『Year Of The Dog...Again』の話

『Year Of The Dog...Again』が好きです。

DMXが2006年にリリースしたアルバムで、ぼくが初めてリアルタイムで聴いたDMX作品です。

ところがこのアルバムが話題に上がることはそう多くはありません。DMXといえばとにかく98年のデビュー作『It's Dark And Hell Is Hot』から03年の『Grand Champ』まで5作連続全米1位を記録したことが最大のトピックであり、そんな視点からは『Year Of The Dog...Again』はその記録が途切れてしまったアルバムでしかないようです。

たとえばこちらの記事を見てみましょう。

ここでは2000年前後のDMXがいかに売れていたかが強調されており、 以降は

1998年から2003年までは多くの作品を発表し、2006年には6枚目のアルバム『Year of the Dog… Again』を発売したものの、法的なトラブルやクラック・コカインの問題により、以前のような高みに到達することはできなかった。

と触れられているに過ぎません。

しかし実際のところ、『Year Of The Dog...Again』は初週12万枚超を売り上げてビルボードのラップチャートで1位、全米でも2位を記録しており、その週にDMXより上にいたのは人気コンピレーション盤の『NOW』だけでした。

また、2005年前後のスウィズ・ビーツはT.I.の「Bring Em Out」、キャシディの「I'm A Hustla」、ビヨンセの「Check On It」、バスタ・ライムスの「Touch It」 などの大ヒットを連発しており、90年代末に次いで第二の黄金期を迎えていました。そんな時期に作られた『Year Of The Dog...Again』が悪いわけがなく、全米首位を逃したという理由だけで顧みられることがないとすればあまりにもったいない話です。

アルバムを再生し、イントロに続く「We In Here」を聴けばこの作品にどれだけの熱量が込められているか、すぐに感じられることでしょう。鳴り響くサイレンに擬似ホーン、煽りに煽るスウィズ・ビーツ、ぶっといドラム、ビートにフィルインを入れるかのように放たれる銃声。そしてこれ以上ないくらいに騒々しいトラックの上で何よりも騒々しい声でがなりたてるDMX。彼の魅力が存分に詰まったこの1曲だけでも「以前のような高みに到達することができなかった」のはチャートアクションの話に過ぎないとわかります。

バスタ・ライムスと組んだ「Come Thru」はともすれば「We In Here」以上に強力なバンガーです。スウィズ・ビーツのビートはホイッスルやシンセなどウワモノが騒がしい反面、太く厚い鳴りのドラムを使いつつもベースラインをシンプルにしてスペースを空けることでスカスカとした印象を作り出してヴォーカルに自由を与えることが特徴ですが、この「Come Thru」ではまるでラッパーを挑発し、対峙するかのように太すぎるゴリゴリのシンセベースが轟き、誰よりも強い喉を持つDMXとバスタでしか乗りこなせないような曲になっています。『Year Of The Dog...Again』と同年にDr.ドレの監修で傑作『The Big Ban』をリリースしているバスタ・ライムスはここでも絶好調。「ラップで売れたら映画に出演して、音楽がおざなりになってるんじゃないの?」と言われていたことも二人の共通点ですが、バスタは

Flip mode in this b***h, Ruff Ryders is with me
You see we back on the block and yes, we runnin' the city

とラップし、群雄割拠のニューヨークでフリップモードとラフライダーズの帰還を盛大に宣言しています。続く「It's Personal」でも同郷ヨンカースのThe LOXからジェダキスとスタイルズPを招き、念押しするかのように「全米で売れに売れてもニューヨークのラッパー」であることを強調しています。

勢いよく始まったアルバムの雰囲気が変わり、クラブバンガーだけではないDMXの魅力を伝えてくれるのが「Goodbye」からの4曲です。こちらの記事で端的に触れられているようにDMXには独特の信仰深い側面があり、終盤の4曲にはそういった面がよくあらわれています。

DMXは「社会政治的なものから精神的なものへ」と独自の道を歩んだ。キリスト教のテーマは、トゥパックの作品よりもはるかにオープンに彼の作品に浸透していた。「人々は教会でしか聖霊を受け取れないと信じている」とDMXは1998年にVibeに語っている。「俺はステージ上でそれを得るんだ」。 しかし、彼の芸術に最も強力なエネルギーを与えたのは、彼がいかにして強さと弱さを親しみやすく調和させるかということだった。

「Let us pray for those that we've lost」という語りから始まるように「Goodbye」は周囲の亡くなった人たちに捧げる曲であり、いつ訪れるかわからない死に思いを馳せ、いま生きている人たちに向けて「Cause it could be any day, I'mma say goodbye today」と告げる曲でもあります。2ndヴァースの

My n***a Divine was way too young to die
Fell out the nest and was way too young to fly
But that didn't stop fate from happening

が諦念と後悔がない交ぜになったような声色とともに印象的なラインですが、それと呼応させるようにアウトロで「We are born, to die, so LET ME FLY!」と叫ぶのも聴き逃せません。

「Life Be My Song」はDMXの人生観が伝わってくる曲ですが、それだけにリリックを追いながら聴くのは少し辛いものがあります。

The pain that we bring upon ourself
For no reason, is the worst!
That's why I say I'm blessed with the curse
The Lord gave it all to me
And in the process, I lost my soul
Damn! the devil got a hold
In my mind, I'm like a little boy
Lost in crime
Like the healthy nigga that the devil forced into dying
The lord knows I'm trying
But at the same time
You hear the nigga with the weight of the world!
Why you gave it to Earl?

アルバムの最後に置かれた「Lord Give Me A Sign」も同様に人生の苦しみを告白して神にすがりつくように呼びかける曲です。曲が終わりに向かうにつれてクワイアが入り、ゴスペルのような展開を見せます。この曲では1stヴァースに

I'm a big boy now, but I'm still not grown
And I'm still going through it (What?)
Pain and the hurt (Yeah)

というラインがありますが、「Life Be My Song」にも

In my mind, I'm like a little boy
Lost in crime

とありました。1970年生まれのDMXはレコーディング当時35歳前後。商業的な成功は得たものの、精神的には先が見えず悩みが絶えなかった心境がこれだけで伝わってきます。

DMXのアルバムにはナンバリングされた「The Prayer」という曲が収録されているのですが、このアルバムでの「The Prayer VI」では完全にアカペラで、聖書からはヨハネの手紙2章15節「Do not love the world or anything in the world」を引用しながら祈りを捧げています。

『Year Of The Dogs...Again』終盤の4曲を見てきましたが、こういった楽曲こそがDMXの表現者としての懐の深さであり、単なる売れたラッパーではなく、ストリートの説教師として今でも多くの人に愛されている理由なのではないかと思います。そしてこのアルバムは、DMXのタフなハードコアラッパーの側面と内省的なひとりの人間としての側面との両方を今に伝えてくれる忘れがたい作品になっています。

最後に『Year Of The Dogs...Again』の翌年、2007年にテレビ番組で詩を披露したときの映像で終わりたいと思います。「The Prayer VI」と同じようにアカペラでのパフォーマンスです。SNSではDMXが99年のウッドストックに出演し大勢の人の渦の前でラップを響かせている映像が広まっていますが、その後30代半ばに入り、また違った形で言葉を伝えようとしているDMXの姿も記憶に残しておきたいと思っています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?