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「回転くん」の伝説

こないだレンタル店の話で盛り上がってる時に、フと思い出した人物が居ましてな。
ちょいと箸休めに、彼の話でも語らせて下さいな。

通称「回転くん」。 私がTSUTAYAに居たころ、毎日のように来ていた常連のお客でした。ていうか厳密に言えばお客ではありません。なんも借りてかないんで

年の頃にして17~8。いつもボロボロのトレーナーに半ズボンで、顔立ちは「幽体離脱してヌケガラになった清水圭」ってな感じ。いわゆる、ちょっと「アレ」な方だったわけです。(放送禁止用語で言うと、4文字じゃなくて5文字のほう)

彼は毎日夕方頃、

「ひょーーー!」

と奇声を発しながら店内に乱入(そう、まさに乱入)し、カウンターに突進して来ます。
そして、私の同僚だった可愛い女子バイトの熊田さん(仮名)の真正面でピタリと立ち止まり、

「熊田さん、こんにちはあぁぁぁぁ!」

と絶叫に近い声で、まずは元気よく御挨拶。
そして、その場に立ったままグルグルグルと体を回転させるのです。平均して10回ぐらいかな? バレエで言うところの「首のこし」をやってる様子もなく、なかなか発達した三半器官の持ち主だったようです。

熊田さんが接客中だった時は、お客の前にグリッと割り込んで絶叫です。さすがに回転運動は省略しますが、割り込まれたお客は唖然とするばかりでした。

熊田さんが休みでカウンターに居ない時は、店内を全速力で一巡して探し回り、そのまま疾風のように去って行きます。所要時間ほぼ1分。まさに、からっ風野郎でした。

ある時は いつものように熊田さんのもとに突進し、やおらトレードマークの野球帽を脱いで

「髪切った!」

と御報告。律儀な御方です。

あるバイト君の証言によると、市内の某書店でもほぼ決まった時間に乱入し、やはりカウンターの女性に御挨拶してる姿を目撃されておるようで、どうやら店ごとにお気に入りのお嬢さんが居る様子。 毎日、決まった巡回コースがあったわけですね。お勤め、ご苦労様であります。

初めの内は、ある種の風物詩として大目に見ておったのですが、この御仁、段々とパフォーマンスがエスカレートしおるのです。

ある日、いつものように熊田さんに御挨拶&回転を済ませたあと、そのままカウンター正面の出入口に直行したので、あー帰るかと安心してたら、何を思ったか玄関の足ふきマットに うつぶせに横たわり、熊田さんをシッカと見つめながら、ガクガクガクガクとリズミカルに腰を打ち付け始めたのです。

ははー。オレが中学生まで採用してた体位ね、母ちゃん、あの頃はヤなパンツを洗わせてすまんかった… などと反省してる場合ではありません。 さすがに「こらー!」と怒ってオナ現場に急行。初めて「帰れぇ!」と声を荒げました。

そしたら彼、すっくと立ち上がり、決然とした瞳で私を見返し、

「帰りません!」

と力強く言い放ったのです。

私は、こういう一本スジの通った漢にはグッと来ちゃうタチなのですが、場合が場合なので 仕方ありません。彼の腕をグイとつかみ(トレーナー湿ってました…)、そのまま店外に放り出しました。 彼は未練がましそうに私をニラみながら、トボトボと車道を渡って行きました。

やれやれ片付いたとカウンターに戻り、さらに彼の行動を窓越しに観察していると…
彼は店に面した車道を渡りきると、何と 向かい側の歩道にうつぶせになり、またしても腰をガクガクガクとやり始めたのです。

私も熊田さんも呆然。 道ゆく人々も呆然。 時間にして2~3分すると、彼はいきなり腰の動きを止め、痙攣するように体をエビ反らせたとおもったら、何事もなかったように立ち上がり、静かに歩み去って行きました。

かつてない凄絶な光景を見せてもらい、「こいつ、男の本能に世界一正直なヤツかもしれない…」と、深い感動にむせび泣きました。(嘘です)


どうやら回転くんが交通事故で死んだらしい、という風の噂を聞いたのは、そういやアイツ最近来ないなー…とバイト全員でいぶかしみ始めてから、一週間ほど経った日のことでした。
その噂の真偽も、彼がどういうシチュエーションで死んだのかも分かりませんが、せめて行為が絶頂に達した その直後であってくれ、と、私は祈りました。
天にも昇る夢心地の中で、文字通りそのまま天に昇れたならば、彼にとっても これ以上ない本望でありましょうから…

ちなみに画像は、本文とは関係ありませんが 『ゾンビ』に登場する「回転くん」です。 トラックにコツンとぶつかり、そのままフラフラフラと頼りなく回転しながら倒れ込む男。

風にそよぐ柳のように 全ての事を受け入れる、人としてとても美しい有りようとは言えますまいか。(人じゃありませんが…)


(初出:2005年12月05日)

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