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「落葉でも、大地の栄養になる」

  「落葉でも、大地の栄養になる」


これはキューバのアフロ信仰(サンテリア)の占いの、256通りある運勢のひとつに出てくる格言だ。この世界に無駄で無意味なものはない、という譬えだろうか。


人生には、失敗や挫折はつきものだ。よく言われるように「失敗は成功のもと」。だから、占いでこの運勢が出てきたら、僕はこの格言を持ち出して、相談者の背中を押してあげることにしている。


あるとき、ハバナのマリアナオ地区にある師匠(パドリーノ)の家に行くと、師匠が中庭で大工仕事をしていた。僕が弟子になってから十年が経つがその間に師匠は三度も引っ越ししている。

以前に書いたこともあるが、ババラウォ(アフロ信仰の司祭)たちは自分の家を持たない。占いの道具さえ持っていれば、どこでも生きられる。とはいえ、ホームレスでは商売にならないので、パートナーの家に寄生する。パラサイトである。


師匠の前のパートナーは白人の女司祭(サンテラ)で、僕のマドリーナでもあるのだが、師匠とは口喧嘩が絶えなかった。というより、マドリーナが自分の三人の子供たち(別の男との間にできた)にするように、師匠にも一方的にベランメー調でまくしたてる。

僕は師匠がよく我慢しているな、と思っていた。それが、ある夏のこと、「マレコン」と呼ばれる海岸通りに近いマドリーナの家に行ってみると、師匠がいないのだ。様子がおかしい。


「ラティーノ」と愛称で呼ばれる野球場があるエル・セーロ地区に引っ越ししていたのだ。パラサイト先は、僕のマドリーナよりもずっと若いムラータの女性(彼女も女(サン)司祭(テラ))の所有するマンションだった。エレベーターもない古い建物だったが、四階のベランダからの眺めが素晴らしかった。


最近、師匠はそのムラータの女性とマリアナオ地区の庭つきの一軒家に引っ越しした。広くなって儀式がやりやすくなった、と師匠は子供のような笑顔を見せて言った。


太陽が照りつける庭には一本の大きな木が植わっていて、師匠はその木陰に椅子を持ち出して、のこぎりでソフトボールのような緑色の果実をふたつに切っていた。

僕が何かと聞くと、「カラバサ」だという。瓢箪(ひょうたん)である。瓢箪というと、真ん中がくびれた8の字の形を思い浮かべるかもしれないが、円形も楕円形もあり、大小さまざまだ。アフロの儀式では「イバ」と呼ばれて、水や椰子の実を入れる容器として使う。


「お前もやってみるか」と言われたので、師匠からのこぎりを借りて挑戦してみた。

瓢箪は意外に硬くて、丸くてつかみにくい。下手をすると瓢箪をおえている手を切ってしまいそうになる。切ってはみたものの、かなりいびつな容器になった。苦笑しながら見ていた師匠は僕に言った。「それ、日本に持っていくといい」と。


「落葉でも、大地の栄養になる」のだから、身近なところにおいて自分の失敗を思い出しなさい。師匠はそう言いたかったわけではない。

ババラウォの修行は一生続く。だから、失敗とか成功とか、そうしたことを考える必要などはない、日本でもしっかり修行しなさい、と言いたかったのだ。

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