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ファミリーヒストリー

人口の3割が武士だった。
武士はサラリーマンだと私は思う。

戦乱の世は別として、一部のトップを除いた残りの武士の仕事内容は、経理方であったり、人事であったり、技官であったりする。

武士の世が終わり、建築に明るかった1人の男が、宮大工の棟梁として職人集団とともにとある村に流れ着いた。

寺社仏閣の建築というものは長い時間がかかる。建築の間、この棟梁をたいそう気に入り、あの男を絶対婿にすると決めた村娘がいた。

そして2人は夫婦となった。2人とも人間的にできていたので、金銭にも困らず、たいそう仲良く幸せに暮らしていた。

男は村によく馴染んだ。それまで村になかった知識や知恵をもらたし村人もたいそう彼のことを大切にした。一方男は道徳者でもあった。
それまで村では困ったもの扱いされていた、他国の血をひくものたちに、職人技術を教え、寮のような長屋も建てて、そこに住まわせ仕事も与えた。村人はなぜそんなことをするのか面白くは思わなかったが、他に山ほど村にとって良いことをこの男がもたらすので黙ってそれを眺めていた。

さて、この男と夫婦になった村娘は一つ悩みがあった。子ができない。そこで2人は男の子をもらいうけ、大切に育てはじめた。
(あいだにもう一代あるかもしれない。なんべんきいてもわからない。)

狭い村だ。大切に可愛がられて育っていたこの男児は、あるとき自分が貰われ子だということを知る。

自分はただ屋号を継ぐためだけの人間なのかと勝手にヤケになる。いかなる理由にせよ赤子だった自分を他人に譲り渡したみたこともない両親にも腹が立つ。男児は放蕩息子に育った。

思いあぐねた夫婦は、前から気に入っていた心優しい村娘を男児の嫁に迎える。
嫁は誠によくできた人間で文句の一つも言わないでこの男によく尽くした。歳の離れた3人の子ができた。
しかし嫁が尽くせば尽くすほど、この男は面白くないのであった。

継いだ宮大工の仕事で、親父を越えようと新しい建材に手を出してみたり男なりに努力した。

大工らしい気前の良さが仇になり、裕福だった家はどんどん傾く。
それでも構わず粋であることにこだわり、当時珍しかったコーヒーなるものを飲みにたびたび都会へ繰り出していく。歌舞伎も大好きで役者に入れ上げた。松坂牛一頭を差し入れにしたというから驚きだ。

三人のうち長男が家を出るまでは相当裕福だった。長男は中学では伝説の天才で、その後進んだ私立学校でも絶対的エースであった。真ん中の子は病気持ちだった。早くに亡くなった。三男が育つころには今晩のおかずに困るほどの絶対的貧乏だった。母はたまらず働きに出る。それなのに親父は喫茶店通い歌舞伎鑑賞をやめず、いったい何日ぶんのおかずが買えたであろうかという腹の膨れぬマヨネーズなどの珍しいものを買ってくる。

愚痴は言わないが、苦労する母をみている。親父は腹をすかした子供に歌舞伎のセリフを教えてきたりするものだから、子どもはコーヒーも歌舞伎が大嫌いになった。

ある日学校から帰ると家の家具が一つもなかった。たびつもる借金がかさんで家が差し押さえられたことを後で知る。いったいどうなってしまうのか。不安そうに母に聞く。母は母なりに動けることは動いたが、何も状況は変わらない。
「大丈夫やで。なんも心配いらん。いざとなったら橋の下で暮らせばいいんや。けっこう楽しいかもしれん。」
動じないで行った母の言葉はこの男児は一生忘れない。
「楽しいかもしれないか。」
と非常に安心したのだ。

母は自分でできることはやったが、それ以上は何もしなかった。
するとそこに思いもよらぬ申し出があった。
宮大工であった義父の建てた長屋に住む子孫が
「義父さんにはずいぶん世話になりました。おかげ様で、遠方に仕事しに行くことになりまして、どうぞよければここにお移り下さい。」
と申し出てくれたのだ。

三男は中学にあがってなんとか母を喜ばせたいと、勉強に打ち込んでみる。学年一位を取ってみるものの、兄の偉業が凄すぎて誰も褒めてくれない。肝心要の母さんは「よく頑張ってるね。」と嬉しそうにはするものの、あんまり学業に興味はないようだ。自分で誇らしく思っていた試験の結果は親父が暖をとるのに速攻で焚き付けにしてしまった。母は過労で病気になり死んでしまった。それでも変わらない父を少年は憎んだ。こんな状況で母が亡くなる寸前に少年に言い残した言葉がある。「心配ない心配ない。母さんはなーんもあんたのこと心配しとらんよ。」である。
常識から言えば心配だらけである。
しかしこの時の母の言葉が、何か悪い方向にいきそうになる時に、必ず少年をゆりもどす絶対的な言葉となる。
どうせ頑張っても高校に行けない。つまらなく思って素行不良になってみたりするものの、どういうわけか、勉強も続けた。歳が離れすぎていてほとんど喋ったこともないけれど天才と言われた兄がいるということが、どこか心の支えになっていたのだ。(遠方で暮らす兄が実際に何かしてくれたわけではない。存在だけだ。)そしてそんな少年をじっと見守ってくれる若い先生がいた。

進路を決める時期が差し掛かって、少年は自分は当然就職するのだろうとあきらめていた。
ある日先生が自宅にやってきた。
そして親父に頭を下げて頼んでくれた。
「この子は勉強ができます。どうか高校に行かせてやって下さい。」
息子の進路に全く関心のなかった父親はフンといった感じだった。どっちでもどうでも良かったのだ。そんなに行きたいならそんなに行かせたいなら金は誰かがなんとかするだろう。

かくして高校進学ができることとなった少年に、この学校の先生は自転車をプレゼントしてくれた。バス代がとても捻出できないことを知ってのことだった。そして少年のプライドを傷つけないさりげない声かけで新聞配達や、長期休暇には氷売りのバイトを紹介してくれた。

さて少年は高校を卒業し村を出て寮付きの会社に就職した。持っていったのは布団一組だけである。いろんなやつがいる。どっかの坊ちゃんで、挨拶がわりに茶の湯を振る舞う変わった奴もいる。麻雀仲間もできる。はじめの仕事はオフィスの扇風機の修理。そんなもん学校で習ったこともない。寮では平日は食事が出る。寝床と食事さえあれば完璧だ。安心して給料を使い果たし、月末の土日は水だけ飲んで過ごすという楽しい暮らしだった。楽しすぎる。このままではやばい。そのように感じた寮仲間で、1つの会が結成された。28才までに結婚できなければ、「披露宴並みの大宴会を開催する。」通称ニハチ会である。

家族の都合により退職した地味目の女性に猛アタックをかけて滑り込みセーフしたこの男は新しい家庭を持つこととなった。

この男には一つ問題があってちゃんとした家ってどんなのか全くわからなかった。

褒めるべき点は、給料はきちんと家におさめた。ただし、子どもを3人ももうけておきながら毎晩飲んで帰る。毎晩。やってることが毛嫌いしてた親父とちょっと似ているのが興味深い。しかしコーヒーと歌舞伎はちょっとハマってはいかないという謎の空気感がただよう家を作ったのでやはり親父への反発心は健在だ。

この男の3人の子どもは日曜日あたりにたまに顔を会わす父親を残業で忙しいのかと思って育っている。
そしてそれは案外良かった。なぜならば日常で姿を見せないことにより寅さんのようなまれびとオーラを身にまとうことができるのだった。家庭でのっぴきならない事態になると子ども達は比較的冷静にこの男の話を聞くことができるのだった。助かるけど妻はなんだかやってられないね。よく頑張った。

妻となった女は全くの博打うちだ。
夫に立候補してきたこの男は貯金もないわ、毎晩飲み歩くわ、義父もとんでもない歌舞伎的生き方を現在進行中なのである。しかし、この女にもどうやら家を飛び出したい理由があったようなので、それはお互いさまなのかもしれない。

一人暮らしとなった親父は、一旦はこの男の兄のところへ引き取られた。しかし、自分の知り合いのいない土地に住みたくないと、何度も脱走する。そこで兄弟で話し合いをし、ホームへの入居が決まった。ところがこの親父はそこでも朝礼中に塀を乗り越え近所の喫茶店にモーニングを食べに行くなどの脱走を繰り返すため、とても面倒見きれないと匙を投げられる。二つ目のホームはけっこう自由だった。噂ではホーム内で彼女みたいな人もいたらしい。知らんけど。たびたび金を無心する手紙を送ってよこす。なかなかの名文である。しかしこの息子は全く読まなかった。金だけ送った。年に一度か二度墓参りがてら子ども達も連れて親父の顔を見に行く。嫁が足の爪を切ったりする。長くて15分ほどの面会だ。あまりにもあっさりしていて、あれはほんとにおじいちゃんかなと子ども達は思った。

さてこの親父が亡くなる直前にも三男家族は会いに行った。親父はこの世での自分の所業を息子に侘びたが、男は何も言わなかった。男の娘はどうしてゆるさなかったのか父親の人間性を疑ったが、今はそういうことができるのも一つの親子関係であると納得している。それどころかこの世での侘びを死の床で口にしてゆるされないというのも、全くもって歌舞伎そのもので、歌舞伎が大好きだった祖父にぴったりじゃないかと少し気に入ってたりもする。周囲に迷惑かけまくりだが存分に好きに生きたと思う。すがすがしい。

これはミルコのファミリーヒストリーのごく一部だ。

振り返って読むと、一度もあったことない私の祖母は素晴らしい人に思うけど、却ってその素晴らしさが祖父の鼻につき、甘えた生き方を助長させているようにも見える。

また、ひでぇ親父のせいで素晴らしい先生に出会えてる。

何がいいか、何が悪いかなんてない

これが現時点でのミルコの見解だ。


絶望もしたって良い
迷惑をかけても良いが
とりあえず好きに生きろ。
私も他の人も!


なんのはなしですか





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