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賃上げか減税、あるいは両方

ラビ・バトラ「貿易は国を亡ぼす」1993年12月20日 初版第一刷発行/光文社 より
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■日本語版 への序文 本書の主たるテーマは、

1973年以来の貿易拡大が、いまやアメリカ経済を破壊してしまった

ということである。産業基盤はほとんど崩壊し、そのために賃金の高い製造業の仕事が大幅に減少している。ところが、日本経済さえも貿易拡大のつけを払う結果となり、とりわけ増えつづける貿易黒字の悪しき影響をこうむっているのだ。

日本が現在、1973年のオイル・ショック以後としては最も長い景気不振のさなかにあることについては、多くの理由がある。そして、1990年の東京株式市場の暴落と円の値上がりが、現在のリセッションの主因とされてきた。だが、それ以外にも

これまで認識されていなかったが、長期的なファクターが存在する

アメリカ貿易統計局によれば、日本の工業生産指数は1955年の69から1980年の529へと上昇 した。 これは年率にして8.5%の成長 である。 これとは対照的に、『国際金融統計』によれば、日本の実質賃金指数 は34から94へと、年率にして4.2%成長したことになる。

言い換えれば、1955年 から 1980年までのあいだに、賃金の成長が生産性の成長のほぼ半分でしかなかったということだ

さらに、1980年 から1990年までのあいだに生産性が529から805へと4.3%の年率で成長したのにたいし、実質賃金は94から 109へと年率で1.5%の成長でしかなかった。明らかに、1980年代の賃金は生産性の成長に足並みをそろえていなかったわけだ。

事実、賃金の伸びは生産性の成長率の3分の1でしかなく、1955年から1980年までの生産性の成長とくらべるとその半分だった

賃金が生産性と足並みをそろえて伸びないときには、財貨の供給が需要を上まわる。これは、生産性が高くなれば国民総生産が増大するからである。需要は賃金によって生じるから、

賃金の上昇が非常にゆるやかであれば、需要の高まりもゆるやかにしかならず、需要が減退したら、投資および政府支出を増やすか、あるいは減税によってそれを埋め合わさなければならない

長きにわたって、投資支出を増やすことによって需要の減退を埋め合わせる ことが行なわれてきた。しかし、円が高くなり、日本の輸出市場のほとんどが停滞している現在、利率が記録的な低水準にあるにもかかわらず、企業は投資のための金を借りることに二の足を踏んでいる。

だが、1980年以来、賃金はなぜ生産性の成長と歩調を合わせて伸びなかった のだろうか。それには二つの理由がある。その一つは、日本企業の輸出偏向であり、もう一つは、1985年以降の円の急騰である。世界市場で大きなマーケット・シェアを確保することに熱心なあまり、トヨタ、日産、ソニーのような日本企業は、賃金を生産性の成長よりも相対的に低く抑えてきた。1985年以後に円が値上がりしはじめたとき、企業は大きな圧力を受け、世界の市場で製品の価格を上げるか、あるいは労働のコストを大幅に切つめざるをえなくなった。

その結果、日本の企業は投資を増やす、つまり生産性を高める一方で、賃金の成長をただの1パーセントに抑えたのである

実際、1989年 から1993年までのあいだ、日本の実質賃金が不変だったのにたいし、生産は15パーセント伸びている。 現在、日本の賃金と労働生産性とのあいだに大きなギャップがあることについては、企業の輸出偏向に原因がある。これこそ、現在財貨の供給が需要をいちじるしく上回っている理由なのである。

需要を高める一つの方法は、賃金率を上げることである。しかし、景気が沈滞しているときには、企業はそれができない。それでなくても利益が低下しているからである。需要を高めるもう一つの方法は、公共事業計画への政府支出を増やすことである。日本は1990年から、これをすでに三度やっているが、リセッションはなおつづいている。

いまや税率を下げるべきときだろう。所得税と消費税の両方を大幅に引き下げて、国民の需要を高めるべきである

こうした減税の効果は、賃上げのもたらす効果に似ている。しかも減税は、これと同じ効果をもつ政府支出の増大よりも効き目が早い

この政策が財政赤字につながることは間違いないが、これ以外の方法によれば、株式市場と、ひいては経済を崩壊させるリスクを招くのである。その理由は、世界経済にいままで長い不振がつづ いており、その世界を救うだけの経済的体力をもっているのが、日本だけだからである。(1993年)

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