【長編小説】アイドル山田優斗の闘い|12)第11章 そして北陸へ

北海道から帰ってきて、最終盤に再度北海道向かう準備をしてる中、与党国民共和党の幹事長の神田から優斗の事務所に電話があった。

 「北海道ではなかなかの働きをしてもらってありがとうございます。期待以上に働いていただき久しぶりに北海道知事において保守の座を確保できそうな勢いです。本当に山田先生の働きには感謝していますよ。」

電話で聞いている白井が全く感謝されていることを感じない感謝の言葉を白井は聞いた。既に白井は名乗っていたが山田優斗の不在はまだ伝えていなかった。

「幹事長、山田は生憎不在でして申し訳ありません。幹事長から直接そのようなお言葉をいただくことは、山田にとっても存外の喜びと思います。」

からからと乾いたわらいを響かせたあと、幹事長は言った。

「山田先生には申し訳ないが、とにかく山田先生の人気がたいへんで、こちらにも応援の要望が引きを切らない状態なんだよ。そこでなんだが、こちらでそちらの話を整理させてもらって、新しいお願いをできればと考えているんですよ。さすがに電話で依頼というわけにはいかないので、これからうちの秘書をそちらに行かせてもらってもよろしいですか?」

失礼と言いながら秘書が来るという。

「わかりました、お待ちします。」

白井は言った。

 10分もたたない間に神田の秘書の松田という男から電話があった。

「申し訳ありません。神田の秘書の松田と申します。詳しいことは伺ってからお伝えできればと思っておりますが、これからすぐでもご都合は宜しいでしょうか?」

「こちらこそお世話になっております。山田の秘書の白井と申します。山田は不在ですが、私の方でお話は伺えますので、お越しください。宜しくお願いします。」

「ありがとうございます。ではこれからお伺いさせていただきます。」

 30分ほどで松田は到着した。

「お忙しい中、急なお願いで申し訳ありません。神田の秘書の松田でございます。」

神田とは違い本当に腰の低い男である。

「今回は最初にお願いしていた内容から急な変更をお願いすることになりまして、本当に申し訳ありません。先ほどお渡しした名刺にも書いておりますが、一応神田事務所の政策担当ということになっているのですが、実際は神田のところにいらっしゃる種々雑多な方々のご要望の交通整理をする担当でございます。特に選挙の際はいろいろなところからのご要望が多く一番忙しくさせていただいております。」

本当に口数の多い男だった。連射砲のような言葉の連発に白井は微妙に顔をゆがめた。松田は少し表情を引き締めて続けた。

「今回のお願いですが、同じ知事選で苦戦をしているところがあるのでそこに行って応援をしてもらういたいというお願いでございます。」

「はい、具体的にどちらの応援でしょうか?」

白井が聞いた。

「石川県です。わが党の強い地盤ですが、今回前職知事が退任されて新人同士の戦いになっております。」

「わかりました。どのような日程ですか?」

「東京を明後日に発っていただき、2日間、投票日の前々日と前日の2日間でお願いできますでしょうか?現地での動き方は我々の候補の事務所の責任者がご案内する段取りとなっています。よろしいでしょうか?」

「わかりました。」

「ありがとうございます。金沢への新幹線のチケットはこちらで用意しておりますので、後程届けしますのでよろしくお願いします。」

「了解しました。不明点があった場合は石川県の事務所の方にご連絡すればよろしいですか?」

「こちらでも構いませんが、先方に直接聞いていただいた方が話が早いかもしれません。責任者の連絡先も一緒に届けさせます。では、いろいろとお忙しいことと思いますので私はこれで失礼します。では今回は宜しくお願いいたします。」

「はい、了解いたしました。よろしくお願いいたします。」

 あわただしく松田は帰っていった。

白井は応接の椅子に座り、険しい表情をして煙草に火をつけた。

「よりによって石川県とはどういうことだ...」

白井は一人ごとを言った。そしてスマホを取り出し飯島に電話をかけた。

「はい、飯島」

返答は時間をおかずあった。

「飯島さん、先ほど神田幹事長から電話がありました。依頼したいことがあるということでした。電話では失礼だと、先ほど秘書の松田という方が訪問して来て具体的内容がわかりました。明日からの北海道行きは中止して、明後日から石川県に行ってほしいそうです。」

ちっ、と電話の向こうの飯島の表情がわかりそうなほど、大きな音の舌打ちが聞こえた後に飯島は言った。

「どうしても、党は山田優斗に成功はさせたくないようだな。それで、お前は即答で受けたんだな?」

飯島は答えていった。

「はい、断る選択肢はないと思ったので」

「うん、それでいい。この程度の判断もできないようでは政治家の第一秘書は馘だからな。まず急いでホテルの用意してくれ。予約が難しいようであれば、知事候補の事務所に連絡しろ。それでも無い様であれば幹事長の事務所に連絡しろ。彼が急に行けと言っているのだから、幹事長の方でも用意をしているかもしれないが、できたらその部屋でない方がいいだろう。ではすぐにかかってくれ。」

「はい、わかりました。」

 そのやり取りの丁度2日後、山田優斗と白井は朝一番の北陸新幹線に乗っていた。白井が調べたところ、白井が考えていたほど、一方的な戦いではなく、少し前に起きた大きな汚職事件の影響もあり、革新系の対立候補の一番手はそれなりに頑張っているようだった。しかし、それは大きな大差か普通のゆとりの勝利かの違いくらいだった。言ってみればわざわざ山田優斗が応援に行く意味が分からない状態だった。そんな2人は行きの新幹線の中で、これから行く石川ではなく北海道の新聞を読んでいた。白井が言った。

「先生、新聞では「小柴氏に勢い。」「小柴氏リード」というような見出しが出ています。有力地方紙の最初の情勢予測は、現知事がリードと書いていましたが、最終的にこの見出しに切り替わってます。新聞社の知人にそれなりに聞いてみましたが、小柴太蔵で間違いないだろうとのことでした。」

山田優斗はそれを聞いて複雑な表情をした。

「事前準備からあれだけ一緒に活動して来ましたから、最後も一緒に結果を聞きたかったですね。でも、最終的に勝っていただければ、我々が協力した意味もあったかなと思います。でも、話は少し変わりますが、今回の件で改めて飯島さんはすごい人だなと思いました。飯島さんにかかるとどんな難しい課題も難なく解決してしまいますね。私はやはり演技者みたいなところがあって、飯島さんの台本を演じている気がします。」

同じ車両にはほとんど彼ら二人しか乗っていない状態だったが、白井は少し周囲を伺うような様子を見せた後に言った。

「先生、実際に思っていらっしゃってもそのようなことは口にされない方がよいかと思います。」

「白井さん、すみません。気を付けます」

優斗が答えて言った。

 金沢の駅前について、二人を待ち受けたのは一人の男だけだった。金井と名乗ったその男は今回応援を行う新人候補の選挙参謀と名乗っていた。

「山田先生、本当にすみません。加山候補はもうすでに一つ目の会場に向かっていて、多分既に今頃演説を始めている頃かと思われます。この後車の中で簡単に打ち合わせをさせていただけますか? こちらが第一秘書の白井様ですか? 金井です。宜しくお願いします。」

駅前を少し行ったところにある駐車場に止めてある、黒のワンボックスカーの中に3人は乗り込んだ。

「先生方、お時間もありませんのでここでお打合せをお願いします。」

6人か7人乗りのワンボックスカーの2列目、3列目が対面にしてあった。金井が口火を切った。

「狭くて申し訳ありません。どうぞお入りください。後もいろいろつかえていますので、まずはこれをご覧になってください。」

金井が渡したのは演説の原稿だった。

「加山の原稿に合わせて、ご用意しました。現地に着くまでにお読みいただき、アレンジしていただいても構いませんので、それをベースでお願いできますか?」

山田優斗は渡された原稿をパラパラと眺めて言った。

「わかりました。何とかなると思います。」

「ありがとうございます。今日は全部で5ヶ所での演説を予定しています。全部同じ原稿で問題ありません。何か気が付いたことがあれば私の方からも申し上げます。それと最後のこの駅前での演説はまた別の原稿をご用意します。ご用意でき次第お渡しいたしますので、できましたら原稿通りお願いできればと存じます。一応ポイントというか、ト書きのような部分も入れる予定なのでそちらもよろしくお願いします。」

何か優斗は、芸能界に戻ったような感じがしていた。いわゆるデジャブだった。既視感である。まるでどこかでみたような短時間で打ち合わせを済ませて予算の無い番組をやっつけようとしているどこかの制作会社のディレクターのようだった。そんな、優斗の表情を読み取ったのか、金井は

「先生、どうかしました?」

と聞いた。

「いいえ、なんでもありません。先を続けてください」

優斗は言った。

「わかりました。確認ですが先生たちは開票当日もこちらにいていただけるんですよね。私はそうお聞きしておりますが...」

優斗と白井は顔を見合わせた。優斗は答えた。

「ちょっとそれは連絡が違っているようですが、白井さん日曜の予定はどうでしたか?」

と白井に水を向けると、

「いいえ、先約は無い様ですので、大丈夫です。ですが、こちらを出る予定の時間にもよりますが...」

と答えると、金井はぱっと明るい顔をして答えた。

「大丈夫です。開票が19時には始まりますから、20時にはお車で金沢駅にはお送りできると思います。」

怪訝そうな顔で優斗が金井に聞いた。

「それでその予定は具体的にどんなものなんですか?」

「いいえ大したことはありません。加山は開票後すぐに当選を決めると考えられるので、当確が出た後選挙事務所での簡単な勝利宣言の後で写真撮影に参加していただきたいのです。」

優斗は心の中で大きな口を開けたが、ギリギリのところで表情には出さなかった。当選した後のことまで既成事実のように語るこの男。北海道で一緒に戦った小柴の環境とは大きく異なっていることは優斗は肌で感じた。選挙の勝ち負けということだけでなく、小柴の選挙の緊張感とこの金沢の勝利を確信したようなこの雰囲気とは正反対のものだった。

「わかりました。なるべく時間は押さないようにお願いします。」

「ありがとうございます。帰りのチケットはこちらでご用意しておきますのでご安心ください。」

金井は続けて言った。

「では、本日の大まかな段取りですが...、」

優斗は白井に視線を送って後は宜しくと伝えて原稿に集中した。今金井が話している内容は後でポイントのみ白井から復習があるはずだ。そのあとすぐに金井は車を発進させ、ややスピードを出して走っていった。1時間弱走ったところで、車は止まった。大きな公園のようなスペースに多くの人が集まっていた。金井が言った。

「山田先生、つきました。」

この会場のあるK市は典型的な農村都市だった。田園地帯に続く市街地の中の公園に会場はあった。車から降り金井が露払いをする中、人垣の向こうに白いウィンドブレーカーを来た候補者と思われる男がこちらに向かてお辞儀をしていた。

「山田先生、お忙しいところ大変申し訳ござません。今回は宜しくお願いいたします。」

候補者の加山は深々と頭を下げた。加山は50代前後の小柄な男だった。眼鏡をかけた73分けは、どう見ても元官僚の風貌だった。その風貌の2周り上の年齢の男が本当に小さく体を折りたたんで、優斗のことを「先生」と呼んでいる。議員になってこれまで数えきれないほど同じ場面に出会っているが、いまだに慣れない、違和感がある。議員・政治家としては優斗の方が先輩であり、その意味ではおかしくないと頭ではわかるのだが、感覚の部分で受け入れないところがあるのだろう。優斗は応えて言った。

「いいえ、とんでもない。私の微力が助けになるよう頑張ります。宜しくお願いします。」

「先生の演説を聞かせていただいて勉強させていただきたいと思っています。」

加山は表情を崩していった。

「ぜひ、よろしくお願いします。」

2人はそのまま演説を行うスペースに移動した。

 「おはようございます。私が知事候補の加山でございます。新人ではありますが、」

加山の演説を優斗は横で聞いていて、大したものだと感心した。言っている言葉が聞いている人たちにしっかり届いているし、内容もよく練られていて、聴衆の心をつかんでいた。彼の演説が終わると聴衆は大きな拍手に包まれた。アイドル界の用語で「ギャップ萌え」という言葉があったが、加山は50代の「ギャップ萌え」と優斗は思った。

「では、今国会議員で一番の人気を誇る山田優斗先生が応援演説にお越しくださいました。」

候補者の加山から紹介された優斗はマイクを握った。

「おはようございます。衆議院議員の山田優斗です。今回は加山候補を応援するため参りました。加山候補は素晴らしい経歴をお持ちになっており...」

優斗は金山から渡された原稿をそのままに力を込めて演説した。優斗の演説が終わった後、当の加山も上回る大歓声だった。聴衆の前で演説して優斗は改めてこの原稿を書いたスピーチライターは素晴らしいと思った。実際に書いたのが金山かどうかは後で確認しようと思った。加山と優斗の演説の補完関係、表現の巧みさ、そして何より素晴らしいのは、その内容が聴衆の関心を見事に把握して後に、その内容の一つ一つに回答を与えていく素晴らしさは類を見なかった。正直この演説の説得力を持ったらば、大きな勢いの差もひっくり返せる力を感じさせた。現状スタートから大きな差を持ったハンデ戦でこの武器を持った加山が勝利間違いなしなのは納得がいった。

「加山さん、演説が素晴らしかったですよ。加山さんの言葉は横で聞いていて聞いている人達に十分すぎるほど届いていましたよ。」

加山は心の底から嬉しそうな顔で微笑んだ。

「ありがとうございます。山田先生にそう言っていただければ百人力です。」

加山のその表情と言葉を聞いて、優斗は意外と加山は政治家に向いて人柄かもしれないと思った。

「山田先生申し訳ありませんが、この後3か所ご一緒いただく予定になっております。申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」

加山の言う通りそのあと三か所の会場で演説を行った。加山の演説は回を追うごとに練度が上がって素晴らしくなるように思えた。最終回のものは内容に微妙にアドリブを加えて聞き手を魅了していった。最後は大きな拍手に包まれた。この後優斗は解放されてつかの間の休息をもらったが、加山は別の選挙カーに乗り込み選挙カーでのあいさつを行った。参謀や周りはどうかわからないが、加山自身は文字通り一生懸命選挙に取り組んでいた。

  最終会場での演説も成功裡に終わった。簡単な慰労会が催された。約2週間県内を動き回ったはずの加山は元気だった。

「山田先生、本当にありがとうございました。」

加山は優斗に酒を勧めてきた。

「山田先生には感心させていただいております。というか、本当に驚かされます。」

「どういうことですか?」

「お若いに似合わず、演説はベテラン並みの風格ですし、政策にもとても明るいし、」

「とんでもないですよ。」

「いえいえ、この2日間ご一緒させていただいて、いやでも山田先生との差は痛感せざるを得ないですよ。さぞかし優秀なスタッフを抱えていらっしゃるんでしょう。秘書の方は何名でやられているんですか?」

優斗は加山の当たり障りのない口調と別の光が目の奥に光っているのを見逃さなかった。

「いいえ、そんなことはないですよ。秘書は加山さんもお会いしている白井だけです。後は非常勤で何名か白井がまとめています。」

「ぜひとも、その優秀な非常勤の方々の手が空いているときにお手伝いいただけたりできれば非常にうれしいのですが...」

「加山さん、それは買いかぶりすぎです。そんな優秀な人間はおりません。」

優斗は加山の一連の言動に違和感を感じていた。飯島の存在を何かしらつかんでいて、どのようなかかわり方をしているのかを探っているような気配を感じた。確信的なものでは全くなかったが優斗はその気配を感じた。加山は続けた。

「役人の友人は多いんですが、政治家の友人は本当に皆無なので、是非、これを機会に友人としてお付き合いいただけたらと思います。短い時間でも山田先生とお話ししていると本当に勉強になることばかりなので、よろしくお願いします。当選した際は必ず上京することになりますのでその際は是非事務所にお伺いさせていただきたいです。」

「そんなことでしたらお安い御用です。どうぞお越しください。」

「ありがとうございます。是非お伺いいたします。ところで山田先生、これからの地方と中央の役割について...」

この会はオフィシャルとそうでない会の中間のような位置づけであり、白井は最後まで優斗のそばにいたが、途中からその内容に関して、いちいち口をさしはさむ状態ではなくなっていた。なので、それ以降の加山とのやり取りは優斗の判断に基づき自身の考えを伝えていた。
30分ほど加山との政策談義が続いたのち、加山のことばによってこの会は散会 となった。翌日いよいよ投票日だった。
 今回は、全く持って客人待遇だったので、優斗も白井も朝9時起床とゆっくりした朝だった。起床してすぐ優斗は飯島に昨日の加山との一部始終を伝えた。

「その話は、昨晩白井からも聞いているよ。彼の意図は今時点では全くわからんが、調べてみてわかったことがあったら、東京に帰ってから伝えるよ。」

そう言って、それ以外の話は全くせず飯島は電話を切った。

ここにきて、優斗に今までにない感情が芽生え始めていた。人間は感情の生き物だ。どんなに理屈で分かっていても、感情が制御できない場合がある。今日のようなわずかなすれ違いでも、その当人にとっては大きな事柄である場合もある。優斗と飯島、同じ目標を追って進んでいるはずの2人だが、その感情がずれてしまうことがある。ともに道半ばという印象は共有されていても、優斗はそれがすごく遠いものと感じ、一方、飯島は遠いとしてもその目標をしっかり見据えていた。そんなことを頭の中で考えているのを見て、優斗の横にいて書類を見ていた白井が声をかけてきた。

「先生、どうかされましたか?」

「いいや、どうもしません。それより、北海道の状況はどんな感じですか?」

「直前の予想では全紙小柴候補で間違いないとか書いていました。昨日選挙参謀の加藤さんに電話しましたが、感触としてほぼ間違いないとおっしゃっていました。開票とから2~3時間くらいでは当確が出るのではないかとのことでした。それより昨日金井さんに情勢判断の状況は聞いたんですか?」

「はい、聞きました。こちらは『絶対負けるわけはない』と言っていました。私が当選した時と同じように開票前に当確が出ることを期待しているようでした。兎に角、東京に帰れる時間に、白井さんも一緒ですが終了してくださいと言っておきました。彼らは我々と一緒の会見が必須の様ですから」

「そうですね。」

と話しながら優斗は別のことを考えていた。東京に帰ったらこの件で飯島と話した方がいいかなと。思考を今いる場所に戻して優斗は白井に聞いた。

「今日の予定はどうなっていますか?」

「今現在決まっているのは、加山候補に当確が出た際にテレビに一緒に映りこんでいただいて、局からの希望があればインタビューに答えるといものだけです。先ほども言いましたが、当確は午後6時前後だと思いますので、5時過ぎには事務所で待機いただくことになります。」

優斗は小さくうなずいて

「わかりました。時間まで休ませてください。」

そう言ってベッドに横になった。ほどなく白井は出て行った。
 ここのところ、本当に忙しく走り回っていた。その息がふっと抜けた瞬間だった。優斗はベッドに横たわり微睡んでいたが、いつの間にか浅い眠りについていた。 

16時30分丁度に優斗の部屋の電話が鳴り、彼が応答した。白井の得た情報では加山の当確は開票が始まった直後18時過ぎに打たれることが『確実』だと金山は言っていた。情報と情勢では、始まる前に当確を出してもいい状況のようだが、慣例に従って、開票前に当確を打つことはない様だった。長期政権が叫ばれた前知事の一番の人気があった時期でもやはりこの慣例は守られていたとのことだった。部屋の電話が鳴った。白井だった。

「先生、予定の時間ですお支度お願いします。17時15分前にお部屋に伺いますので、ご用意宜しくお願いします。」

そう言って電話が切れた。優斗は大きなあくびをした後に、もう一度ベッドにひっくり返った。 

10分で身支度を整えた優斗は白井の部屋の内線に電話をかけた。

「白井さん準備できました」

「はい、わかりました。今から伺います。」

優斗がロビーに降りた時点で白井は既にロビーで座っていた。優斗は白井と簡単な打ち合わせを行ってすぐに車で加山の事務所に向かった。
10分くらいで加山の事務所に着いた。時間は開票の丁度1時間前だった。
加山の事務所の前には既に多くの報道陣が集まっていた。既に何社かはマイクを持った取材記者がカメラの前でレポートを行っていた。事務所の中央の椅子にはまだ加山も金山もいなかった。関係者と思われるジャンパーを着た人間が優斗と白井に駆け寄ってきた。

 「山田先生、ありがとうございます。加山は奥におりますので、こちらにおいでください。」

と言って中に招き入れられた。加山は座って周囲の人間と話していたが、金山はスマホで通話していた。優斗と白井を見つけた加山は立ち上がった。

「ありがとうございます。今金山がマスコミと話しています。もうすぐ当確がでるようです。どうぞ、おかけください。」

と言って加山の前の席を示した。

「ありがとうございます。」

優斗が応えた。金山の声は相変わらず大きかった。

「はい、わかりました。ありがとうございます。18時ですね。ありがとうございます。インタビューのご要望があればいつでも私にご連絡ください。ありがとうございます。失礼します。」

金山は優斗と白井に向かい深々と例をした。

「山田先生、ありがとうございます。いま丁度県下一のテレビ局のプロデューサーと話していたのですが、18時からの速報番組の冒頭で当確を打つそうです。その番組の中継から3局中継が入りますので山田先生もご一緒にお願いいたします。」

「はい、わかりました。どこで立っていればいいですか?」

「テレビ局の担当から要望があると思いますので、それに従っていただければ大丈夫です。」

「はい、わかりました。」

そしてすぐ、TV局のプロデューサーと思われる者が優斗と加山のそばに近づいてきた。

「すでに加山候補に当確が出ることは確定しています。時間は18時くらいです。」そう言った後、種々の指示と確認を行った。17時20分くらいにテレビ局のディレクターを含めた10名ほどのスタッフは加山の事務所に来て準備を始めた。地元のテレビのディレクターは参謀の金山と打ち合わせを始めた。

その後実際に当確が打たれて、TVの中継が始まり、短い勝利演説の後に加山と彼の夫人で写真撮影が行われた後、2人に優斗も含めた3人で撮影が行われたが特に優斗はコメントを求められることもなく解放された。

「山田先生本当にありがとうございました。」加山の声に一緒に参謀の金山もあたまを下げていたが、二人には現在それほど優斗に関心が無い様だった。

優斗は加山に簡単なお祝いのあいさつをしてその場を辞したのだった。帰りの車の中優斗は白井に尋ねた。

「白井さん、加山さんとは今後どのようにお付き合いしていけばいいですかね?」

白井は答えた。

「それは今は何とも言えないですね。これからの彼の動き方次第ではないでしょうか?」

優斗は薄笑いを浮かべてうん、うんとゆっくりと首を縦に振りながら言った。

「そうですね。これからを見ていかないとわからないですね。」

思い直したように表情を変えて優斗は言った。

「そういえば、北海道はどうなったんですか?」

「ちょうど先ほど当確が出たようです。小柴北海道知事の誕生ですね。先生の方にメールは来てないですか?」

「来ていないようです。でも本当に良かった。」

優斗が表情を崩した。そして呟くように言った。

「自分で戦う方が気持ち的にはいろいろとすっきりする部分がありますね。」

その言葉に白井がしっかり優斗を見据えて説くように言った。

「そのお気持ちはわかりますが、厳しいこと言うとそれが政治ということだと思いますよ。意見の同じ人間、違う人間。もちろん応援してくれる方もたくさんいると思いますが、笑いながら近寄ってきて、足を掬おうとしている人間がたくさんいるのがこの世界です。その意味でも今回のことはいい経験になったのではないかと思います。」

「そうですね。何だかんだ言っても、芸能界は、敵か味方かははっきりしていて、大人だから表向きは普通の態度とっているけれど、敵は敵だということがはっきりわかりますからね。白井さんこれからも私の気づかないこと教えてください。よろしくお願いします。」

「はい、わざわざそんなこと言う必要はないですよ。それは当たり前です。私も山田カンパニーの社員の一人なんですから、社長に関する重要な情報は必ずおつたえする義務があります。同じ船に乗っているんですから。」

「わかりました。ありがとう。これからもよろしくお願いしします。」

優斗は何か苦いものの感じながら目を閉じた。

 ** D Side 4 ****************
巨体の男は、いつものように苦虫を潰したような渋い顔をしていた。
どこを見ているでもなくつぶやいた。

「石川も山田優斗に関してはあまりダメージにならなかったようだな。だが、昨日石川の金井から電話があって、いろいろと有用な情報を聞くことができた。これは一歩前進だ。次の一手必ず山田優斗に一泡吹かせることができるぞ。今度こそ致命的な損害を与えてやる。」

男はそう言って。不気味な笑みを浮かべていた。
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