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夏休みの宿題

小学三年生の娘はお絵かきが大好きだ。
最近はアニメのキャラクターを模写している。
そして作品が出来上がるたびに自慢気に家族に見せにくる。
小学六年生の姉はつれない態度だが、僕や家内は「すごいね~」と目を細めて喜ぶ。

描いていない時も、描くことを考えているようで、時々思いついたように鉛筆を手に取っては、「あ~」といって紙をくしゃくしゃにしてしてしまう。そういう癇癪はよくないよと注意すると、そうではなく、その紙があるとその絵の思考に引っ張られるので、「なし」にするための儀式なんだと逆に諭されたりする。

そんなに夢中になれるのならと、近所の絵画教室に通わせると、絵だけではなく粘土や工作にも興味がわき、毎日のように作品が生まれるようなった。


小学2年の夏休み明け。
僕は宿題だった作文を発表していた。

教室は蒸し暑く、セルロイドの下敷きをキャプキャプとあおぎながら注目するクラスメイトの視線を避けるように、作文用紙を顔の前に広げ、一生懸命に読みあげる。

「夏休みの出来事」がテーマだった。夏休みの終わりに、家のベランダで見つけた傷ついたスズメを祖父と介抱して自然にかえした話を作文にした。それが先生に褒められ、みんなの前で発表することになった。

その日の休み時間にクラスの女子から「作文良かったよ」と言われた。それをほかのクラスメイトに見られて冷やかされたことまでをセットにして今でも覚えている。
それから人前で読むような作文を書けなくなった。


褒められた作文は、それ以降の作文と何が違っていたのか。
周りの評価を気にしていなかったと思っていたけど、これを書きながら重大なことを思い出した。あの夏の作文を書き終えて祖父に真っ先に見せたことを。おじいちゃんに見せるために作文を書いたのだ。

娘は僕ら両親に見せるためだけに絵を描いていた。そして絵画教室という世界に飛び出し、アートに出会った。
そんな娘をみて僕もnoteを始めてみようと思う。

つくることは、きっともっと楽しそうだ


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