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【ブチッと消音する際のノイズが気になる】

【ハイライト】楽器や声楽で、出している音を消音する際、ぶちっと急激に消音する場合と、時間を掛けてゆっくり消音する場合があります。プロの方の中には1/fのゆらぎを人為的に加える人も居らっしゃいます。ギターの5弦開放弦の音をアンダンテで1拍鳴らし、それを消音します。簡単な思考実験で、消音に掛かる時間の長さ(拍数)によりノイズがどの程度発生するのかを調べてみました。わずかに時間を掛けて丁寧に消音をすることが重要という話になると思われます。
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(1)ギター5弦Aの音の減衰波形を作成し、周波数分析を行い、ぶちっと消音することによるノイズ発生のメカニズムを調べました。
(2)数値演算ライブラリFFT3による100万分の1分解能のFFT分析を行いました。
(3)急激に消音すると、原音の10%程度のノイズが発生するものと推定されます。
(4)本計算では0.2拍(0.2秒)以上かけて消音することで、ノイズのエネルギーを1/10程度に減らせる可能性があります。弦を柔らかく触って、ゆっくり消音するとよいでしょう。
(5)なお、消音時のノイズについては、演奏者本人には殆ど聞こえず、その一方で、観客側ではノイズが実体波として聞こえる可能性があります。
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【ブチッと消音する際のノイズが気になる】

先日、Facebookのギター友達が「気になる!」と投稿しておりました。ギターは音を出しますと、通常はしばらく鳴り続けます。和音パターンが変わる場合とか、つぎの音との間に不協和音等が発生する際には、現在鳴っている音を消音します。ギターのレッスンでは、振動している弦を押さえていきなりブチッと消音します。その際、耳の良い人だとブチッと切る音が聞こえるらしい。「はたしてブチッと切ることで本当にノイズが聞こえるのだろうか?」「もし聞こえるのならばもう少し柔らかく消音はできないものだろうか?」そのような疑問が湧きます。この点に関しまして、力学上の簡単な計算を行ってみました。

【ブチッと切ることでノイズが発生する仕組み】

「音をブチッと切る」操作を、音楽では「消音」と呼びます。実は、力学的な波形処理では、「突然馬鹿でかい音を出す」ことも、「突然消音する」ことも全く同じ意味です。音を消す操作で、振動がゼロになります。単に指で押さえただけですが、そのことにより振動がなくなったわけなので、つまり「もとの音に関する振動成分と、波形が全く逆向きで、同じ大きさのパルス振動(打撃)を加えた」ということになります。このことは数学的な波形処理で言うと、原音に対して「矩形波のフィルター処理(あるいはステップ関数処理)を行った」ということになります。

音をブチッと切った音の波形に周波数分析を行いますと、原音より数オクターブ高い周波数領域までの振動成分(実体波)が発生します。消音しているはずなので、本来ですと「音はない」はずですが、ブチッと切ることで発生する振動(いわば雑音)です。耳の良い人ならばおそらく実際に存在する音(不快な実体波)として聞こえるかもしれません。通常は、振動の終わりの部分に対して、正弦波形やガウス分布のような減衰波形になるようなフィルターを掛けて、なだらかな波形にします。そのことで高周波の予期せぬ振動成分(雑音)は発生しなくなります。ほんの僅かでも、音の最後を減衰波形にするだけで、大きな効果があります。

【ブチッと音を切る数値実験】

A(110Hz)の振動波形をエクセルで作成します。ここではアンダンテで1拍分Aの音を出し、その後、1拍分の時間を掛けてゆっくり減衰させた場合と、ブチッといきなり消音した場合とで違いを比べてみます。波形の処理には、周波数処理汎用ライブラリdft3によるFFT計算(高速フーリエ変換)を用いました。

【図1】これはイメージ図です。1拍分の音を出して、次の1拍でゆっくり消音した例を示しています。

ブチッと消音する#3

【図2】音を減衰させるパターンの例です。縦軸は音の強さ、横軸は拍数です。青色の線は1拍分音をだして、その後1拍でゆっくり減衰させた場合です。橙色の線は、1拍分音を出して、いきなりブチッと消音した場合です。灰色は、1拍分音を出して次の半拍で消音した場合です。

ブチッと消音する#4

【図3】1拍掛けてゆっくり消音した場合と、いきなりぶちっと消音した場合の波形に対してFFTによる周波数分析を行いました。図の横軸は音の高さで、縦軸は振幅スペクトルです。この図は、もとの音の波形を、それを構成する振動成分に分解したものです。内容が専門的になりますので、もしかしたら分かりにくいかもしれませんね。文章での説明のため、その点はどうかご容赦ください。

図の横軸の0は原音(Aの音110Hz)、1は1オクターブ上、2は2オクターブ上の意味です。-1は1オクターブ下、-2は2オクターブ下です。実際は0と1の間には12音あります。
縦軸は振動成分の強さ(振幅スペクトル)です。縦軸は対数標記になっています。1目盛り上に行くと10倍で、下に行くと1/10になります。縦軸は振幅ですので、デジベルdBであらわすと、1目盛りが10dB(約3倍)になります。2目盛りが20dB(10倍)です。

ブチッと消音する#5

青の線が1拍掛けて減衰させた場合です。中央部が尖ったグラフになっています。横軸の0の位置がAの音(110Hz)です。0の位置からわずかにずれると、音の振幅は急減に小さくなります。つまり、ゆっくり減衰させた場合はほぼ全てがAの音からなることがわかります。

橙色の線は、ぶちっといきなり消音した場合です。中央部Aの音の音量は、ゆっくり減衰した場合と同じく大きな音ですが、基音以外の音の高さの振動に関しても振動成分があることがわかります。これはぶちっと切ったことによるノイズです。たとえば横軸の0~1の間には12個の音があり、それぞれ振幅比で0.1~0.01程度の音を発生しています。これはすぐに減衰して無くなる音ですが、瞬間的に基音との間で不協和音となりノイズが発生することがわかります。

【消音時間とノイズエネルギーの関係】

【図4】ブチッと切る時間を変えて、どの程度のノイズが発生するのかを計算しました。横軸は拍数です。横軸の1は、1拍掛けて消音した場合です。0.5が半拍で消音した場合、0.25が1/4拍で消音した場合です。縦軸は、もとの1拍分のAの音(110Hz)の振動が持つ振動エネルギーを1としたときの、ブチッとなるノイズのエネルギー量です。「1拍かけて消音した場合を基準として、それからのノイズエネルギーの増加量」を示したものです。

たとえば、瞬間的にブチッと消音しますと、もとの音の振動エネルギーの10%程度の音量のノイズが発生します。これを1/4拍の時間を掛けてなだらかに消音しますと、ノイズのエネルギー量は1%程度まで減少します。本計算では0.2拍(0.2秒)以上かけて消音することで、ノイズのエネルギーを1/10程度に減らせる可能性があります。急激に消音するのではなく、ほんのわずかですが指をゆっくり触ることで大幅にノイズの発生を抑えることが可能と思われます。

ブチッと消音する#6

【ブチッと消音する際のノイズの特徴】

ブチッと消音する際のノイズは非常に特殊な音です。これは、奏者から離れた場所で聞いている人には不快に感じるものでも、たぶん演奏者には殆ど聞こえません。

我々は「音は時間軸上の大きさの変動」と思っています。それは発生源のみでの話です。実は、ギターを構成する木材など物体内部や、会場内の空気等の媒質内では、時間軸上の変動としては伝わりません。と申しますのは、分子や原子からなる媒質内では、音は正弦波しか伝わらないからです。(分子や原子間には引力と斥力からなる粒子間力のみで、その向きに直交する摩擦力(せん断力)が無いからです)。

つまりブチッと消す際の音は、音の高さごとに異なる多くの種類の正弦波として伝わり、伝わった先の鼓膜の表面で、それらの沢山の正弦波が再度重ね合わさって、時間軸上の音になります。媒質内を音が伝わる際に、音の高さごとに伝わる速度や減衰の程度が異なります。聞く場所によって響きが違うのはそのためです。
ここで、音の発生源の近くでは、時間的なずれ、位相遅れ、減衰もほぼ無い状態です。発生源にいる演奏者の鼓膜に到達した多くの正弦波については、それらを重ね合わせますとほぼゼロになります。つまり、ブチッと切った音は、演奏者には、音としては聞こえないはずです。ところが、離れたところにいるお客さんには実体波(ノイズ)として聞こえます。

今回の思考実験で、音をブチッと切ることでおそらくノイズが発生するだろうということがわかりました。ただし、図3の縦軸を対数で示しましたが、それはノイズの大きさが非常に小さくて、通常のグラフでは表せないからです。ギターの音はすでに減衰しかかっているので、その音をブチッと切っても、そのエネルギーはかなり小さいのです。おそらく、聞こえる人と聞こえない人がいる。「その微細な不快さ」に気付く人は、おそらくどんどん音が良くなり、演奏も上手になるでしょう。これは、ギターだけではなく、ピアノ、声楽、管楽器、弦楽器等でも同じ話です。

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【補遺】なお、本計算はあくまで理想状態を想定した試算です。例えば5弦を鳴らす場合でも、実際にはA(110Hz)だけではなく沢山の倍音が同時に鳴ります。本計算の結果は、実現象の1/100程度を再現したものと思われます。詳細については、実物を用いた測定や実験等に基づいて、実際の構造に関する詳細な大規模構造解析実施して、さらに本計算例のような周波数分析を行う必要があります。

上述の内容は、Aの音(110Hz)の波形f(t)に矩形波g(t)を掛けたg(t)f(t)の周波数分析の話です。たとえば、電子回路の話で言うと、Aの音f(t)はいわゆる「搬送波」です。その搬送波に「AM変調」で矩形波g(t)を載せた場合と同じ内容になっています。おそらく音が、時間軸の時間領域で源波形のまま伝われば上述のような現象は発生しません。媒質内では音は周波数領域で伝播されるので、リアルな現実世界では滅多に遭遇しない「フーリエ変換」の話になっています。