そして、未知と出会う

 しーあわーせはー歩いてくこない、だーから歩いて、歩いて、歩いて……。

「もー捨てな、その骨董品。金にもならないよ」
「やだよ、修理すれば直るもん」

 ガスマスク越しにフタバはカナデにそう言うと、カナデはマスク内で頬を膨らまして手に持つカセットレコーダーを大事そうに防護服の収納ポケットにしまう。全く……と呆れ気味にフタバは空を仰ぐ。腕に搭載されたレーダーを見ると範囲内に自分達以外の存在は確認できない。

「よしっ……行くよ」

 カナデの肩を叩き、フタバは先に歩き出す。二人の目の前に聳え立つ巨大な建造物。至る所が戦後の証明としてカラフルな壁が剥がれ、瓦礫が崩落し、錆びついて両目が白目になっていて、不気味な趣きの「パラダイスにようこそ!」と書かれた大家族のイラストの看板が目を引く。
 ここはかつてーーーー平和であった頃ならば人々の活気に満ち溢れたショッピングモール、なる建物だった、とフタバは防護服に内蔵されたデータベース音声から聞き出す。中に足を踏み入れると、確かにかつての栄華を思わせる様々なショップがずらりと軒を連ねている。

 じりじりと慎重な足取りで歩き出すフタバに対し、軽い足取りで辺りを落ち着かずキョロキョロするカナデは、あ! と突然大声出して走り出す。ちょっと! 危ないよ! とフタバは呆れ気味にその後ろ姿を追う。

「お姉ちゃんあの、なんだ、ナポリタン! すげえ実物初めて見た!」

 カナデの目の前には、ガラスが破壊されてショーウィンドウが剥き出しに、かつ蜘蛛の巣の牙城になっているレストラン……らしき店が立っている。目を輝かせるカナデだが、そのナポリタンやミートソースはサンプル品であり、悲しいがな本物の料理ではない。溜息を吐いて、フタバはずいっと腕を伸ばすとそのナポリタンを手に取り。

「残念、見本だから食べれません」
「えっ!? 食えねーのこれ!?」

 フタバがその証明にナポリタンを床へと落とすと、経年劣化か足元でそのナポリタンにヒビが生えて、虚しくパキッと音を立てて割れた。なんだよ……と悲しい顔をするカナデの肩を励ます様に叩き、フタバは再び探索に戻る。

 それにしても、と様々な店の様子を伺いながらフタバは思う。埃と土煙に塗れたマネキンの行列や色褪せて茶色に変色した衣服の山、あるいは遊ぶ相手もおらず、棚でじっと座り続けているぬいぐるみの集団を見、まだ文化が文化としてあった頃の世界はどんな世界だったんだろうと。
 お祖父様からの話では、戦争となる前は見た事はないが映画、なる巨大な動く絵巻の様な物があったらしい。そんな物見ても腹は膨れないだろうにとフタバはしみじみ思う。だが、自分がそんな世界に生まれていたとしたら、もしかしたら。

「姉ちゃんダメだ、ここには何もないよ」

 荒っぽく瓦礫の山を引っ剥がしながらカナデがそうぼやく。一通り一階のフロアは探索し終わった。次は二階のフロアを探索しようとフタバは考える。

「足元気をつけて」
「う、うん」

 ギシ、ギシと不安な音を立てながら先にフタバが既に役目を終えて久しい、動かないエスカレーターの階段を登っていく。警戒しながら歩き、二階に着いた途端、ふと腕のレーダーがピピっと電子音を発した。

「カナデ!」

 フタバに呼ばれると同時、カナデは防護服の右足ポケットから拳銃を取り出して両手で構える。だが構えても慣れていないのかその動作はどこかおぼつかない。フタバも同じく取り出した拳銃を構えつつ、目線だけをレーダーに向ける。
 自分達以外を認識した場合、レーダー上には赤い点がポツンと表示されるのだが、その点がまず一つ、否、二つ、三つと増えていく。心細げにカナデが背中合わせで寄り添うと、フタバはレーダーから目線を前へと移し、忌々しそうに舌を打つ。

「嗅ぎつけてきたんだ……私達の事」

 気づかなかった。三階フロアの鉄柵からこちらを見下ろしている赤い三つ目。薄暗い店内からヒタヒタと細長い、しかし両腕に鋭利な棘をずらりと生やした、やけに胴の長い四つ脚の生物が何匹も二人を囲うように姿を現す。
 一見するとドーベルマンによく似ている様な高身長の犬に見えるが、違う。奇妙な形状の手足にしろ、全身に緑色の血管が走る肌色の胴体、何より禿げ上がった頭部から蜘蛛の目の如く覗く三つ目が、犬でも人間でもない、別の生き物である事を誇示している。

「クワセロ……クワセロ……」

 その化け物が地を這う様な低音でそう呟く。じりじりと、二人に距離を詰めてきている。

「お、お姉ちゃん……」
「カナデ、合図したら腕のワイヤー引き出して。やり方覚えてる?」

 カナデは何度も頷く。フタバはそれに悟られない様に音を出さずゆっくりと、左足のポケットを開く。そして中へと手を差し伸ばしーーーー。

「クワセロオォォォ!!」
 
 それが絶叫した瞬間、距離を詰めてきていた群体が後脚を蹴り出して涎を垂らしながら全力疾走してくる。フタバは今だとばかりにポケット内から何かを取り出した。筒状のそれの上部ボタンを押して、頭上へと放る。途端、破裂音と共に辺り一面を白煙が広がる。
 カナデは手を若干震わせながらもしゃがんで足首のフックを取り出して床に先端を突き刺す。そうして右腕に収納されている細いワイヤーに引っ掛ける。

「姉ちゃん!」
「早く行って!」

 フタバが白煙の中、拳銃を撃って化け物を牽制している間、カナデはワイヤーを引っ張りながら勢いよく鉄柵に乗り上げて迷わず飛び降りた。ワイヤーが右腕から切り離されて、着地時軽く尻餅をつく。腰を摩りながらも、カナデは泣きそうな顔をしながら二階のフタバへ叫ぶ。

「姉ちゃん! 早く!」
「バカ! 早くここから逃げ」

 一瞬の隙だった。フタバが化け物の手に引き摺り込まれていくのをカナデは見た。だが、いつの間に化け物が一階にも忍び寄り、カナデは成すすべなくその場から逃げ出す、他なかった。無我夢中に通路を走り出す。一体ここがどこなのかさえ、見当もつかないまま走り出し階段を降りていき、ようやく落ち着いて後ろを見る。

 怪物の姿はない……が、カナデは自分のした事、逃げろと言われて必死に走り抜いたが、きっとフタバがあいつらに喰われてしまったと感じ足の力が抜ける。一体、この先どうすれば良いのだろう。

 廃墟の探索も金となる素材の探し方も戦い方さえフタバに教わり、またフタバがいたから死なずにやってこれた。しかしもう、その頼りの存在がいなくなってしまった。

 その時、機械の誤作動か愛用のカセットレコーダーが昔の歌を再生しだす。ビクッと体を震わせてカナデはそれを取り出す。

「何が……何が幸せだよちくしょう!」

 怒りに任せて薄暗がりな通路へとぶん投げてしまった。テープが壊れて何度も幸せ、幸せと再生し続けるのに頭を抱えかけた時。

「こんな時代に物を粗末にするな」

 突然人の声が聞こえてきて、カナデは慌てて拳銃を取り出して声のする方へと構える。構えて虚勢を張る様にわざと高い声で。

「だ、誰だよ! ここ、こっちには銃があるんだぞ!」

 半分上部が割れているテープレコーダーを抱えながら、カナデよりも背の低い、頭部を歯車の音なのか、ギチギチと小煩い音を鳴らし続ける大仰な機械で覆ったその老人はこの世界には珍しい白い歯をにやりと覗かせながら、カナデに思いもよらぬ事を言い出した。

「坊主、映画は好きか?」
「えい……えいが?」
「何だ、名前も知らんのか。まあいい、ついてこい」

 ひょこひょこと前を歩く老人を訝しみながらも今の状況ではどんな避難場所だろうとありがたい。カナデは一応警戒を解くつもりで拳銃を下ろしてついていく。と、急に老人の足が早くなり、慌ててその後ろ姿を追う。

「こっちだ」

 老人が足を止める。今まで巡ってきた寂れた店とは違い、そこには異様に状態のいい、真っ赤な塗装と煌びやかな装飾が為された大きな扉があった。

続く

この作品はこちらのむつぎはじめさん主催のむつぎ大賞参加作品です。


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