子供の誕生と障がい児になるまで ⑵

⚠️追記

私が書く内容は 子供に関する事、病気や、障害、ネガティブな発言等 辛くなったり不快になったりする方も出てくると思います。その時は無理せず読むのを辞めて 違う記事に移ってくださいね(๑•﹏•)無理は禁物ですよ(^^;)


呼吸器に繋がれた小さな体


トントン 
静まり返った病室に響いたノックに
我に返り
看護師さんに呼ばれNICUに案内されました。

この時の私の記憶はショックが大きかった為 今は曖昧な記憶しかありませんが

昼間の出来事からとても長い時間を待たされていたそんな感覚は今でも忘れられません。
あの時間は今思い出しても生きた心地がせず
生てきた中で1番不安で怖い待ち時間だったと思います。

NICUの中に入ると 沢山の医師や看護師たちが集まり我が子を取り囲んでました。

正直何処かで子供は無事で大丈夫だと思ってましたが その考えは一瞬にして壊されました。

そこに居た息子は
呼吸器を口から入れられ
沢山の医療機器に囲まれ
沢山泣いてたであろう 涙のあと 
ビクンビクンと動かす体 

そして先生から 
「心臓が二回止まりました」
と聞かされました。


延命処置はしません

私と旦那は子供の姿を見てショックで固まり頭が真っ白になっていたと思います。
旦那は一生懸命状況を理解しようと先生の話を真剣に聞こうとしてました。

そして分かったことは
子供は何とか命は助かったものの
二度の心肺停止により
低酸素脳症
になった…
という事です。

低酸素脳症とは▶️▶️▶️脳の灌流低下や低酸素血症によって脳の全体的な障害がおこる状態である。 周産期仮死の他、窒息、心停止、呼吸停止、重篤な不整脈、著明な血圧低下などによって起こる。

子供は何らかの原因で心臓が停まっていたのでは無いか?
いつから停まっていたのか分からないのと
1時間近く停まってた可能性がある為
低温療法が出来ません。

心肺停止によりかなり強い薬を使いました。
心肺停止をした事で低酸素脳症、蘇生脳症になり脳の細胞が広範囲で死滅している可能性が高い 

自発呼吸も無く 意識もありません
目も対光反射が無くなりました


この時先生の言葉が理解できなかった。
何を言ってるの?って

そして 先生は続けました。

子供の脳が沢山ダメージを受けてしまったから
延命処置は得策では無い
おしっことうんちがちゃんと出来なくなったら
覚悟してください

臓器提供はどう考えられてますか?
こちらの方も考えてください


この瞬間私の中で医者達が子供を助けてくれたて感謝すべき存在であると同時に不信が一気に湧いて

私の子を助ける気がないのか?
臓器提供を承諾したらすぐ殺されてしまうんではないか!

まず私の話をちゃんと聞いて欲しかった。
できる治療がそれで変わってたのではないか?そう思って悔しかった。 

新生児低酸素性虚血性脳症に対する脳低温療法をして欲しかった…それで予後が少しでも変わる可能性があるなら…

しかし 対象外との事で 私は悔しさのあまりその後も何度も子供の状況を説明し 
やっと 1時間近く心肺停止したのでは無くて
短時間だった可能性を認めて貰えたのですが 
そんなのはもぅあとの祭りで 結局何を伝えても手遅れで無力感ともっとちゃんと話聞いてたなら対応は変わってたのではないかと
心が塞がり 攻撃的な感情になってしまいました。

もう医師の言葉が入らなくなりました。

自分を責め 病院を責め この現実を責めた

こんな世界吹き飛べ!無くなれ!
要らない 壊れてしまえ!こんな現実いらない!
望んでない!なんで?なんでこうなったの?!

私の脳内は暴走しました。
でも大声を出して泣く事も出来ない 

よくある映画やドラマのように
わーーーん 
なんて声すら出ない

子供は必死に今心臓を動かしてくれている。

それ以外 全て失っていく可能性が高いと告げられ

誰が正気でいられるのでしょう。




旦那 そして 決意

私と夫はその後ずっと子供のそばに付き添いました。
狭いNICUの2.3畳ぐらいの空間 
真ん中に子供が寝ている保育器


2540gの小さな体で
生まれてわずか3日で過酷な運命を背負うことになった我が子

今日の昼までは幸せ絶頂で 
まさか 夜にこんなに絶望的な状況に急に陥るなんて想像もしなかった。
こんな事が私達の身に起きるなんて…
現実辛すぎる… 

私の人生は終わった …無理
死のう… 

そう考えていました。

そして私は旦那に申し訳なく感じ
責められるだろうと思ってました。

「なんでしっかり見てなかったんだ!」
「こうなったのはお前のせいだ!」

そう思われ言われると思ってましたが
一切責めることをしなかった旦那

「今回の件は誰も悪くない。
お前も悪くないし、子供も悪くない、俺も悪くない誰も悪くないんだよ。誰のせいでもない。自分を責めなくていい。」

そう言ってくれたのです。

どれだけこの言葉に心が救われたのでしょう。不器用でぶっきらぼうな所があるけど本当に優しい旦那…言葉が出せず泣く以外で反応が出来なかったです。

私達は交互に子供のそばに付き添う事になって
私は搾乳をできる限りしていました。

旦那は有給をとりずっと病院で一緒に付き添ってくれました。

私は気づきました。余り旦那の顔が見れていなかったと。 


しっかりしていて毅然とした旦那の姿しか知らなかった私に
拭いても拭いても涙が溢れて止まらないんだ」と 小さな子供のよう目に涙を貯めた言ってきました。

旦那は本当に何日も泣き止むことなくずっと泣き続けてました。
私より泣いていたと思います。
声を押し殺して ずっと子供のそばで子供に声をかけて手を触り、涙を拭いても拭いても溢れてくるから もうタオルがびしょびしょ。

こんなに人って涙を流し続けられるものなのかと驚きました。

看護師さん達も
「旦那さん大丈夫ですか?ずっと泣いてます。」と、心配して私と一緒に居ない間の旦那の報告をしてくれます。

この人は我が子の為にこんなに泣いてくれる人なんだと …この状況下ですがこの人を選んだ事は間違い無かったと感じました。

そんな姿の旦那と懸命に生きようとしてくれる愛しい我が子を見て

私はこの2人を幸せにしたい。
絶対にこの状況変えてみせる。

そう強く決意しました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今回長い文章になりすみません!
最後まで読んで下り感謝します🎶
また次回続きでお会い出来ると嬉しいです。
それでは🎶

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?