裏山の思い出
小学生時代、水曜日と土曜日が半ドンだった。
つまり放課後遊ぶ時間がたっぷりあった。
学校でコソコソ約束する。
「今日イモリ池いこうよ!」
裏山のイモリ池に行くことは学校ではあまり推奨されてなかった。
禁止はされてなかったけれど。
裏山に遠足に行くとき、イモリ池の横を通ると、どの先生も必ず
「沼にハマって抜け出れなくなった子ども」の話をする。
「私達はそんなヘマはしない。」
この話知ってるしもう終わらないかな。子ども達はそんなふうに思いながらそれでも唾をゴクリとのみながらこの話を聞く。
しかし実際、イモリ池にちょっと足をつけてさっき逃げた生き物の行方を探したい衝動に駆られた時にはこの話がみんなの頭をよぎる。
「危ないぞ!沼にハマる。」
ちゃんと誰かが注意しはじめる。
禁止するのではなく。どういったことに気をつけるか教えてくれたこの話はなかなか素敵だったように思う。
捕まえたイモリは黒っぽくてお腹が赤くて、正直言ってグロテスクだった。子ども達は冒険の証に何度か連れて帰り、教室の後ろの水槽で飼育したこともあったけれど、捕まえることが楽しくて、そのあと誰もあんまりみなかったような気がする。
イモリとヤモリは爬虫類と両生類の問題でよく出たけど、いつもどっちがどっちがよくわからなかった。
イモリの「イ」は「井戸」の「イ」。
ヤモリの「ヤ」は「家」の「ヤ」。
と覚えるといいと教わった。
だけど私は
イモリの「イ」は「家(イエ)」の「イ」だっけ?と思ってしまうのでいつもわからなくなってしまうのだった。
「イモリ池」→イモリは水にすむ
という判別法を編み出してからこの苦労はなくなった。
「イモリ池」は知ってるのに、
教科書にイモリ、ヤモリと書かれるとイモリが何者かわからなくなってしまう現象っていったいなんだろなって考えてしまう。
なんのはなしですか
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