【長編小説】アイドル山田優斗の闘い|10)第9章 北海道へ(1)

 神田吾郎は与党の幹事長を拝命して3年になる、まさに首相に次ぐ実力者である。衆議院議員会館の彼の事務所に来るように連絡を受けて、山田優斗は秘書の白井と一緒にその部屋の前に立っていた。ノックすると、中から神田の声とわかる大きな声で返事があった。

「山田優斗でございます。」

「はい、どうぞ入ってください。」

顔を見せた幹事長神田吾郎は満面に笑みを浮かべて声をかけた。

「どうぞ、どうぞ、山田先生お入りください。お忙しい中すみません。」

議員になって半年ほど経つが、今でも山田優斗は年上の先輩議員に「先生」と呼ばれるのに違和感がなくならなかった。山田君と呼ばれた方がよっぽど違和感はないが、これこそ所謂慇懃無礼の典型例ではないかと彼は思っている。

「いいえ、かえって神田先生こそ本当に忙しい中すみません。」

こちらも同様だがお互いに先生と呼びあい合う関係を山田優斗は本当に不自然に思っている。しかし、おかしいと思っていても先例に従うのは山田優斗も日本人だった。

「ありがとうございます。神田先生。」

「山田先生もお忙しいとは思いますので、早速要件に入らせていただきます。来月から統一地方選の第一弾が始まります。どの選挙も同じですが、我々国民共和党は全ての選挙に勝たなければいけまません。一年生議員の先生は必ず協力をいただいております。特に山田先生は選挙民の方々に大人気ですから、「他の先生以上に貢献してもらう必要があります。今回先生には今回一番激戦の北海道の応援に入っていただきます。今回野党候補として立候補する我が党推薦の小柴太蔵候補の応援に入っていただきます。」

頼んでいるのか無理やり押し付けているのかわからない内容を、幹事長はにこにこしながら本当に慇懃無礼な口調で山田優斗に話かけていた。

「わかりました。私は何に注意して何をしたらいんでしょうか。」

「そうですね、基本こちらで用意した原稿を読んでいただければいいですよ。原稿はなるべく早くお渡しするようにしますから...」

「神田先生、それはちょっとご再考お願いできませんでしょうか?今回はこちらで用意させていただいた内容を先生の方に事前にお渡ししてチェックしていただける形でお願いしたいのですが...」

「そうですか、そのご要望はそれでなければいけないとお考えですか?本当にそれを要求されているんですね?」

それなりに丁寧な口調とは正反対なにらみを利かせた表情で確認した。

「はい、是非お願いします。」

「わかりました。山田先生は当選以来その姿勢を貫いていらっしゃるんですね。わかりました。なるべく早くこちらの方に原稿をいただけますか?チェックさせていただきます。」

このやり取りは、完全に与党政権の意図の100%の意見を言わせようとしている党本部と自分の意図と異なる演説は絶対に避けたい山田優斗側との対立だった。優斗が質問した。

「第一回目の街頭演説は何日からでどこからになりますか?」

「札幌での第一声は、10日後の予定です。」

「わかりました。少なくとも5日後には話す内容を届けるようにします。」

「わかりました。頼みますよ。今回の地方選は山田先生にかかっていますから。宜しくお願いします。」

「はい、分かりました。こちらこそよろしくお願いします。」

この会談に先じて、山田優斗と飯島が入念に打ち合わせしていて、合わせて白井が同行したが、結果として白井はほとんどしゃべらないほど、山田優斗は役割を果たしていた。幹事長神田側も視線で凄みを見せた以外がほぼ100%山田優斗の意見が通った形だった。それほど党本部としては、必ず山田優斗を引きずり出さなければいけない。間違っても山田優斗の機嫌を損ねて彼が出てこないという事態は絶対に避けなければいけないということだった。その意味で、事前に原稿を出させ、チェックできるということは、その最低限の要件を満足させていたということだった。だから、神田は簡単に条件を受け入れたのだった。

 幹事長との会談後、事務所に帰って来た優斗に、飯島が声をかけてきた。

「優斗君、ちょっといいかな。北海道知事選の応援に関してなんだが...」

「はい、分かりました。応接室ですか。」

2人連なって応接室に入っていった。

「優斗君、君は北海道知事選の状況はどの程度わかっているかね?北海道知事は20年以上革新系の知事が続いている。沖縄と並んで革新系の地盤なんだ。なんでこんなところの応援を君に頼むかわかるかね?」

「私の失敗を望んでいるというんですか?」

「両にらみということだよ。あわよくば与党系が勝利すればそれはそれで彼らにはいいことだろう。」

「彼らって誰ですか?」

「それは今は正確にはわからない。それは後で話そう。兎に角党幹部のだれかだよ。彼らは両にらみではあるが、君が失敗するんだろうと考えているんだと思うよ。そのことは今回の候補者の選び方でもわかるよ。小柴太蔵、君も彼は知っていると思うが道民の多くは、彼をバラエティータレントと思っているよ。確かに衆議院は1期やっているが、それ以外の政治経験は皆無だ。泡沫と言わないが、大半の人は彼が知事になるとは思っていない。でも、優斗君我々はここで負けるわけにはいかないんだ。絶対に勝つそれが至上命題だ。いいかいわかるね。」

「はい、分かりました。」

「私は白井と一緒に北海道に行ってくる。小柴太蔵も含めて何名かと会ってくる。君には、10日後には北海道に発ってもらうよ。それまでに話の筋道はつけて来るので安心してくれ。君が出発する2日前までには戻ってくる。白井もだ。そこで打ち合わせして、君と白井で行ってもらうことになる。それまで毎日電話は入れるが、急ぎの場合は私の携帯に連絡するようにしてくれ。まず君はこの資料を読んでおいてほしい。今の時点で分かっている情報は書いてある。今考えている大体の流れも書いてあるよ。では、私がいない間宜しく頼むよ。」

そういって、飯島たちは旅立っていった。そして、飯島たちが戻ってきたのは予定よりも2日早い5日後だった。彼らは早速打ち合わせを始めた。

「優斗君、順番に説明していくので、疑問があったらその都度聞いてもらってかまわない。まず、全体としてだが私は見通しがついたと考えている。我々が正しく行動すれば勝てるということだ。まず第一によかったのは、小柴太蔵は思ったより優れた人物だということだ。政策に関してもある程度のベースがあるし、それを語る能力も問題ないと思う。それに小柴とも面識のある、加藤という男を秘書兼参謀として置いてきたから、小柴個人としては問題ないと思う。次に政策的な裏付けとなる政策参謀だが、行く前に大体わたりはつけていたのだが、もともと力のある男なんだが今の知事になって冷や飯を食わされている米内という男がいる。以前は副知事まで行ったんだが、今は外郭団体の副理事だ。米内と会って政策的な詰めも行ってきた。やはり、新人知事にとっては政策的に驚きのあるものも必要だ。政策のキャッチフレーズは「道民の年収1.5倍計画」だ。我々がやったのは、正直いろんなものをつなぎ合わせただけで、ほとんど何もやっていないに近い。まあ、大体プロデューサーなんてものはそんなものだが。ほとんど大半の政策は、米内が個別に考えていいたものだし、実際に副知事時代に半ば進んでいたものもあった。それらの政策を全て並べて、何かキャッチフレーズをつけようとしたときに、白井の知り合いに大手代理店の企画をやっている人間がいて、その人間に相談して出来上がったのが「道民の年収1.5倍計画」だ。いろんな計画を進める際にそれに参加するものが同じ考えになることが大切だが、そのためにもキャッチフレーズは極めて重要なんだ。具体的な資料やパンフレット化は今米内が中心に行っている。出来上がったらこちらにも届くことになっている。基本の柱はこの3つだ。」

飯島がポケットからメモを取り出して、優斗に渡した。

一つ目は、法人税地方税軽減による企業誘致だ。さっきも言った通り、この案件は米内が副知事時代に進めていたもので、半ば進んでいたものだ。当然、話が具体化すれば進出予定の企業とも基本的に話はついている。空港がある千歳市郊外に巨大な食品生産基地ができる。大手の乳業メーカーとそれ以外にも3社の同意が得られている。それと自動車の工場だ。優斗君のおひざ元N社の新世代車用の世界最大規模の電池工場の建設もほぼ基本は合意している。二つ目は、北海道ブランドの向上での消費の拡大だ。90年代北海道で食の博覧会が開催される予定だった。あの企画の現場の担当が米内だった。諸事情で博覧会は中止になったのが、米内の経歴のけちのつけ初めだ。米内はこの内容にも並々ならない意欲を持っている。代理店との話で出てきたのが、「北海道食の総選挙」だ。あのアイドルグループとコラボして、推すべき商品は一人々々のそれぞれ担当を設けて、そのアイドルは自分の担当商品を推してイベントで全国キャラバンを行うものだった。最後に投票を行ってトップの商品とアイドルを決めるというものだった。

山田優斗は元同じ業界にいたこともあり疑問に思ったので質問した。

「この企画は大丈夫なんですか?」

「大丈夫ってどういうことだい。米内もそうだが、スタッフに入っている大手代理店にも米内と一緒に博覧会を一緒に仕掛けた当の本人がいるんだよ。彼らに取ったって我々と一緒だよ。負けられない戦いなんだよ。それに加えて彼ら一度負けている。絶対に勝つとういう気持ちは我々以上だよ。それに野球の甲子園と同じように、まず総選挙に出る代表を決定する予選は、地域に埋もれているブランド商品の発掘の場だし、この場面で各地域の代表として住民と投票を通じて、全国の方に参加していただく形になるんだよ。」

先ほどから飯島は何のメモも見ないでしゃべり続けていた。全て頭の中に入っているのだ。飯島は続けた。

「第三は、教育と人材だ。国の予算は福祉以外の全体予算規模の縮小の流れで一番影響を受けたのが教育だ。当初は戦略的に予算を増やしていくが、道民への助成を増やすのは当然だが、重点はそこではなく、大学への道からの助成だ。当然、北海道大学など有名大学の多くは国立大なので、直接はコントロールできない。そこで、北海道にとって有益になるであろう研究に補助金で共同参画していく。また、そのような研究をしている教授を招聘する。すぐに目の見える分野ではないが、この部分への予算が大事だという考え方は、小柴自身も彼のスタッフも共有されている。順番として3番目だが、将来的にはここが一番大事と考えている。」

優斗が質問した。

「よくもこれだけの短期間でそれだけの柱がまとまりましたね。正直驚きました。」

「先ほども言ったが、米内という男は北海道政の政策の中核を担っていた男だ。実際の状況をとらえた政策のベースはしっかりしているし、その上の我々のアイディアを載せて出来上がったんだよ。優斗君納得はいったかね?」

「はい、わかりました。」

優斗は答えた。

「疑問点があれば途中でも言ってくれていいよ。先を続けるよ。君に演説をしてもらう内容はほぼ小柴側と詰めてきた。それぞれがどのような役割分担で何を言うかだ。そして、君がしゃべる原稿はもう既にできている。それとその原稿はもう幹事長の神田に送ってあるよ。いろいろ細かいことを言ってきたが、全て拒否したよ。「もう小柴陣営との打ち合わせ済で役割分担も終わっています。」と言っておいた。神田もかなりぶつぶつ言っていたが、白井の一番の特徴のどんな相手でもひるまずに、主張を押し付けられるところを出して、最後には神田を黙らせたよ。優斗君、君と白井は明後日発ってもらうよ。4日後の小柴の札幌での第一声に同行してもらう。基本毎日の街頭演説の現場に同行して応援演説をしてもらう。最初の3日間の分の演説の原稿はもうできているから読んで自分のものにしておいてくれ。最初の5日間同行してもらい、一度こちらに戻ってきてもらって、最後の3日間札幌に行ってもらって勝利を後押ししてもらう。」

「わかりました。」最近の山田優斗の飯島に対する返事はこの一言で間に合っていた。

「では、よろしく頼むよ」飯島のこの一言で会は解散となった。

 打ち合わせ通り、4日後、山田優斗は札幌で聴衆の前に立っていた。当然横には小柴太蔵が立っていた。大通り公園のテレビ塔のそばに聴衆は集まっていた。小柴太蔵の第一声だった。

「皆さん、こんにちは、私は北海道知事候補の小柴太蔵です。皆さんもご存知の通り、私はこれまで北海道の政治にかかわる場面は非常に少なかったことは真実です。今回このお話をいただいて、従来の知人、既知の方、全く面識のない方、いろいろな方と本当に沢山お話をさせていただきました、お話をさせていただく中で率直に感じたのは多くの方が政治に期待しているが実現していないことが本当に多いということです。もっと単純に、今の道政に満足しているかを聞いたときに、大多数の方が不満を持っているということです。半数以上が不満があるということは、簡単に言えばトップを代えられるということです。皆さんから伺った意見を大きくまとめると「この北海道の活性化」ということになると思います。活性化というのは便利な言葉で地方政治家のほとんどが口にしていると思いますが、実現しているのは非常に少ないのが現実でしょう。ではそれは何が問題か?こんなことをしたいということではなく、もっと具体的に何をするかということを提示しなければいけません。加えてそれを実現することが必要です。私は以下の3つの事項を私の在任のこの4年間のうちに必ず実現することを私の公約としたいと思います。」この後小柴太蔵は、山田優斗が説明を受けた3項目を挙げ、具体的にその内容を説明していった。

小柴は最後に言った。

「私は全力でこの政策を実現したいと考えております。何卒私に皆さんの一票で力を与えてください。」

次に山田優斗がマイクを握った。小柴の演説は力のこもった聴衆に強く訴えかけるようなものだったが、山田優斗はそれとは反対の落ち着いた調子で演説を始めた。

「国民共和党の山田優斗です。私は小柴さんが道政を担うことを願うものとして応援の演説を行いにまいりました。私も自分のスタイルで応援させていただきます。私は相手候補のことは一切取り上げません。私は小柴候補のどの部分が素晴らしいかをお伝えしていきたいと思います。小柴さんは立候補表明の会見でもおっしゃっていましたが、彼が目指すのは「皆さんの意見をまとえる政治」であると。その姿勢は私の政治姿勢と全く同じものです。小柴さんはたくさんの方とお話をされたと仰っていましたが、まだまだ十分ではないと私は思います。皆さんどんどん小柴さんの事務所を訪問してください。何をしてほしいか、何をしてほしくないか、それを彼に伝えてください。「地方の時代」と言われたのは少し前になりますが、今は「地方の時代だと言われたのはいつの時代だ?」と言われています。それは地方の時代のシナリオを霞が関の役人が書いていたからです。最終的には税の配分を変更する必要があると私は考えますが、まずは小柴さんのような方が大活躍して世の中を変える必要があります。まずは自分たちのフリーハンドの予算を増やして、それをどのように使うのかは住民の皆さんが決められるようにすることです。その第一歩が小柴さんの発表された3つの政策です。奇抜にみえるかもしれませんが、先ほど言った道民のフリーハンドを拡大するためのプランを考え抜いて作ったものです。小柴さんは道政の経験はありませんが、このプランを実行するのは彼と彼のスタッフしかいないでしょう。是非そのことを十分に考えていただき、道政を変えていく第一歩を彼に託す選択をしていただけるよう是非宜しくお願いいたします。」

彼の語り口とその内容は従来の政治家とは異なるものだった。政治的アジテートと異なる語り掛けを多くの聴衆は噛みしめているようだった。

  3日後、今日演説予定の場所に近い帯広のホテルで山田優斗は白井と一緒に朝食を摂っていた。

「先生、今朝の朝刊をチェックしましたが、大柴陣営が急速に勢いを増していると書いていました。まだ明確な情勢分析的な記事は出ていませんが、まだ現職が先行しているというような雰囲気を感じます。どちらにしても勝負はこれからです。」

「わかった、白井さん。それより朝食を摂ってくださいよ。腹がすいては戦さはできない、ですよ。」

「わかりました、いただきます。先生も十分認識されていると思いますが、今日は本当に重要な日です。今日のサプライズで現職を大きく引き離してやりましょう。一昨日各新聞社に連絡した際に、今日の演説は占冠で行うと言ったら、みんな一様に驚いていましたよ。全社が占冠に来ると思いますが、なんで占冠なのか知りたくて仕方がない状態なはずですよ。」

「白井さん、あまりサプライズ、サプライズって言っていると、サプライズにならなくなりますよ。」

「すみません、先生気を付けます。」

しかし、実際は白井が言った通り、担当の新聞記者は占冠という地名を聞いたときに「?」と一様に思った。以前一時期大きなスキーリゾートが出来て、多くの人たちが訪れていた時ならいざ知らず、そのスキーリゾートもだんだん客足が遠のいて規模も関連の人員も縮小均衡状態の現在、その過疎の村で新人の知事候補が演説を行う理由が見当たらなかった。その理由を知るのは、実際にそこに行くしかないと皆が一様に考えていた。


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