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九死に一生を得た話。

この話は、過去にTwitterで #フォロワーの8割が経験したことがない事 というハッシュタグで語ろうとしたが、140字ではまとめる事ができずにお蔵入りとなった私の話だ。

私は昔から「九死に一生を得た人の話」を聞くのが好きで、そのようなエピソードを持ってる人がいると詳しく話を聞かせて欲しいとお願いして、話をしてもらうという少し風変わりな趣味をもっている。

こんな話がある。
私のHという友人の話だが、彼は友人に貸していた250ccのバイクを返してもらいに友人宅に立ち寄り、鍵を受け取りそのままバイクに跨り帰宅した。家のガレージに着いた途端に、バイクの前輪が外れ、ゴロンと転がったので慌てて携帯電話を開いたところ、その友人から何件も不在着信が入っていた。
聞くと、その友人は借りていたバイクを修理の為に一旦前輪を外し、右半分のビスを締め忘れていたところ、Hがバイクに乗って帰ってしまったので慌てて電話をしたそうだ。右半分が外れていたので一度でも左折をしたら反動でタイヤが外れて大事故になるところだったが、後から地図を見たところ、友人宅からH宅までの道のりは大型のトラックの行き交うような幹線道路ではあったが、奇跡的にほぼ直線か緩いカーブのみで左折は家のガレージに入る際の一回きりだったということだ。

もちろん、世の中にはもっと壮大なスケールの九死に一生体験がある。ネットを見ればいくらでもそのような話を目にすることができる。しかし、地味な話であっても私が直接人から話を聞くことにこだわるのは、今目の前にいる人物は、その日の風向きがひとつ違っただけで、もしかしたら今この世にはいないかもしれないという感覚を味わうのが好きだからかもしれない。普段は自分から遠いところにいる「死」という存在を身近に感じるヒヤッとした感覚に興味や興奮を覚えているのかもしれない。

このような話を人に聞いてると「あなたはそのような経験はありませんか?」と逆に聞かれることがたまにある。

実を言うと、私にもそれに近い経験が1度だけある。

ただこれは例にもれず大して面白い話でもないし、奇跡的な体験というわけでもない。だから、これから私がする話に過度な期待はしないで欲しい。私という人間がその日の風向きでたまたま生き延びただけの話だ。

大学4年生の頃に一人暮らしのアパートで半同棲をしていたユキ(仮名)という彼女がいた。ユキはすごく寂しがり屋の女の子で四六時中私にくっついていた。テレビを見ている時も、寝ている時も、お風呂に入る時さえも常に私の体に自分の体の一部が触れていないと不安になってしまうような子だった。
最初のうちは私も彼女のことが好きだったし(顔がすごく好みだった)、私のトイレが終わるのをドアの前で待っているようなところでさえ可愛いと思っていた。
少しずつ気持ちに変化が現れていったのは、ユキの異様な執着心に少し怖いなという感覚を持ち始めてからだ。
当時、私は池袋のゲームセンターでアルバイトをしていたのだが、ユキは私が休憩時間にビルの裏手でタバコを一服するわずか10分そこらの時間のために私のバイト先に来店するようになった。バックヤードで休憩しているとわざわざ他の店員に言って私を呼び出すようになった。ゲームセンターにはクレープ屋さんが併設されており、毎回私と自分の分を買って私のバイトが終わるのを待っているので、最初は「彼女さんかわいいね」と言っていたアルバイト仲間も、さすがに私のシフトが入っている日に毎日来店すると気味悪く見られるようになり、バイト先の店長から注意を受けることになってしまった。そのことをユキに告げ「もうバイト先には来ないで欲しい」とお願いしたが、彼女には通じなかったらしく、今度は客として来店するようになった。

バイト先で飲み会があるので行ってくると言うと、自分もついて来たいと言うので、さすがに断ったが、飲み会が終わって居酒屋を出ると店の前にユキがいた。なんで店の場所を知っているのかと聞いたら、浮気だと思って心配だったから携帯を見たと言われ、慌てて携帯電話のロックが外れていないか確認をしたが、パスワードロックはしっかり掛かっていた。

この件があり、私は完全に彼女に冷めてしまい、正直もう付き合うことはできないと思い、別れ話を切り出すと「もう遅い時間だし、今日だけは一緒にいてほしい」と言われ「離れて寝るなら」と渋々了承した。あとから思えば、この時絶対に帰らせるべきだったが、その時は、これが最後だから仕方ないと思っていた。

その日の深夜、体が鉛のように重く金縛りのような感覚で目が覚めた。
正確に言うと、目が覚めたのだが、体が思うように動かなかった。

体の一部に生温かく、浅く張ったぬるま湯の風呂に寝転びながら浸かっているような感覚があり、そこで初めて自分の手首が出血していることに気づいた。

わずかに動く首を傾け、暗闇の中で目を凝らすとカッターナイフを手に持ったユキが私の枕元に立っていた。ユキはのっぺりとした表情のない顔で私を見下ろしていた。その瞬間、私は彼女に対する恐怖と怒りで体が硬直し、息をすることもできなくなってしまった。
しばらくそのまま表情のないユキと目を合わせていたが、このままではマズイと思い、ふり絞るように出た声が「やり直そう」だった。「ちゃんとやり直したい。とりあえず救急車呼べる?」と、私はとにかく優しい声を出すことに集中した。この時、なぜ恐怖や怒りの感情をユキにぶつけなかったのかは今でもわからない。頭の中では恐怖と彼女に対する怒りの感情でいっぱいだったが、私の体がとっさにそれを拒否したというのが近いかもしれない。

私の声でユキは少し冷静さを取り戻したのか、ごめんねと言い、急に涙を流し始めた。それでも救急車を呼ぶ素振りがなかったが、やはり私は彼女に対し怒るのではなく、やり直そう、俺が悪かった、ユキは悪くないという事を必死で伝えていた。そうして初めて彼女は救急車を呼んでくれた。救急車で搬送された私は病院で生まれて初めて輸血をされた。出血していた箇所を温かく感じていたのは、それだけ私の体温が下がっていた証拠だった。

救急処置を受けている最中で眠気と安堵で意識が遠くなり、看護師さんの声で目を覚ました時には、病室に妹と警察官がいた。ユキの姿はなかった。

警察官に事情を聴かれ、彼女が君を刺したならこれは刑事事件だと言われた。彼女の方は何と言っているかと聞いたところ、警官は最初言うべきか悩んでいたが、本当はこれを話すと職務違反なんだけど、という前提で話をしてくれた。どうやら彼女は混乱しており、事情を話してくれないので、ひとまず私に話が聞けるまで警察署で拘留しているとのことだった。正直に事情を話すこともできたのだが、その時はこれ以上事を大きくしたくないと思い、自分で自殺するために手首を切ったと言い、退院したら詳しく事情を説明すると伝え、帰ってもらった。

3日ほど入院をしたが病院にユキが顔を出すことはなかった。妹に頼み、ユキがいないことを確認して病院を出た。その後、すぐに実家に戻り、携帯電話を解約し、便利屋を使って引っ越しをした。幸い、大学の単位はほぼ取り終えていたので大学に行く必要もなかった。アルバイト先には電話で辞めることを告げ、それから卒業式までほとんど実家で過ごした。

警察にはその後もう一度事情聴取で呼ばれたが、私は変わらず自分で手首を切ったと主張した。ユキが19歳でギリギリ未成年だったこともあり、警察も面倒なことに関わりたくなかったのか、最終的には事件にはしないということでまとまった。警察署を出る前に、担当の警察官の方がこう言った。

「そこまで言うならもうこれ以上は聞かないけど、自殺で手首を切る人間は最初からそんな場所を切らないし、それに君は右利きだろ?普通、右利きの人が手首を切るならカッターは右手に持つんだよ。君の傷は右手首じゃないか」


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あれから、もう17年も月日が経ってしまったが、まだくっきりと残った傷を見ると、その日の出来事が昨日のことのように思い出される。

ひとつだけハッキリと感じるのは、あの日どこかで私が選択を誤っていたら今ここに自分はいなかったかもしれないということだ。


今でも数年に一度その時のことを夢に見て、汗びっしょりで目を覚ますことがある。
本当は死んでいたかもしれない21歳の自分が暗いところから自分を呼んでいる感覚が夢から覚めてもしばらく体の中に残っている。

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