした見事な構図で、ヘリのカッチョ良さも大いに強調されております。


この2枚は、モール上空を俯瞰するシーン。 スモークなんか焚いちゃって、「ブレラン」でも始める気ですかい?ってぐらいスタイリッシュ&カッチョいいです。
画像ではイマイチ良さが分からないので省きましたが、トラック作戦のスタート時にも、ナイスなショットが追加されてます。
手前に向かって走り出す2台のトラックと、それをサポートするように画面奥から飛んでくるヘリ。このコンボが「サンダーバード」ばりに勇壮な講図で配置され、男心をコチョコチョとくすぐってくれますね。
あと、モール屋上で配置に付こうと駆けて来るフランと、やはりサポートするように画面奥から飛んで来るヘリのシーンも最高!

そう。ダリオって陰惨で耽美なホラーの人だと思ってたら、意外や意外。こういう男泣きなカッコいいシーンも大好きな方なんですね。もちろん撮影したのはロメロでしょうが、こういうシーンを好んで選ぶセンスが、実に心憎いです。何だか、友達になれそうな気がして来ました。

【脳天スキャナーズへのコダワリ】

ヘリや空撮と並んで見逃せない特徴が、ゾンビの頭をライフルでスイカのように粉砕するシーンへの、異常なコダワリです。
ロメロ版と比べてみて、脳天爆破シーンの多いこと多いこと。あっちでボカンこっちでバカンと、全編これ『スキャナーズ』な感じ。クローネンバーグも眼鏡ふきふきビックリです。

画像AやBは、ほんの一瞬ですが忘れ難い印象を残す、まことに強烈至極なショットであります。画像Cの、恨みがましそうなイケメン・ゾンビの表情も、ちょっと夢に出そうですねー。

他に特記しておくべき特徴としては、ザラトゾムへのコダワリも有りますね。あの珍走さん達が わいのわいのと突撃の準備をしてるシーンや、モール内をバイクでもってオラオラオラオラと駆け抜けるシーンが、全バージョンでも最長の時間を費やして、相当ジックリと描き込まれておりますな。
こうして見渡せば、ヘリ、空撮、脳天爆発、バイクと、ダリオが選んでいるのは、男の子がワクワクするような、血湧き肉踊るアクションを彩るファクターばかり。「DA版はアクションに徹し…」という決まり文句は、あながち間違いとは言えないのです。
ロメロ版が哲学的な映画だとすれば、DA版はバリバリの娯楽映画。全編ギンギンに鳴り響くゴブリンのBGMが象徴するように、ダリオは『ゾンビ』を、カッコ良く、分かりやすく、刺激的に、つまりはキャッチーに売り出すことに精力を傾けたのですね。
いかにもイタリアンらしい脳天気で商魂たくましい発想だと思うし、それは決して間違ってはいません。DA版世代にとっての『ゾンビ』とは、ド派手で痛快なB級娯楽アクション・ホラーなのだと思います。

それにつけても、ロメロ版と同じ素材を使いながら、音楽と編集の力で、ここまで別物の映画に仕立ててみせたダリオの手腕は、やはりグッジョブ♪ と言えます。一度、彼自身が撮った本格アクション映画も、観てみたいもんです。きっと、一連の耽美的なスラッシャー・ホラーとは一味違った、さぞかし脳天気で痛快なノリを見せてくれそうでありますな。

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