【長編小説】アイドル山田優斗の闘い|15)第14章 謀略のスキャンダル

 発売された週刊誌Bをテーブルの前に置いて、山田優斗事務所の3名が集合していた。白井が怒りをぶちまけた。

「何ですかこれは、こんないい加減な情報を載せて週刊Bを名誉棄損で訴えるしかないですか?」

「白井、感情的になる前に冷静に事態を把握しないと駄目だ。どんな苦境に立ってもこれは肝に銘じろ。」

飯島は体の向きを優斗の方向に変えて言った。

「優斗君、これは私のイメージだが、これは精巧に練られたタスクフォースな気がするよ。すごい事実を掴んだような見出しがついてるが、文章の方は巧妙に尻尾を掴まれないように断定は避け、伝聞で終了している。要は何も言っていないということだ。」

飯島は言葉を切って思考を再整理するような表情をしてから低い声で言った。

「冷静に考えて、この記事は独自取材では絶対できないのは確かだ。情報のリークがあって初めて成立するものだ。では誰がリークしたか?これも明白だ。警察かもしくはもともと情報を持っている当事者本人だ。現時点では警察とは考えにくいので当事者本人としか考えられない。彼らの意図は何か。我々にどんな形でもいいから傷を与えることだ。端的にいうとデマを作り上げて情報を流し、デマとわかる前に我々に傷を負わせて逃げるつもりだ。このような事態である以上我々の戦略だが単純だ。我々が傷つく前に叩き潰すことだ。明日は一斉にマスコミが押し掛けると思うが、毅然とした態度で、事実無根だと伝え、虚偽の報道には名誉棄損で訴えると表明しよう。質問には冷静に実際の事実を回答すれば問題ないだろう。何か疑問点はあるかな?」

「名誉棄損と言われて週刊Bはどうしてきますかね?」

優斗が質問した。

「受けて立つと言ってくると思うよ。ただしそれは表向きで、我々は取材対象が主張している内容をニュースバリューがあると考え載せただけで、我々は事実と異なることは断定していない、みたいな論法でうやむやにする可能性大だ。その面での敗北までの時間で我々に傷を与えようと考えている。最後に負けることは彼らは折込済だと思う。」

3人は暗い表情で黙ってしまった。飯島が再び口を開いた。

「今日はこれで解散にしよう。明日は朝5時に集合しよう。私も可能な限り情報を集めておく。」

  翌朝、朝5時の時点では、飯島の予想通り記者は誰も来ていなかった。マスコミへの情報解禁が発売の前々日の朝一なのは慣例だったからだ。
優斗が白井と一緒に事務所に入ると飯島は既に応接で座っていた。

「昨日から追加で分かった情報はほとんどない。だが、今回の首謀者が官邸関係者なのは間違いないようだ。具体的に誰なのかはまだ特定できていない。あと、その首謀者が単独で実行しているようだ。一体そいつはどれだけ独りよがりで独善的なんだと思うよ。そんな連中に絶対負けてはならない。わかったね。」

飯島が二人を見て目と言葉に力を込めた。

「では、今日予想される会見のシミュレーションをやろう。これを見てくれるか。」

そう言って飯島は2人にメモを渡した。

  多くの記者の前に山田優斗が座っていた。その表情は特に高ぶったところはなく、若干緊張感は伝わってくるものの、外見上平静な表情に見えた。横に立っている白井が発言した。

「こんにちは、山田優斗事務所の第一秘書白井でございます。今回一部週刊誌に掲載のあった山田優斗の記事について、事実無根であることをご理解いただくためこの席を作らせていただきました。当人がご説明させていただいたのち、皆様からのご質問もお受けいたしますので宜しくお願いします。」

白井が言葉を切って優斗に視線を送ったタイミングで優斗が話始めた。

「こんにちは、この席においでいただいてありがとうございます。是非、私のご説明する内容を十分ご理解いただいて、報道いただければ幸いです。先ほど白井が申しました通り、最初に私の方で、今回の事実関係を簡単に説明させていただきます。その後皆様からのご質問があれば可能な限りお答えさせていただきたいと考えております。まず、私がお伝えしたいことのポイントを3点を最初に申し上げます。

1点目は書いてある内容が事実無根の内容であること。2点目は、記事はいくつかの伝聞をつなぎ合わせたもので、何の事実の確定も行っていないといこと。3つ目前者2項目の事実から判断した結果、この記事は私山田優斗を貶めるために巧妙に練られた策略であると思われることです。以上の3点を順にご説明させていただきます。

 1点目は、私が今回選挙違反に問われている4名に東京都の区議会議員候補の応援演説を依頼され実際に行ったのは事実ですが、逆に事実はそれのみになります。記事には私が4候補に選挙違反に当たる行為を当選するためには必要であると指南したと取れるような表現がありました。それは具体的には彼ら4名の共通の選挙参謀である御堂氏に私がそのような行為を指南したと思わるとのことでした。まず最初に明確に申し上げますが、私は御堂氏に会ったことがありません。手紙や電話メールでも連絡を取ったことはありません。そのような私がどのようにして彼に指示を送ることができるのでしょうか?そんなことはあり得ません。私自身、御堂氏がなぜそのようなことを言っているか不思議でなりません。可能であれば、直接聞きに行きたいですが、彼の身分は今警察の管理下にあるようですし、現在は無理です。ですので、皆さんのお力でそれが可能なら、是非お話を聞きに行っていただけますでしょうか?

 2点目は、皆さんも文筆にかかわる方たちですから、今回の記事をお読みになった際にすぐにお気づきになったと思います。この記事は伝聞のつなぎ合わせです。端的に言ってこの編集者は何も言っていません。彼らが言っているのは、山田優斗が怪しいという人たちがこれだけいるのだから、多分実際に怪しいと思われる。としか言っていません。彼らが実際に裏を取ったかは私にはわかりませんが、私が怪しいと言っている人たちが言っていることはこの証拠から正しいと考えられるというような証拠は1つも提示されていません。そのような証拠を提示することはこれが裁判ではないので、必ず求められるものではないですが、事実を知っている本人の立場からいうと、この記事で取材に応じた人たちは一体何を考えこのような証言を行ったのか不思議でなりません。一つ具体例をあげましょう、4番目に応援演を行った、山田三郎候補の参謀と私が選挙違反にならない方法について熱を持って話し合っていたと書いていますが、私は山田三郎候補の参謀とはほとんど話しておりません。一切事前顔合わせ、打ち合わせは行っておりません。今回応援演説を行った4候補とも応援演説を行ったその日に初めて会いました。私は山田三郎候補の参謀とは演説の2時間前に候補の事務所に伺い5分ほどの簡単な打ち合わせを行った後すぐに応援演説の会場に車で向かいました。私の隣は山田三郎候補で、会場までの間、私は山田候補の質問攻めに合いました。候補は目の前の区議会議員選挙よりもその先に候補が希望している国会議員選挙に関する疑問を微に入り細に入り質問し私はそれにずっと答えていましたから、そのようなお話をする時間は有りませんでした。会場に着いた時点で到着が若干遅れたこともあり、すぐに私の演説でしたし、そして実際に演説が終わった後も終了したすぐ後に、私の秘書の運転で私は会場を後にしました。そしてその後一度も山田三郎候補とも参謀の方とも会っていません。そのような話を聞くことができるのはものすごく当日の我々に近づくことができる立場と思われます。そこで私はこの記事に協力した証言者の方に聞きたい。あなたはどこの場所でその話を聞いたのか?そしてあなたは誰なのか?このような例はまだまだ挙げることはできますが、全てを列挙することは致しません。ご希望ならばご質問ください。回答させていただきます。

 3点目ですが、これまでお伝えしてきたように、事実に反するような内容をなぜ彼らは証言したのか私には不思議でなりません。それを実際に今彼らに聞くことはできませんので、私なりなぜこのような記事が世に出たかをスタッフとともに協議し、最終的に至った結論が以下のようなものです。
今回の記事は事実を提示するのが目的ではなく、私山田優斗の社会的な地位を何とか貶めたいというのが目的であるということです。私の現在の社会的位置はそれほど高いとは思っていませんが、それが下がった方が利益になると考えた人たちがいるということです。今回我々は何故この会見を開こうと考えたかというと、この会見を開かないと、今回のことを、あえて言いますが「画策」した人たちの思うつぼになってしまうと考えた方です。この3点目に関しては一方的だとお考えになる方もいらっしゃるだろうと正直思いますが、先方が一方的に言ってきている内容に対抗するのはこちらの正直な意見を一方的に述べさせていただくこととしました。是非、皆様の媒体で今回の件を記事にしていただく際は、先方と当方との意見を勘案して、きちんと取材をした結果を載せていただくようお願いいたします。決して、我々の意見に沿った内容を載せてくれとは申しません。申し上げても実際にそうしていただけるとは思いませんし。是非取材に基づいた正しい内容をお願いいたします。以上です」

「では、ご質問を受け付けます。お手数にはなりますが、挙手をいただけますか?そうしたら私の方で順番にご指名いたしますので、会社名とお名前を仰っていただいた後質問をお願いします。ではご質問のある方、はい、一番前のグレーのスーツの方」

「はい、共同新聞の戸井です。先ほど仰っていたあなたを陥れようとしている方の目星はついているんですか?ついていて可能なら特定できる情報をいただけますでしょうか?」

「お答えします。我々からこの人ではないかと思っている方はいますが、現時点で特定できる段階ではありません。ですので当然誰か特定できるような情報はお伝えすることができません。」

「それはどのような分野の方ですか?」

同じ記者が質問した。

「中々食い下がりますね」

優斗は少し笑みを浮かべたのち表情を引き締めて言った。

「それを答えてしまったら最初の質問に回答したのと同じことになってしまいますからそれにもお答えできません。」

その後約30分ほど質問に答えたが、質問してくる記者はわりと特定の人間に固まっていた。一部の記者は途中で帰ってしまったものもいた。最初の優斗の説明で、ある部分納得がいったというものが多く、全体的に単調な様子だった。しかしそれは優斗が望んだ結果であり、白井の会見終了の声に多くの記者が声もなくそそくさと帰って行ったのを優斗は明るい表情で見送っていた。会見場を後にした車の中で優斗は白井に聞いた。

「これでこの件は収束していきますかね?」

白井は答えた。

「先ほど飯島さんに状況報告した際に仰っていましたが、今回の会見はかれらにとっては想定内だと考えた方がいいと、違う方向から彼らの矢が飛んでくるのを気を付けなければいけないと仰っていました。」

優斗は表情を硬くして黙してしまった。
  3日後に飛んできた矢は、前回と同じ方向からだった。前回の会見に来てなかったはずのB社が第二弾の後追いを掲載してきた。内容は前回に増して薄いものだったが、彼ら独特の論理で優斗の会見に論拠がないと言い立てていた。そのことよりも想定外だったのは、B社以外のマスコミの優斗の会見を報じる量と質が本当に薄かったことだ。大半の媒体は何の先入観もなく、両者の記事だけを読んだ場合、優斗側に理はないと感じられるものが大半だった。
 事務所で優斗達3人がB社の週刊誌の新刊を囲んでいた。

「どうしてこんな偏った報道になるんですか?」

優斗は飯島に不満をぶつけた。

「彼らの「雰囲気介入」には定評があるからな。私もある程度は覚悟していたが、ここまで徹底されるとは驚いているよ。ただこれも警察が正しく事実認定をして、我々の疑いが晴れてしまえば、今の雰囲気も雲散霧消していくことは確かだが、問題は彼らがそれまでの間に我々に傷を与えるようなどのような攻撃をしてくるかだ。これに関しては今情報を集めているが、いまだに何をしてくるかわからない状態だ。」

優斗は頷いて

「わかりました。現状はいいとも、悪いとも言えない状態ですね。」

 ** D Side 6 ****************
巨体の男は、首を傾けて思案をしているようだった。

「確かに敵は大慌てで、効果は十分だと言えるがまだ致命傷までは行っていないな。だが、今回のことで山田優斗の疑惑が晴れても晴れなくてもどちらでもいいんだ。目的はそこではない。もし、奴が有罪になればそれはラッキーだが、奴らもバカではないから対策をしてきてそうはならないだろう。」

男の隣の若い男が尋ねた。

「では、これから何をされるおつもりですか?」

「お前と話していると時々清々しい気持ちになるな。若さの特権と言って何を質問してもいいと思っているのかもしれないが、それでは自分の頭の中に何も入っていないのがわかってしまうぞ。気を付けろ。」

男は一呼吸おいて続けた。

「さっき、幹事長の神田のところに電話してあることを頼んでおいた。奴も今後山田優斗が厄介な存在になるということには同意していた。また、一仕事してくれるだろう。こちらの方が奴らにとっては厄介だし、大きな傷になり、手足をもがれることになるだろう。」

男は不気味な笑顔を張り付けてまた大声で笑った。

「わっはっは~~」

若い男は口には出さず、心の中でつぶやいた。男のこの笑い声だけは嫌いだった。虫唾が走るほど嫌いだった。だがそれは日本中のほとんどの人と同じ考えだったろう。
*************************

 その翌日、優斗の事務所に幹事長の神田から電話があった。神田の事務所に来てくれということだった。その午後特段の予定がなかった優斗は白井と一緒に訪問した。

神田は従来通り脂ぎった顔に渋い表情を張り付けて座っていた。

「山田先生、ご足労頂きすみません。ちょっと折り入ってご相談したいことがございましてね。」

「何でしょうか、幹事長」

「先日来、週刊Bの報道を党内で問題になっておりまして、その件で確認をさせていただきたかったのです。」

「それに関しては先日の会見で事実をお伝えした通りです。会見に参加していただいた記者の方々も十分に理解していただいたという印象をもっています。党内の方々も同じようにお考えをお持ちかと思いますが...」

「山田先生、昨今の報道を見ていると、決してどちらかに一方的という状況ではないとお見受けします。一方で党内の一部の先生は今回の件に関してしっかりとけじめをつけるべきという意見をお持ちの様ですし、そのような先生が少なからずいるのも確かです。私としては党全体を見なくてはいけませんので、そのような意見の先生の言葉も一定程度は考慮しなければいけません。一方で、懲罰にあたるような内容に関しては確定はしていないですし、もちろん先生は関係していないでしょうから、形式上の処分を山田先生に先を見てご了承いただけると、党としても大変いい状況なのですがどうですかな?」

「ちょっとそれは承服しかねます。事実は前回の会見でお伝えした通りですし、何も悪いことをしていないことに対するけじめというのは何なのでしょうか?」

「杓子定規に言えば先生のおっしゃる当りですが、まず、どうあれマスコミがこれだけ取り上げているのは事実ですし、山田先生もこれから前途ある有望な若手代議士なのですから、党内のいろいろなところから聞こえてくる声に耳を傾けるというのは重要なことだと思いますがいかがですかな?」

 真っ黒い顔の正面に座る、少し淀んだ瞳で神田は優斗を真っすぐに見据えた。言葉ではない圧力だった。

その時優斗は頭の中で考えをめぐらせた。どちらが正しいということだけであれば優斗に理があるのは確かだ。しかしここは政治の世界なのだ。政治は意見調整というが、単純な言い方をすれば、お互いに幾分かの妥協をするということなのだ。どんなに立場が強かろうと100%自分の意見が通るということは有りえないのだ。つまり全ての案件で自分の意見を貫いているとそのうちだれも優斗には妥協してくれなくなる。つまり、優斗が政界で何の仕事もできなくなるということを意味してしまうのだ。

「それで幹事長は具体的に私に何をしろというのですか?」

「私は、山田先生が、今所属する2つの委員会を、政調委員会を辞任していただき、委員会は無所属となっていただくことで現状を打開できえばと考えております。」

優斗は思わずその言葉に口を開けてしまい、白井と困惑の表情を見合わせてしまった。

「それはかなり重大な処分と思われますが...」

「山田先生、私も決して軽いことだとは考えていませんよ。ここで貸しを作っておくことは今後に意味があると思いますがな...」

優斗にはただ単純に「悪目立ち」をするな、我々の軍門にくだれと言われているとしか思えなかった。それに今回簡単にOKしてしまったら、それこそ次回以降も同じような対応をしてくると思われてならなかった。優斗は言った。

「幹事長のご要望はわかりました。この場では即答はできませんので、いったん持ち帰らせていただいてからご回答させてください。」

「わかりました。こちらから、いつまでとは申し上げませんので、お早く良い答えをいただくことお待ちしていますよ。」と言った。

重たい表情のまま、2人は神田の事務所を出た。白井はすぐに飯島に電話をかけ状況を報告した。重たい表情のまま2人は車に乗り事務所に戻った。事務所では飯島がソファーに座って電話をかけていた。電話が終わって飯島は言った。

「敵はマスコミではなく、我が党にいるということが分かったようだ。とにかく結論は決まっている。『断る』ということだ。あとはどのように断るかを検討している。少しだけ時間をもらうよ。」

「わかりました、一度家に帰らせていただいていいですか。すみません、白井さんお願いしていいですか?飯島さん、必要があればいつでも連絡してください。すみません失礼します。」

優斗は暗い表情を少し明るくして言った。飯島はわかったという顔で2回ほど頷いて、白井を手で促した。

  枕元のスマホの着信音で優斗が目覚めたのは約3時間後だった。

「はい、山田です。」

「優斗君、私だ飯島だ。急ぎでこちらに来てくれないか。今白井がそちらに向かっている。宜しく頼む。」

 約30分後、優斗は彼の事務所で飯島の前に座っていた。飯島が口火を切った。

「状況はあまり芳しくないようだ。何人かに聞いてみたが、今回は彼らは妥協する気はないようだ。本気で我々に何かマイナスがつくまでは収束させる気は無い様だ。今回のことを誰が首謀しているかは今調査中だが大体誰かは見当がついてきた。B総理に極めて近い人間である可能性が高いようだ。ほぼ間違いはないと思われるので、それを前提として我々の対策を検討しても問題ないと思う。もともと我々にやましいことは何もないわけだから、今回は徹底抗戦が私の考えだがどうだろうか?」

優斗は少し微妙な表情を浮かべてから言った。

「徹底抗戦というのは具体的にどのようなことですか?」

「確かに戦うと言ってもどんな戦術かによって判断は変わってくる。私が当面考えたのは次の2つなんだ。まずは、神田幹事長に今回の件に拒否の回答をすること。もう一つは我々の旗色を明確にすることだ。もう数か月後には党の総裁選がある。我々は今現在は総裁選で誰に着くのかを明らかにしていないが、これを機会に我々が誰に味方するかはっきりさせるよい機会だと思う。敵ははっきりしたのだから我々の取る態度もはっきりしたと思う。総理派につけば別だが、反対する立場につけば、今回と同じように我々が降参するまで、何度も何度も陥れいれようとしてくる可能性は高いだろう。優斗君どう思うかね?」

「飯島さんの言う通り、これまでの流れを見ていて、私も我々が総理側につくかどうかの踏み絵を迫ってきていると思います。私がなすべき政策という点では総理は国民のためになることもされて来たとは思いますが、ここに来て問題点も多くなっており、私の考えとは相いれない点も正直多いと思います。」

飯島が珍しく遮って優斗に尋ねた。

「優斗君、それは具体的にどのような点を言っているのかね。」

優斗はうっすらと微笑んで答えた。

「飯島さん、私は飯島さんから、政治のいろはを教わったのですから。B総理と同じ立場になるわけがないじゃないですか。総理になられた当初も少し偏った考え方の方だなとは思っていましたが、ここのところそのことがあらわになって来ていると思います。まず、最初に問題だと思うのは、自分と異なる意見の人を排除したり、遠ざけたり、異なる意見にどんどん耳を貸さなくなっているように思います。そのように取り巻きがB総理に誰も忠言しなくなり、余計にB氏自身の考えに固執していると思います。そしてご自身の強力な支持団体「N会議」のようなところの偏った意見を重用されていることには誰かが歯止めをかけないと大変だと思います。大体あの「N会議」は今生天皇陛下をどのように見ているのでしょう?彼らは日本には皇室があり、他の国とは違うと言っているけれども、今の陛下のお気持ちを理解しようとしているとは思えないです。陛下にとって日本が軍備を持ち他国と戦争を行える国にすることは、天皇ご自身が重要とお考えであろう「皇室」を継続させていくことを不安定化させる一番の要因だということを、「N会議」の人たちはどう考えているんでしょう? そんな博打は売ってはいけないのだと、天皇ご夫妻ご自身で先の戦争の戦地を慰霊されていることをどう考えているんでしょうか?すみません、これは全く飯島さんの受け売りですね。」

飯島は少し嬉しそうだった。

「いいや、今優斗君は、言葉を自分のものとして話していた。私の伝えたことが血と肉になっているということだ。」

「すみません。少し外れてしまいましたが、今回のことで総理の側につくことは当面は楽になるとは思いますが、私が目指している政策の実現という意味では、遠回りになり実現は遅くなると思います。もう一点我々が仕掛けられている謀略は総理の側に立たなければ飯島さんの言う通りに続くとおもいます。ですが謀略にさえ負けなければこの戦いは我々に理があると思います。私は正攻法で戦っていくべきと考えます。飯島さんはいかがですか?」

「私も、戦うべきという考えは同じだ。では直近具体的に行うべきことだが、やはり最初は使い分けが必要と思う。外には和戦両様に構えを見せておいて、時期が来たら全てに向けて旗色を示す方がいいと思う。その時期が難しい。私の方で今後のシナリオを作るのでそれをベースに動いてほしい。それを作る時間を少しくれないか。それまでの間、優斗君に何かの判断を求める連絡が入った場合は、明確な回答をせずに、引き延ばしをしてくれるよう頼むよ。すこし時間をもらうよ。」

「わかりました。すみませんではまた自宅に戻らせていただきます。」

優斗は白井と一緒に席を立った。

  次の日、優斗は完全なオフで家で過ごしていたが、平日であったが全くどこからも連絡の電話はかかってこなかった。何の意図もなく付けっぱなしにしてテレビを何の感情もなく眺めていた。優斗の頭の中もそれと同じような状態だった。議員になってこれまで起こったさまざまな出来事が音のない画像で移り変わっていった。飯島から政治が何であるかは極めて具体的に学んできたつもりだった。だがこれまでに優斗の周りで起こったことはその想像をはるかに上回るものだった。社会を良くしようとする正常な意欲は、実際に実現するアプローチが異なるにしても、同じことを志すものとして最低限の共感のような感情はものは共有されているものとぼんやり考えていた。しかし今回のことも含めて、そのような感情はこなごなに壊されてしまったような気がしていた。現実の厳しさを目の前に示されたことに言葉にできない虚無感にさいなまれていた。多分数時間後には飯島から連絡があり、優斗も気合を入れ直して事態に向かわなければいけなくなるのだった。しかし今はまだ眠りの中のまどろみのような時間を優斗は漂っていた。少し意識が遠のいたころに優斗のスマホが鳴った。

「先生、申し訳ありません。急な連絡が有ったのでご連絡しました。先生と同じ委員会の郷田先生から電話がありまして、早急にお会いしたいとのことでした。できるだけ早くというのが先方に希望ですが、先生どういたしますか?」

混沌の靄のような思考の中から一気に4Kのテレビのようなクリアな画面が目の前に広がったような印象だった。

「わかりました、すぐこちらに来てください。白井さんが来るまでには用意をしておくので、その時間から逆算して先方には時間の回答していただいけるようお願いします。」

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