カニエ・ウェストが重宝するシンガーの現在地 - ザ・ドリームとアント・クレモンズ

カニエ・ウェストは自意識過剰で傲慢な天才のように思われることが多いが、少なくとも音楽制作に関していえば、自分ひとりでやることの限界を早くから自覚していたアーティストだ。デビュー作の『The College Dropout』こそビートメイカーとして名を揚げた自らの才能のショーケースだったが、次作の『Late Registration』以降はジョン・ブライオンやマイク・ディーンを筆頭にさまざまな外部プロデューサーを起用。頭の中に描いた音像を具現化するためには手段を選ばず、ティンバランドやファレルにすら訪れた低迷期とは無縁の20年間を過ごして話題作を送り出し続けてきた。

その姿勢はシンガーソングライターの起用にも表れている。ジョン・レジェンドからフランク・オーシャン、ジャスティン・ヴァーノン、キッド・カディまで、多様な声とバックグラウンドを持つシンガーたちを次々に招いて曲を書かせ、「カニエ・ウェストの音楽」のパーツとして組み上げていった。そこでここでは近年のカニエにとって欠かせない存在となっているザ・ドリームとアント・クレモンズとを取り上げ、カニエとの関わりを振り返りながら彼ら自身の音楽の現在地を見てみようと思う。

ザ・ドリーム

カニエとザ・ドリームとの邂逅は『My Beautiful Dark Twisted Fantsy』(2010年)に遡る。「All Of The Lights」、「Runaway」、「Hell Of A Life」の3曲にコーラスで起用されると、翌年の『Watch The Throne』(2011年)のオープニングナンバー「No Church In The Wild」にも参加している。『MBDTF』ではあくまでコーラスのひとりとしての参加でありザ・ドリームの個性が見える瞬間はないが、「No Church In The Wild」ではソングライターとしてもクレジットされており、地声で歌うフランク・オーシャンとオートチューンを使ってハイノートをヒットさせるザ・ドリームの声とが対照的に配置されており曲のムードを決定づけている。

以降も「Ultralight Beam」(2016年)への参加など、大人数のミュージシャンを集めて行われるカニエのセッションの常連になるザ・ドリームだが、注目すべきはナズ『Nasir』(2018年)だ。ここでザ・ドリームは7曲中3曲のソングライティングと2曲のヴォーカルを担当している。7分半に渡る「everything」ではザ・ドリームの幽玄的なヴォーカルがカニエによる「Don't think the same as everyone else」というメッセージの繰り返させており、「Adam And Eve」ではゲットーをエデンの園になぞらえてきたナズに寄り添うように宗教的な暗喩を歌い上げている。今までにもラッパーとの煌びやかな共演はあったザ・ドリームだが、カニエを通じたナズとの出会いはザ・ドリームの新たな側面を引き出すことに成功している。カニエ仕事からは外れるが同様に硬派なジェイ・エレクトロニカ『A Written Testimony』にも3曲で客演していることからも、アンビエントな浮遊感がありながらも強烈にR&Bを感じさせるザ・ドリームの声が今また求められていることがわかる。


ザ・ドリームの全盛期は「Umbrella」などの大ヒット曲を立て続けに生み出した2000年代後半だと思われているが、2010年代にはカニエを通じたセッションを繰り返すことで確実にソングライティングの幅を広げていった。地道ながら充実した活動は自身名義での作品にも還元されており、2020年にはミクステやEPを除けば『IV Play』以来7年ぶりとなるフルアルバム『Sextape Vol.4』をセルフプロデュースでリリースしている。スカスカしたドラムのすきまに流し込まれる分厚いシンセベースやコーラスがグルーヴを生み出し性愛への情熱を語るお得意のスタイルは再び輝きを取り戻しており、80'sファンクの「F*ck My Brains Out」や鍵盤に向かい合ったインストの「Coltrane」で披露されるプリンスやジャズへの憧憬はアルバムに音楽的な豊さをもたらしている。

最後に触れておきたいのは共に2020年にリリースされたミーガン・ザ・スタリオンの「Savage (Remix)」とTHEY.の「All Mine」だ。「Savage」のリミックスへ参加するに当たってビヨンセは、「Single Ladies」以来共演を重ねるザ・ドリームをソングライターに起用。ザ・ドリームはリモートのままビヨンセと作業したというが、見事にミーガンに初の全米ナンバーワンヒットをもたらしている。LAのアコースティックR&Bデュオ、THEY.の新曲「All Mine」は完全なザ・ドリーム・スタイルで書かれている。インタビューでも常にザ・ドリームのファンだったと公言している二人はギターとドラム、緻密に組み立てられたヴォーカルとコーラスによってザ・ドリームのエレクトロポップをアコースティックに再構築しており、この10年間R&Bシーンに残り続けたザ・ドリームの強い影響を感じることができる。『Sextape Vol.4』、「Savage (Remix)」、「All Mine」を聴けば、2020年代もザ・ドリームの音楽から目が離せないことがわかるだろう。


アント・クレモンズ

アント・クレモンズは2020年に29歳になるシンガーソングライターだ。生まれ育ったニュージャージーからLAへ渡ってソングライターとしての活動を本格化させたクレモンズは「All Mine」という曲をジェレマイに書き、そのジェレマイが2018年のワイオミングでのセッションでカニエに「All Mine」のデモを聴かせたことから一気にフックアップされる。カニエの曲として採用された「All Mine」でクレモンズは早口のファルセットによるフックを残すと、続いてテヤナ・テイラー『K.T.S.E』にも「No Manners」と「Hurry」の2曲でクレジットされており、無名のソングライターにとっては大きな結果を出すことに成功した。いずれも複数のソングライターの共作となっているためどこまでがクレモンズによる仕事なのかは明確ではないものの、高音域を早口でリズミカルに歌う「Hurry」のフレージングには「All Mine」との共通項を感じさせる。

カニエに気に入られたクレモンズは続く『Jesus Is King』(2019年)にも「Selah」「Everything We Need」「Water」の3曲で参加している。その内の「Selah」はクレモンズがシカゴのセッションで披露したフリースタイルが曲の骨格となっていると伝えられており、また「Water」では単独のフィーチュアリング・アーティストとしてクレジットされている。クレモンズはカニエ率いるサンデー・サーヴィス・クワイアでもワールドフェイマス・トニー・ウィリアムスと並ぶヴォーカリストとして起用され、『Jesus Is Born』に名前を連ねている。ウィリアムスが『The College Dropout』の頃からカニエと付き合いのあるシンガーであることを考えれば大抜擢といえるだろう。

カニエのセッションへの参加は、駆け出しのアーティストだったクレモンズに貴重な出会いももたらした。2019年のマイアミで偶然『Jesus Is King』へ参加することになったティンバランドはカニエからお気に入りのシンガーであるクレモンズの話を聞かされ続け、そのクレモンズがデビュー作に向けて作っていた「4 Letter Word」のドラム・プログラミングを請け負っている。「Everything We Need」のゲストヴォーカルとして共演したタイ$はクレモンズの「Excited」で再共演。重厚なコーラスを歌うタイ$とビートの隙間を縫うように繊細なファルセットを敷き詰めるクレモンズとの相性は抜群だ。

ティンバランドやタイ$が参加した自身のデビュー作『Happy 2 Be Here』を2020年にリリースする一方でクレモンズは6lackやH.E.R.、Giveonといったシンガーに曲を提供し、『The Lion King』でビヨンセとジェイZ、チャイルディッシュ・ガンビーノが共演した「Mood 4Eva」の作曲にもクレジットされるなど、ソングライターとしてもカニエ周辺以外の仕事を着実に広げていっている。

アント・クレモンズを特徴づけているのは教会育ちという点だ。子供の頃は家庭でマイケル・ジャクソンのパフォーマンスを真似する一方で週3回の教会通いを欠かさなかったという。初めて買ったCDがカニエの『Graduation』だったという現代的なヒップホップのテイストとゴスペルが自然に根付いているのがクレモンズだ。また、ソングライターとしての視点でスモーキー・ロビンソンからエド・シーランまでを「作曲家」として分析しているのも同世代の他のアーティストにはない強みだといえる。LAへ移住を果たしたものの友人の部屋の床で寝ていたという生活からわずか2年で一気にシーンの注目を集めたアント・クレモンズ。これからどこまでその音楽的才能を飛躍させることができるか、楽しみは尽きない。


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