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認識の違い

生まれたばかりの子どもの世話に追われていたころ、携帯電話がなった。
見知らぬ番号である。

はて。誰だろう?

「もしもし?」

「私はだれでしょう?」

気持ち悪いおっさんの声である。

絶対知らん!!


私はそう思ったが

万が一、万が一知り合いだったら
どうしようと思った。

「すみません。わかりません。」

「え、忘れちゃったのぉ?」

ますます気持ち悪い。

「申し訳ありませんがわかりません。教えていただけますか?」

「私だよ!私!」


知るか!

「覚えてない?高校で英語教えてた…」

「えー?!Y先生ですかぁ?!」


驚きだった。


「どうしたんですか?」


「いや君たちの代の女子って同窓会したりしない?するんだったらよんでほしいと思って。」

先生は、何年か前に脳梗塞を患ったこと、震える手でやっと字が書けるようになってきたこと、私達に教えた頃が1番教師人生で思い出になっていること。新設校でオールイングリッシュの新しい授業をさせてもらうのは嬉しくもあったけれどプレッシャーもきつかったこと。実はあのあと胃潰瘍にもなって精神も病んだことなどを話された。

元気になってきたら急に私達のクラスの同窓会(なんか知らんけど女子限定)に参加したくなったようだった。

私の電話番号はというと、今では考えられないことだが、昔は年賀状に住所とともに携帯番号を書いて出していた。卒業後数年間出した年賀状、それを先生は長い間とっていてくださってたのだ。

「あー。先生うちらほとんど晩婚なんですよ。うちもまだ小さい子どもいますしなかなか会えないです。あっても赤ちゃん連れで人ん家ですよー。」

こたえながら、なにやら晩婚で申し訳ない気持ちになった。そして私達もあの頃かなり勉強したが、誰も精神を病むまでは勉強しなかった。同窓会もできる予定がない。なんかいろいろ申し訳ない。


まあ、この電話でおしゃべりしたら先生もちょっと気がすむだろう。
私はそのように思った。

そして、
ここに新たな疑問が生じた。


なんで私にかけてきた?


高校時代私はとても目立たない ごく普通の ありふれた 勉強ばかりしている生徒だった。

もっと社交的で派手で面白い子もいたし、なんなら先生に交換留学生の世話までしてもらっていた子もいるのだ。


……

「ところで先生。一つ聞きたいのですが、どうして私なんですか?私は地味だったし。特に印象ないはずなんですけど。」

興味を抑えきれずに私は尋ねた。


「君何言ってんの?」


先生の記憶によると
私は先生のテストの採点に不服で
どうして部分点がつかないのか
講義のあとに直談判に来た挙句、
先生の話す理由を聞いたあとにこう言ったらしい。


「わかりました。
けど


ケチですね!!」



「あーんなことを言われたのは
長い私の教師人生で後にも先にもないアンタだけやぞ。」

なんかしらんけど
数十年またいで説教がはじまった。

しかし私は記憶にない。

「ハハハ!そりゃヒドイ。全く覚えないけどそれ本当に私ですか?」


「◇☆■×%#≦$‼︎」

先生は絶句した後、なんか変な大声をだして大変お元気になられたことを身をもって教えてくださいました。

多分だけど
あれは英語じゃなかったな!

人によって記憶の認識は違うものですねえ。

私はそんな失礼なことを先生に言ったりする生徒じゃなかったですよ。


なんのはなしですか




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