アリとカオリとアタリマエ
春に咲くニオイスミレの葉をめくるとタネのつまった袋をみつけることができる。
季節を問わずにみつかるようにおもう。
カオリはスミレの砂糖漬けを好む。
スミレの砂糖漬けを食べるとむせかえるような香りが口の中に広がる。
香水を食べるようで家族は誰も好まない。
しかしカオリはいかに食欲がなくてもこれだけは口にすることができる。
カオリは毎年春のある日思い立ったように、庭に咲いたスミレを全部摘んでしまってスミレの砂糖漬けを自分のためにつくる。
もうそろそろ砂糖漬けがなくなってしまいそうだ。
葉の裏を覗き込んでカオリはため息をつく。
このタネ達、どうにかあちこちで芽吹いてくれないものか。
カオリは自分でタネを袋からとって蒔いたりはみたけれど、どうもうまい具合に広がったためしはない。
タネはやはり自然にはぜるまで待たなくてはいけないのだろうか?
ふと視界に動くものがはいってきた。みるとそれはアリであった。
なんとスミレのタネを運んでいる。
カオリはアリの姿を追いはじめた。
アリは巣穴近くまでくるとスミレのタネから御馳走部分だけ取って巣穴に消えていった。
まるごと持ち込むアリもいそうだ。
こうしてスミレは広がるのか。
カオリは自然の神秘に触れたようで感動に打ち震えた。
この感動をどうしたものか。
「そうだ!感謝だ!」
カオリはアリに向かって
そっと呟いた。
「スミレを増やしてくれてありがとう。」
アリ達のリアクションはなかった。
カオリはちょっとムッとしたが、小さな声がいけなかったのかもと思った。そこで今度は少しハッキリとした声で言ってみた。
「アリさん。スミレを増やしてくれてありがとう。」
もちろんアリ達のリアクションはなかった。
カオリはおかしいなと思った。
そこで思い出した。
呪文というものは大抵3回繰り返すものであると。
自信を取り戻したカオリはさらに大きな声で言った。
「アリさん。スミレを増やしてくれてありがとうございます‼︎」
アリ達の様子には全く変化はなく、
アリ達はただ自分達がすべきことを淡々とやっていた。
カオリはそれでも何か変化があるのではないかとしばらくアリの巣を眺めていたが、何もなかった。
馬鹿馬鹿しくなって家に入った。
そして冷蔵庫からハムと卵を取ると
これでもかというほどハムを分厚く切って、フライパンを温め、ハムエッグを作り出した。
4枚切りくらいに分厚く切ってトーストも焼く。
トマトジュースもコップに注ぐ。
洗濯を干し終えてリビングに降りてきた母親は、すみれの砂糖漬けしか口にしなかった娘が、いきなり筋肉マッチョな朝食をとっているのをみてたいそう驚いた。
「さっき庭で何をしていたの?」
「あー。アリみてた。」
カオリはワイルドに応えた。
意味がわからないけれど
この喜ばしい事態に
母はこれ以上尋ねるのはよそうと
思った。
しばらくすると、母は庭に出て
アリをみつけては声をかけた。
「娘が朝食を自分で食べました。アリさんありがとう。」
アリのリアクションはなかった。
母親はこのアリじゃなかったのかもしれないと思って、その日1日会うアリ全部にお礼を言って、寝る前あたりにようやく自分のしてることが可笑しくなってきて笑った。ちょっと涙がでたらしい。