【長編小説】アイドル山田優斗の闘い|16)第15章 反転

白井が優斗の自宅についた時には、優斗はコーヒーを飲んで待っていた。
優斗は素早く車に乗り込み、白井に状況の再確認を行った。連絡をしてきたのは同じ委員会の郷田穂積からだと分かった。彼とは同じ国民共和党議員で年代が近く、政治的な見解も近いと感じられたので特別に会って話したことはなかったが、委員会の前後では一番多く意見交換を行っている人間だった。

「彼は何と言ってきたんですか?」

優斗の質問に白井は答えた。

「彼は神田幹事長の動きを知っていました。そのことについて提案があるので来てほしい、とのことでした。ことは急を要するので、できるだけ早いほうがよいと言っていました。」

「提案ですか?」

優斗は考え込んでしまった。正直何を言ってくるのか見当がつかなかった。

「飯島さんからのご伝言です。回答は求められても必ず留保して持ち帰ってください、とのことです。内容に関しては私はICレコーダを持っておりますのでご心配なさらないでください。」

「わかりました。宜しくお願いします。」

優斗は何か考え込んだ風に頷いた。
優斗が呼び出されたのは郷田の議員会館の事務所だった。事務所に入ると待っていたのは郷田本人だけだった。優斗に気が付くと郷田は表情を明るくして駆け寄ってきた。

「ご足労おかけして申し訳ありません。どうぞおかけください。」

そう言って席を勧めてから、郷田本人がお茶を2人に配った。

「お忙しいことと思いますので、早速本題に入らせていただきます。私が今回の神田幹事長の意向を知ったのは昨晩遅くでした。私と同じような無派閥の同期議員の何人かに私が直接確認したところ、今回のことは、理由がわからず不当だということで全員が一致したんですよ。みんな私が動くなら賛同してくれるということは確認しています。兎に角今回のことは不当だし納得がいきません。今回のようなことを認めてしまったら、今後の悪い例になってしまいますし、許してはいけないと思うわけです。私としては幹事長に正式に異議を申し立てることを考えていますが、ご本人に勝手に行うわけにはいきませんので、ご意見を伺うために来ていただいたわけです。山田先生もこれから具体的な動きをされると思いますが、これから具体的にどのような行動を考えていらっしゃるか教えていただけますか?」

「いつまでに何をするというのはまだ決めていません。ですが幹事長の話を受け入れないというのは決めています。郷田先生は異議を申し立てる方法としてはどのような方法をお考えなのですか?」

「異議申立書を直接持っていく予定です。私も含めできるだけ多くの連名にして幹事長も黙殺できないようなレベルにしないと意味がないと思っています。時期はなるべく早くです。」

「それでしたら先生の考えでどんどん進めていただいて結構です。私には文案を一度どのタイミングでも結構ですので、見せていただければ結構です。あとお出しになる日が決まりましたらお知らせください。それで結構です。」

その言葉を聞いて白井は少し怪訝は表情をした。だがそれは一瞬だった。郷田が答えて言った。

「ありがとうございます。早速進めさせていただきます。文案ができたらすぐに連絡します。今週中には連絡できると思います。これから見直しますが、一応こんな感じなので、今時点の文案がこちらなんですが...」

「わかりました。見せていただけますか。」

「はい、これです。見ていただけてうれしいです。ありがとうございます。」

郷田からの紙を受け取りしばらく読んだ後優斗は言った。

「ありがとうございます。全く問題ありません。自分に関する応援というか、檄文に文句を言う人間はいませんよ。このまま進めていただいて結構です。」

この間白井は黙って聞いていたが、目は少し丸くしていた。この面談の前に飯島から何の決定もするなと言われていた優斗だったが、この間優斗は白井に何の確認もせずに全ての決断を自分自身で行って回答していた。
想定していたより、ずっと短時間で郷田との初対面は終わった。帰りの車で白井は優斗に聞いた。

「先生、郷田先生と会う前に飯島さんが言っていたことを覚えていらっしゃいますか?」

「はい、覚えていますよ。でも今回は、飯島さんに相談するような難しい問題は何もなかったですよね。」

「それはそうかもしれませんね」

白井がそう言ったあと2人は何も言わないまま、事務所に着いた。

 2人が事務所に戻り、白井が手短に会見の様子を飯島に報告した。飯島はごみ箱に捨てられた紙クズのようにしわだらけの顔を横を向けて言った。

「君がだんだんと自分で独自の判断をしていくことは悪いことではないと思うよ。だが先ほど君が言っていたが、今回のことが難しくないと何で判断したんだね。」

「それは、彼の政見は委員会で見てきていますし、その内容も私と極めて近いものだと認識しています。加えて彼の言ってきた内容も問題のない内容と思えたからです。」

「なるほど、その内容は君には説得力があるのかもしれないが、私にはまったく納得できないね。まず最初に言っておきたいが君はどういう立場か分かっているのかね。少し前に言ったと思うが君は絶対に失敗してはいけないのだよ。」

その言葉を聞いた瞬間、優斗の顔が「はっと」何かに気が付いたような表情になった。飯島が続けた。

「まず、君は郷田を知っていると言っていたが、本当にどのくらい知っているんだね?たとえある政治問題に関する意見が同じだとしても、それがどのような背景で表明されているかはわからないんだよ。たとえ、優斗君にとって素晴らしい条件を提示してきたとしても、最終的に本当は彼がどのような目的を持っているかは、たとえ彼がそれを誰かに表明したとしても、本当なのかは再度それを確認しなければわからないことなんだよ。彼も優斗君とあまり、政界での経歴は大差ないから、優斗君同様、君が表明した内容に関しては知っているかもしれないが、それ以外については何も知らないんだよ。それと同じだよ。」

飯島は優斗を正面に見据えて言った。

「以上が今回私が優斗君に最初に言っておきたかったことだ。兎に角気を付けてほしい。失敗してからは取り返しがつかないのだから...」

飯島は一旦言葉を切って今までとは調子を変えた。

「結論から先に言おう、調べた結果、郷田は我々に悪意を持っている証拠は掴めなかった。反対に君をサポートしようとする姿勢は数えられないくらいだ。今回の君の決断は多分間違いなかった。ただ、それが問題なのは結果オーライだった点だ。絶対に失敗していけない人間は、結果オーライの判断をしてはいけないんだよ。わかるね優斗君。」

飯島は最後の言葉特に力を入れ優斗の目を見据えて言った。

「はい、わかりました。今後十分に気を付けるようにします。」

 その打ち合わせから5時間後、優斗の指定したメールアドレス宛に郷田からのメールが届いた。

「若葉青葉の候、山田先生におかれましては国政のためにご活躍されていますこと、国民の一人としてお慶び申し上げます。さて、山田先生。先日はご足労頂きありがとうございました。先日お見せした文案とはほとんど内容変わりはないのですが、最終的な文案添付させていただきます。ご確認いただけますようお願いいたします。先日ご了解はいただいておりますが、ご修正されたい部分、ご意見、ご要望がありましたら、どのような方法でも構いませんので、私宛にご連絡いただけますようお願いいたします。最後に一応この後の私どもの行動の予定をお知らせいたします。こちらにも、ご意見ご要望ありましたら、ご連絡いただけるようお願いいたします。
 (先生のご了解が頂ければ、)今週中に神田幹事長に要望書を送付いたします。文案の通り、要望書で我々は幹事長に面会を求めておりますので、来週前半には面会が実現すると考えております。その後は先方の出方次第ですが、総裁選も近づきつつある今、対応を引き延ばしてくるとは考えにくいので、どんな回答であるにせよ時間を置かずに反応があると思います。」

 では、末筆にはなりますが、この不当な措置が火急速やかに改められることを切に望みます。 

   郷田 穂積」

 優斗はすぐに白井に連絡して、飯島と3人で事務所に集合となった。

まず、飯島が口火を切った。

「優斗君、送られて来たものを見たが、前回打ち合わせで彼らが言っていた通り、ほとんど内容は同じものだったね。その点でも彼らはうそを言わなかったことは確かだね。とりあえず、我々も単独で独自の動きを行うのはしばらくやめようと思う。別々の動きをした際に我々の動きと彼らの動きがどのような相互反応を起こすか全くわからないからだ。だから今最善と思われるのは、彼らの動きに彼らの動きに邪魔にならないように乗っかってしまうことだと考えた。なので我々も幹事長に送る要望書を作成して彼らから少し遅れて届く送付することが最善だと考えるが、君たちの意見はどうだね?」

優斗が答えて言った。

「問題ないと思います」

「では、優斗君これを読んでくれるか?彼らの言っていることを表現だけ変えたような文章だ。彼らが発送したと連絡があったら翌日にこちらも送ろうと思う。」

「わかりました。見せてください。」

優斗に特に要望はなく、終了となった。郷田穂積が要望書を送付したのは翌日だった。

その2日後、夕方近い時間に白井から優斗に電話があった。

「先生、郷田の方に幹事長から連絡があったようです。良ければこれからすぐにでもこちらに伺いたいと言っています。先生、急ぎ事務所に戻ってきていただけますか?」

「わかりました。白井さんすぐに戻ります。」

それから30分後、事務所で待つ優斗を郷田が訪ねてきた。

「お忙しいところ大変申し訳ありません。1時間ほど前にこちらへ神田幹事長から、連絡がありました。内容は。『君と山田君から直接要望書をもらって、再度我々で検討した結果、君と山田君の要望を尊重した判断を行うことを決定した。とのことでした。回答の具体的な内容に関しては山田君に直接行うので、詳細は山田君に確認してくれるとありがたい。』とのことでした。

ここまで黙って聞いていた白井が郷田に向かって言った。

「先ほど、こちらにも連絡がありました。今回我々に伝えた内容は種々の検討を行った結果、実施しないこととしたとのことでした。幹事長の秘書の方から連絡でした。罰を受ける前に無罪放免ということでした。郷田先生におかれましては大変お世話になり、ありがとうございました。」

そういって白井は深々と頭を下げた。

「私からもお礼申し上げます。ありがとうございました。」

優斗も一緒に頭を下げた。

「いいえ、どうぞお顔を上げてください。当たり前のことをしただけです。それに、私と同じ委員会ではこれからもっといろんな仕事をしていただかないといけませんから。委員会では、私も一緒に働かせていただきますので、是非これからもよろしくお願いします。」

「いいえ、こちらからもよろしくお願いしたいです。」

優斗は郷田に近づき、手を握り強く握手をした。

「よろしくお願いします。」

当初、解決はかなり面倒な対応が必要と思われたこの争いは文字通り優斗側の完全勝利に終わったのだった。

** D Side 7 ****************
巨体の男は、例の苦虫顔に戻っていた。

「郷田か、全く余計なことをしてくれた。だが今度のことで山田優斗が反対勢力だということがはっきりした。もう直ぐに総裁選が始まる。次は必ず、奴らから動いてくる。これは確かだ。今度奴らが動いたことに対応して今度こそなかなか病院から出られないくらいの大きな傷を負わせてやる。復帰したころには浦島太郎のように世の中全てが変わっていて腰を抜かさせてやろう。さあ、動け動け山田優斗。」

巨体の男は目をギラギラさせながら叫ぶような大声を出していた。
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