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無題PART12或は縁を活かす

「すみません。ちょっと夜抜け出したりできますか?」
社員旅行の行き先が、わかったとたん
夜子はボスのところに聞きに行った。

無駄口をたたかぬ夜子にしては珍しい。
オヤ?といった表情でボスは書類から顔をあげた。
「なんだ、お前さん近くに知り合いでもいるのかね?」

「ナナ山さんです。ボスもご存じの私の友人です。」
「なにぃ?ナナ子ちゃんはなんでそんなところにおるんだ?」
夜子は手短に、ナナが会社の指示で一年間
単身赴任で学校で勉強していることを伝えた。

「それはどこの学校かね?」
夜子が学校名をつげるとボスはいった。
「ちょうどいい。うちの県にも今度似たような学校作る話があるんだ。
ナナ子ちゃんに連絡して学校を案内してもらうよう頼もう。」
「昼行くぞ。おめえさんも一緒だ。今日帰ったら事情話しといてくれ。」

は?意味が分からない。

一年間遠距離恋愛を余儀なくされて、見知らぬ土地で頑張っている友達と
せっかく会える願ってもないチャンスが、たとえ友達に会えなくても仕事のことを一切忘れてただひたすら浮かれた雰囲気に身を任せられる社員旅行が、完全によくわからないことになっている。

しかし、ナナちゃんは喜んだ。
時間だけ知らせてくれたら寮完備のその学校を案内するとうけあってくれた。

かくして普段は飲み放題といった感じのバス旅行で、その年夜子は一滴も飲まず目的地に行くことになった。ボスはちょっと飲んでる。大丈夫かな?

毎度のことながら呑み助満載のバスは思った以上のサービスエリアでトイレ休憩をはさむので、夜子は到着時刻が気になって仕方ない。

学校最寄りの観光施設前で自由行動の解散となった。ボスと夜子はタクシーに乗り込み学校へ向かう。園芸について学べる学校だ。タクシーの中でボスは名刺を選んでいた。どれつかうのかどうして使うのかマジで教えてほしい。夜子は横目でそれを眺めながらナナに間もなくの到着を知らせた。全くナナには朝から何べんメールを送っただろう。

学校につくと、果たしてナナが正面玄関で出迎えてくれた。
ああよかったと思ったのもつかの間、ナナに挨拶をすませたボスは
ナナに「学校の方にもご挨拶させてもらいたい。」と言っている。
「行って呼んできてくれるかね?」みたいな感じである。

ナナは頭の回転が速いので、快く承知し、ほどなくして学校の偉い人を2人ほど連れてきた。
ボスは名刺をとりだし
「いやいや突然のことですみません。私○○県のほうから参りましたこういうもんでございます。今度うちの県でも云々かんぬん 今日はたまたまこちらの学生さんがこちらの彼女の知り合いだというので案内してもらおうとおもいまして云々かんぬん.。」

「誰だ?私はいったい誰設定なのだ?
その名刺は結局なんの名刺なんだ??」
夜子はすまし顔で聞き耳をたてたがさっぱりわからなかった。
ナナもすましているのだが、目が笑ってる。
可笑しくてたまらない。

名刺を丁重に受け取った学校の偉い人は、これまたボスに隙のない挨拶をして、横にいたもう一人の偉い人にこの他県から来た珍客をナナと共に案内して回るように言った。

視察スタートだ。案内人とボスは話が途切れない。
しかし、だ。
ボスの口から飛び出るハーブの名前がけっこう間違ってる。
ハーブだけは苦手なのだこの人は。夜子はひやひやした。
ナナに目配せしてわかってもらう。
案内人は失礼があってはいけないので間違いには触れず
適当にやりすごしている。なるべく建築費や運営の話にしてくれる。
全くある程度の身分になると細かい知識はどうでもよくなるのだなと
夜子は思った。夜子レベルでは到底できそうにない。

一通り案内をしてもらい礼を述べた後ボスは言った。
「寮完備というお話を伺っておりますので、これからナナ山さんのお部屋を
拝見させてもらうことになっておりますが、よろしいですかな?」

今度びっくりしたのはナナのほうだった。
しかし夜子は学生時代もナナのアパートはいつもピカピカなのを知っていたので別に大丈夫だろと思った。
これがうちのボスなんだよナナ。いつも話してるだろ。わかったか。
案内された部屋はやはりピカピカだった。一年限定の単身赴任で物は必要最低限にとどめてあった。
新築アパートの内覧でもしているようだ。大きな芝生のベランダもあった。
ここの学生は「水やり10年。」という教えのもと、自分の部屋の芝の面倒をみるとナナは説明してくれた。私は1年で帰りたいというジョークも忘れない。

「こんなところで頑張っとるんやなぁ。」とボスは感慨深げに言ったあと
「そろそろ昼飯でも食べに行くか?」とナナちゃんも誘った。

学校の事務室に軽く礼をいって、おいしいレストラン情報を仕入れたボスと夜子とナナはタクシーに乗り込み、その土地特産の牛肉を食べさせてくれる
レストランへ向かった。

メニューを女性二人に渡してさっきまで吸えなかったタバコをさもうまそうに吸いながら
「せっかくだで、遠慮せんと好きなもん食べなさいよ。」
とボスが言う。

価格幅が広い。
どれも美味しそうなんだけれども
ボスが先にメニューを選ばないので、ナナコと夜子は困ってしまった。
ナナが先に決めた。
「私は牛丼が食べたいです。」
ナナに続け!
「私も牛丼が食べたいです。」

「だめだだめだ。もっとええもん食いなさい。夜子おまえはステーキセット食えるだろ。お前がくわなきゃナナコさんが遠慮するだろう。ナナコさんは普段は寮の食事を食べとるんだからたまにはこれくらい食べなさい。」

「それじゃ、遠慮なくステーキセットいただきます。」

夜子がいってナナも同じものにすると言ってくれた。
ボスは満足そうにうなずくとウエイターに注文してくれた。
ボスのいうことは本当だと思ったから、今度からボスがほかの会社の若い子たちにもごちそうするときは、そこそこいいもの頼まなくっちゃなと夜子は考えた。

ステーキセット二つが先に到着した。
熱いうちにおいしく食べるほうが礼儀にかなっているとボスが主張し、
二人はありがたくステーキセットにとりかかった。
とてもおいしい。

ボスのはなかなか来ないなと思っていたらだいぶんしてから到着した。

牛丼だった。


あっけにとられた二人に向かって
ボスはニヤリと笑って茶目っ気たっぷりに言い放った。

「全くおまえさんたちはええ身分やのう!わしは牛丼やで!」


今回のおさらいポイント

仕事は遊びながらしよう。
一石何鳥までいけるか。
小さな話も聞いてみる。
どんな縁でもつないでみせる。
人を巻き込むかわりに面白い記憶を残す。

いったいいくつ見つけることができましたか?
私もいくつか見つけることができましたが、
実際できるのはあんまりないですね。
夜子にとってはおそらく「あのときは面白かったね」とナナと話せる思い出が一番の宝物だと思います。




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