【長編小説】アイドル山田優斗の闘い|6)第5章 補欠選挙投票日

  その日は投票日前日だった。その週にでていた事前予想では全紙が山田優斗の圧倒的な勝利を予想していた。そんな状況でも飯島は全くたずなを緩めはしなかった。

「いいか、もう一度確認しておこう。優斗君我々には何が求められているかね?」

「圧倒的な勝利です。」

「その通りだ、優斗君。そこで今君は何をしなければいけない?」

「最後の日に全力を尽くすこと。」

「私はいつも高校野球の監督のようなことを言ってきたが、最後まで諦めてはいけないんだ。もっと正確に言えば最後こそ諦めてはいけない。つまり最後が一番大事だ。政治家は最後に何を言ったかが、ずっと問題にされる。だから、この12日間で今日が一番大事なんだよ。分かったね。」

「はい、わかりました。肝に銘じます。」

「では、そろそろ行こうか。今日は私も聴衆に混ざって君の演説を聞かせてもらうよ。」

山田優斗は一度目をつむりうなずいてから答えた。

「わかりました。宜しくお願いします。」

 その日山田優斗が立っていたのは、選挙戦の最初の日に立っていたのと同じ選挙区で最大の人通りがある駅の駅前だった。既に駅前には、尋常ではない人数の人たちが集まっていた。人混みでザワザワと騒がしく大きな声で話さなければ隣とも話せない状態だった。その聴衆は山田優斗が話し出した瞬間に「シーン」と静まった。

「この選挙戦の中で、私は本当に沢山の方たちのご意見を伺うことができました。これは本当に大切な私の宝になりました。政治とは何なのか?この根本的な問いの回答を私は再確認させていただいた気がします。私は2人の人間がいたらそこには政治があると教わりました。二人の意見の相反することを調整すること、これ自体が最も小さい単位の政治なのです。このことを実際の政治の世界に移したとすると何を意味するか?これは当たり前のことですが、選挙民の方々が行ってほしいことを行うことが政治なのであるということです。投票してくださる方々に意見をひとつづつつなぎ合わせて調整するそれが政治なのであるということです。決して政治家のやりたいことをすることが政治であってはならないのです。アメリカではこの原則を宗教原理主義のように実行している大統領がいて問題になっていますが、この日本では今この原則をもう一度思い出す必要がある。それが今一番大切であると私は考えます。」

 聴衆から大きな拍手が巻き起こった。しばらく拍手が鳴りやまなかった。

  翌日の投票日は朝からマスコミの出口調査が行われていたが、彼らは早々に引き上げていった。そして夜のニュース番組で投票の速報を最初に報道したテレビ局は、投票時間の締め切り1時間前に山田優斗に当確を打った。それにならって他の放送局も当確を打った。投票が締め切られる前に東京の全テレビ局が彼に当確を打った。東京のキー局全てが開票が始まる前に彼の当選を保証したのであった。
 開票が始まり彼の当選が確定したすぐあと、彼は彼の選挙事務所で多くのカメラを前にして勝利宣言の後、スタッフや後援者に感謝の意を述べた後、彼は表情を引き締めてこう言った。

「マスコミでは、記録的勝利と言っていただいているようですが、これは一重に私がこれまで言ってきたことと私のこれからの可能性に共感していただいたという他ありません。大きな期待というのは反対に失望に変わった際の度合いも大きくなります、高い山の下には大きな谷が待っています。私はこれから皆さんの期待に応えるべく、火急速やかに具体的な行動でお答えしたいと考えております。」 

** D Side 2 ***************
巨体の男は、渋い顔をしてテレビをにらんでいた。横にいた若い男は男に向かって言った。

「予想の通りになりましたね。」

巨体の男は頷きながら言った。

「勝ったことは予想通りだが、ちょっと異常な勝ち方だな。大差ということもそうだが、勝つことがゴールではないような勝ち方だな。もう少し一体何を目指しているか調べなくていけない。ちなみにお前はこの勝ち方をどう思う?」

「あの若さで素晴らしいなと思います。さすが伊達にアイドルを長くやっていないなと思いました。」

「お前はバカか。感心してどうする。急いでまともな対策を出してこなければお前はくびだ。」

男は声を荒げた。
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