【長編小説】アイドル山田優斗の闘い|17)第16章  そして総裁選へ

 日本政治のトップ、それは総理大臣である。「日本のトップ」とは具体的にどのようなものなのかを説明することは難しくはないだろう。例えば、総理大臣、正式には内閣総理大臣は、行政権の属する内閣の首長たる国務大臣のことで、国民の代表である国会議員の互選で選出される。つまり、総理大臣は国会議員である必要がある。定義でいうとこれで正しいということになるだろう。確かに正しいだろうが、その一番の本質は抜け落ちている。この説明では聞いている人にはその本質は理解することができない。その本質とは何か?それは日本の中で最大の政治権力を持っている者であり、それを勝ち取った人物だということだ。

 理解しやすくするためにはもっと分かりやすい説明が必要だ。戦国時代のように力により他の大名を屈服させて、最終的に勝ち残ったものがトップ=権力者である。というような説明の方がより多くの人が簡単に本質を理解することができる。つまり、権力奪取は戦いだということだ。

 ではなぜ、人は権力を握りたいと思うのか?それは権力を行使するのは魅力的だからだ。権力を手にするまではそれがそんなに魅力的と感じない人だとしても、いったん権力を手に入れてみると次第にその魅力に取り憑かれていってしまう。そして本当にその虜になってしまうと、薬物中毒者のように権力を使って行うことよりも権力自体を得ること、より自分の権力を大きくする方法の方が関心の中心になってしまったりする。権力の恐ろしさの本質とはそのようなものだ。平成の最後に活躍された極めてエキセントリックな政治学者小室直樹氏はその著書で「権力とは恐ろしいものである。」と述べているが、この言葉は権力というものの本質が一般の人たちに理解されていない現状に一石を投じることも、その意図の一つであったと思われる。過去に日本の総理大臣が「あなたの命は地球より重い」と言ったのは有名な話である。以下は私の私見だが、その総理のことばを借りて言うならば「この本を読んでいるあなたがもし『あなたの命は地球より重い』と考えているならそれは思い違いだ。それを行う明確な理由があって十分な説明がつき、法的に問題が無いなら、権力者は何の躊躇もなくあなたの命を奪うだろう。権力者がそれを行わないのは、現在たまたまその理由がないだけなのだ。」その理由があれば、あなたをこの社会から抹殺しても社会が納得する理由さえあれば、あなたにとって意外だろうと何だろうとそれは速やかに実行されることを肝に銘ずべきだ。そんなことは一生訪れないかもしれないし、今かもしれない。今あなたの部屋のドアをノックした音は、あなたに差し向けられた刺客のものかもしれない。そんなことはないとあなたは思うかもしれないが、あなたが権力者もあなたも同じ人間として命の重さは同じはずだ。と思う感情は全く砂上の楼閣でしかない。権力とはそのようなものだとよく理解する必要がある。

 現在の日本国の総理大臣を信頼する率は、上がったり下がったりしているが、あなたどのような理由を持って、政府の刺客があなたを殺しに来ることはあり得ないと考えているのかその理由を教えてほしい。是非、教えてほしい。

  政権与党、国民共和党のトップ、総裁を決める選挙が始まった。現在、改憲に必要な国会の2/3には不足していたが、半数は余裕で超える状態だった。すなわち、与党国民共和党の総裁になることが日本国のトップになることを意味していた。全国民の命の命脈を握る総理大臣の座を奪い合う権力闘争のスタートだった。通常の国政選挙でも調査を行い当落予想は行われるが、特に政権与党の総裁選挙ほど予想が難しいものはなかった。まず、第一にほとんどの議員が誰に投票するかを聞いても回答しなかった。そもそも誰かの一派の人間であれば、そんな下々が自ら旗色を表すことなどあり得ないことである。また、一派の領袖であれば、もともとどちらの味方なのか明確ならばそれを強く押し出すことにより、一派の勢力を拡大しようとするだろうが、明確な立場が確定していない場合はその時こそ、その一派の領袖の政治力の見せどころであり、敵とも味方とも判然しない形で両陣営を動き回り、結果として勢力の拡大を図るのがまさに政治家の政治力を示す、掻き入れ時なのである。

  今回の選挙の状況は、きわめて日本的な状況であった。日本の選挙は常に現職が有利である。現職が一般の誰にでもわかるようなマイナスなことを行った場合。または、敵対側が極めてプラスの行動をした場合、つまり極端なことがない限り新人は勝てないというのが大半である。今回は現職のB氏にとって最後の総裁選だった。B氏の実績は大きなプラスがあるわけではないが、経済に関しては最初の一期目は少なくともヒットは打ち続けていた。その後は大きなマイナスはなく今回3期目に臨もうとしていた。対抗の姿勢を示しているのは、A葉氏のみの状況だった。前回B氏の2期目の総裁選では、A葉氏は国会議員の数だけでは、全く勝負にはならないだろうとの見方が大半だったが、開けてみれば、地方の党員票の半数以上を得ることによって、最終的にはかなりの接戦となった。結果的にはB氏の2選で終了はしたが、B氏が党内で確固たるフリーハンドは得ることはできなかった。B氏は第一期の当選時から公にしていた政策があった。憲法改正である。憲法改正は、国民共和党の結党以来の実現すべき第一の政策であるはずだったが、戦後の多くの政権が平和主義を打ち出し、その点をあえて争点から外し、経済に焦点を当てた結果成功を収めていった。そのような政権が続くことにより、憲法改正の政策の優先順位は段々と下がっていった。その看板を下ろすことはなかったが、敢えて争点とすることはなくなってしまった。

 そのような流れにB氏は敢えて逆らった。彼は、保守政治家の家系の3代目だった。それまでの総理大臣候補は行うべき政策のリストに憲法改正は載っていなかったが、彼はリストの最初に載せて彼の政権の最優先事項とした。これには、国民共和党の支持母体の中でも最も保守的な勢力の一団は狂喜した。やっとそれを行う首相が現れたと。B総理の登場により、憲法改正の端緒が切られるかと思われたが、野党のみならず、与党支持者の中にも憲法改正に関する抵抗感は非常に高かった。結果、衆参両院で憲法改正に必要な勢力を保持しているにも関わらず、何の具体的な進展を確保することができなかった。

 そのような状況で始まった第二期はもっと明確に、賛成派、反対派を峻別し、反対派は徹底的に権力の外に置かれた。最も象徴的だったには、A葉氏で一期目は対抗勢力ではあったが、党の要職を与えられていた。しかし第二期は党、政府一切の役職から外されたのだった。思想的に左翼的か右翼的かという点で言えば、特に国防に関してはA葉氏はB氏よりも右翼的だった。だが、憲法改正に関しては、B氏の姿勢を拙速だと批判していた。B氏と意見を異にする国民共和党の議員はある程度の勢力をなしていたが、その力が集約されているのがA葉氏のところだった。

 そして、第三期目の今期に関しても現職B氏とA葉氏の一騎打ちという見方が多かった。そして、意見の異なる2人が意見を戦わせて、盛り上げた結果B氏が3選を果たすだろうというのが大方の評論家の意見だった。

 

 一か月後に迫った総裁選の観測記事を読み終わった飯島は、顔を上げて優斗の顔を窺った。

「優斗君、今回の総裁選の作戦会議を行いたいのだがいいかね?」

「はい、わかりました。」

優斗、飯島、白井の三人はいつもの会議室に集合した。

いつもそうだが、最初に発言するのは飯島だった。

「優斗君、今回の総裁選、どのような目標を持って望むべきと考えるかね?」

「そうですね。機を見るに敏ということでしょうか?」

飯島は少しいぶかるような表情をした後に言った。

「多分、考えていることは、私も優斗君も同じだと思うが、それでは不合格だ。特にダメ出しをしたくて言っているわけではないが、トップはわかりやすい言葉で語らないといけない。優斗君それは、普段から気を付けた方がいい。必要な場合は必ず結論から言わないといけない。この場合は『総裁選に出馬したい。』と言わないといけない。外部への発表でなく、我々の打ち合わせなのだから。ダメ出しに加えて結論も全部言っしまったけれど、総裁選に出馬したいということでいいんだね。」

「はい。わかりやすくするように気をつけます」

優斗は言った。

「では、その優斗君の意見を前提として、話をしよう。一国のトップを決めるに等しい選挙なので、私は出馬したいですと簡単に手を挙げて勝てるものではない。当然オリンピックと違って参加することに意義はない。無意味に参戦したら2度とその機会はないかもしれない。かといって周りの様子ばかり見ていて、逡巡していたら一度だってそのチャンスは訪れないかもしれない。まず、意志を持ち、情報のアンテナを研ぎ澄まし、その機と思った瞬間に果断なく決断するこのことが大事だと肝に銘じてほしい。そこで我々の今回の総裁選の最大のポイントはB総理が3選を阻止できるかどうかだ。」

一旦言葉を切って間を置いたあとで飯島は続けた。

「いいか、現時点で私の持っている情報を共有しておこう。」

飯島は続けた。

「大半の新聞はこの点はもう決まったような書き方をしているが、B氏ブームが起きていた第二次B政権の際の総裁選はまさにそんな状況だったが、今は違う。よく提灯記事というが大手新聞までそんなことをするのは、世も末というか、何をそんなに委縮しているのか不安になるような状況だ。私の方の状況分析は、新聞とは全く違う、3選が決まったなどとは政界は誰も言っていない。言っているのはB派の人間だけだ。当事者である与党の国会議員たちはほとんどそのように考えていない。ただ、一番の当事者のB総理は絶対に3選すると心に決めているようだがことはそれほど簡単ではないだろう。そんなに心に決めている人間は多くないだろう、多くの議員は周囲の状況にきょろきょろ見回している状態だ。つまり状況さえ変われば、違う意見に賛同するという可能性があるということだ。それに、B氏はルールとして4選はできないという決まりだから、最大で3年の命ということだ。これからもずっと親分が変わらないのなら、子分たちも滅私奉公をする意味が見いだせるというものだが、例えば織田信長の家臣団が彼が3年後にもう親分ではないと決まっているのなら、そんなに勤めに励まないだろう。兎に角、親分がどんどん笛を吹いて盛り上げて踊らせようとしたところで、踊り手の方は親分が考えるほど踊ろうとしていないというのが正直なところだろう。とは言っても大半は日和を見ながら最終的に勝つ方につこうと思っているだろうから、B氏が勝つと明確にわかった時点で、大勢はそちらの方に雪崩を打っていくことになる。現在400人程度の我が党の国会議員のうち、B氏支持を明確にしているのは約190名から200名程度、一方の反B氏の勢力であるA葉派は約60~70名弱。ということはこの2つに属さないものが140名程度いるということだ。大半は現総裁のB氏に投票するだろうとの予測のもと、B氏の大勝利という予測になっているが、実際は決してそんなに簡単ではないと思っているよ。例えば、幹事長の神田の一派は一応主流はとなっているが、信条的にはそんなに一枚岩ではない。それに、外務大臣のJ井の一派も全く同じ状態だ。彼はポストB氏の一番手と言われているが、現在の状況から、政権の禅譲などあり得ないのだから、B氏にくっついていることが得なのかどうなのかは、ケースバイケースの判断になるだろう。A葉派とその他の浮動勢力の中で意見がどのように集約されるかを正確に判断しなければいけない。我々が総裁選に独自の意見を表明するのは、その方向性が明確に見えてからにしなければいけない。これから毎日最低短いミーティングを行って意識合わせをするようにしよう。いいかね?」

「はい、分かりました。」

優斗は答えた。飯島は白井の方を向いて聞いた。

「白井、追加すべきことは何かあるかね?」

白井が珍しく質問をした。

「一つだけいいですか?B総理が今回もう一期政権を続けた際は、絶対に憲法改正を行うことを目指そうとしてくるはずですが、これに関して先生はどのようにお考えなんでしょうか?」

「白井、個々の問題・論点に関してはこれから詰めていくから...、」

その言葉を優斗が遮った。

「いいですよ、飯島さん、大事なことですし、せっかくの機会なのでお話しておきます。B総理の憲法改正に関する意気込みは私も十分理解しているつもりです。ですが、私が原田博毅から直接取って伝言と違ってB総裁の意図は彼の見本とされている元総理大叔父の意図とはだいぶ違っていると私は思います。このことは大半飯島さんに教えていただいたその通りですが、これは私自身の考えになっています。憲法改正は確かに我が党の設立の基本理念ですが、Bさんはそれを曲解していると思います。あの方がおっしゃっているように我が国独自の軍隊、つまり外国と戦争できる軍隊を持つこと、B氏的にいうと『普通の国になること』を喜ぶのは、アメリカの一部の人たちと日本の中では先の戦争は必要に迫られは避けられないもので間違いではなかったと考えている歴史修正主義者達で本当にごく一部の人たちでしょう。反対に今の自衛隊も無くして軍事的に裸の国家になることを望んでいるのは、極端な左翼に一部の人たちと中国、韓国などの隣接の国の人達でしょう。どちらも大多数の日本人にとって理想でも望むべき姿でもない。だが、彼はそれを目指している。彼は丁寧に説明していけば、彼の望む政策への理解が進むと言っていますが、私はそんなことはないと思います。本当の姿がわかれば分かるほどどんどん国民の心は離れていくと思います。N会議の方々や三島由紀夫のような人からすれば、大半の日本の男性は「なよなよした」芯のない人間で、日本は精神的に弱くなったと思っているかもしれませんが、私は大きな勘違いだと思います。彼らは歴史を自分の好むフィルターを通して一面的に見ていると思います。世の中そんなに単純でも簡単でもありませんよ。私が彼らが一番見落としている視点は、彼の理想を昭和天皇、今上天皇がどう思われているかという点です。私は明確にわかりますが、お二人の陛下とも戦争には反対されると思います。今天皇陛下が昭和の時代の戦地を回られたことの意味を彼らはどう考えているんでしょうか?単なる平和主義と思っているんでしょうか?私はそうではないと思います。右翼的な考えの人たちは天皇家を大切にしたいと考えているといいますが本当でしょうか?多分本当は真の意味で天皇のお気持ちを斟酌しようとはしていないと思います。その考え方は今生天皇も昭和天皇も同じだと思いますが、陛下たちが最も重要とお考えだと思うのは「天皇家」の継続であると思います。昭和の天皇のような戦争の矢面に立つことがどれだけ天皇家の存続を天秤にかけた博打なのかそれは誰でも容易に想像がつきます。ですから、お言葉では直接仰っていませんが、戦地への慰霊は本当に『言葉のない言葉』だと思います。政治の都合で戦争など始めることは最も避けなければいけないことと陛下は思われていると私は思います。いまのN会議の人たちも戦争当時の軍事政権もそうですが、彼らはそのことを最重要視はしていない。彼らがまず最初に考えているのは「戦争を行って勝つ」ことや「中国や韓国に尊厳を傷つけられたら戦うべきだ」などが最優先であって、極論ですが、彼らの意志を実行した結果として日本の天皇家が無くなっても致し方ない、最悪そのような結果になってもしょうがない、と思っているのではないでしょうか?そのことは何を表しているかというと、彼らが大事だと言っている伝統的天皇制度の存続が第一義ではなく、単純にいうと本当のところ天皇家をそれほど大切とは考えていないといえるのではないでしょうか?私はB総裁の憲法に関する考え方は偏っていると思います。敢えて言うならB総裁は歴史修正主義だと思います。一般的な歴史的な事実も自分に都合の悪い点は目を瞑るそのような立場に見えます。私は憲法自体は改正すべき点もあると思いますが、憲法9条と軍事に関して彼について行くのは極めて危険と思います。こんな形で私の考えはお分かりいただけましたか、白井さん?」

白井は優斗の顔を見ながら「うんうん」と首と縦に振った。

「先生、十分によく理解できました。ありがとうございました。」

白井はそこで少し表情を変えて続けた。

「これから何かわかりましたら、毎日のミーティングでお伝えします。それと、一点まだ不確実な情報ですが、先日の郷田先生が山田先生を総裁選に担ぎ出そうと画策しているようです。もう少し表立った動きになったら、なるべく早く対応をとる必要があると思います。」

飯島がそれを受けて言った。

「そのことは私の耳にも入っている。彼がどのような意図をもってそれをしようとしているかを確かめる必要がある。以上でいいかな?では今日はこれで散会にしよう。何か動きが有ったら電話で連絡してくれ。」

  そうして会は、終了となった。 優斗側が動いて調べる前に、当の相手が電話をかけてきて、のこのこ優斗の事務所に出かけてきた。事務所に人が訪ねてきた音がして、白井が応対に出て、待っていたのは2人だった。

「急なご連絡で申し訳ありません。郷田穂積事務所で秘書をしております片岡と申します。郷田の方で是非ご相談したことがあり、お伺いしました。宜しくお願いします。」

この時優斗は奥の自分のデスクで待機していたが、いつもは奥に引っ込んで出てこない飯島がこの時はドアの隙間から訪問してきた客の顔を確認していた。飯島は郷田のことは知っているのだろうから、同行した秘書の顔を確認したかったのだろう。外を伺いさっと引っ込んでドアを閉じた飯島は奥に入った。応対には白井が出た。客を応接に案内した後ドアから顔を出し優斗を呼んだ。

「先生、郷田先生と秘書の方がお見えになりました。応接にお願いします。」

優斗は頷き、応接に移動した。

「お待たせしました。ご足労頂きありがとうございます。」

優斗は郷田と強く握手した。

「先日は、ありがとうございました。郷田先生の強力なご協力もあって党からの処分も受けずに済みました。本当にありがとうございました。」

優斗は、郷田の秘書の片岡の方を向き直り、彼の手を握り、

「その節はありがとうございました。今日は宜しくお願いします。」

先に答えたのは秘書の片岡だった。

「いいえ、とんでもありません。急なご訪問申し訳ありませんでした。ご相談の内容が急ぎお伝えした方がいいという我々の勝手な判断で急にお伺いいたしました。いろいろとお忙しい思いますので、早速本題に入らせていただきます。ご相談は来月の総裁選に関してでございます。郷田も含めてもう既に結果が規定事実のように語られている総裁選に非常に危機感を持っている先生は多くいらっしゃいます。特に若手にそのような意見を持っている先生が多く、郷田自身がそのような先生と話していく中で事態を新しい段階に進める方法としては、山田先生に是非総裁選に出馬していただくのが最も良い方法だという結論に達しました。郷田の方で確認が取れている賛同の内諾を得ている先生は立候補に必要な20名を超えていますし、郷田の方でこれからも賛同していただける先生を増やしていく予定です。ここまでは郷田が勝手に進めてきた形ですが、これからは山田先生ご本人のお墨付きをいただいて、公にこのことを発表して。さらなる賛同いただける先生を増やしていきたいと考えています。いかがでしょうか?是非、出馬の宣言をいただけばさらにことを進めてさせていただけると思います。」

それを聞いていた優斗は明確にしかめた顔をした。

「そのようなことは本当はうれしいことだと思いますが、現時点で私はまだ今回の総裁選の出馬を心に決めてはいません。私も政治家の端くれですから、最終的には総理大臣になりたいという野望は持っています。ですが、最終的に勝者になりたい戦いは必然的にそれなりの戦略を立てて挑まないといけないものだと私は考えています。チャンスが有れば何でも出ればいいというものでもないですし、反対に参加するチャンスは二度とないかもしれない可能性もあります。どちらにしても必要なのは正しい判断をすることです。現時点で頂いたオファーに今現在、何が正しいかは申し訳ないですが、まだ判断できる状態ではないです。少しお時間をいただけますか?各所から情報収集してなるべく早くお返事させていただきます。それと一つお願いなのですが、現時点で郷田先生の意見に賛同いただけている先生方のお名前の一覧をいただけないでしょうか?現状ご回答できる内容は以上のようなことになってしまうのですが、ご了解いただけますでしょうか?」

優斗の言葉に答えたのは片岡だった。

「わかりました。いきなりのご訪問だったので、すぐには返事は難しいと私どもも考えておりました。ですが、一方で総裁選は来月なので、お心固まりましたら早急にご連絡ください。すぐにでもお伺いします。」

ここまで、郷田は時折頷くだけで全く言葉を発していなかった。この場の仕切りとしてこのように決めてきたのだろうが周りで見ていて極めて不自然さを感じていた。そんな感想もあって、優斗は郷田に声をかけた。

「郷田先生、お時間はどの程度頂けますか?」

郷田は少し難しい顔をして答えた。

「我々もなるべく早く行動を起こしていきたいと思っていますので、1週間くらいでよい結論に至っていただけるとうれしいです。」

「わかりました。1週間以内にはご回答させていただくようにいたします。」

郷田本人と秘書の片岡は、二人とも立ち上がり

「どうぞ、よろしくお願いします」と頭を下げた。

そうして二人は去って行った。

 奥から飯島が出て来て言った。

「あの片岡という秘書、以前どこか絶対に会っている記憶はあるのだが、それがどこでか思い出せない。私は記憶力には自信があると思っていたが、最近衰えてきたのかもしれない。どちらにしても調べてわかったら連絡する。白井は、片岡が言っていたこちら側につく議員リストを送ってきたら私にも送ってくれ、もし明日中の送ってこない場合はお前が郷田のところへ連絡して催促してくれ。では今日はこれで終わりにしようと思うが、何か有るかね優斗君?」

「いいえ、特にありません。白井さん、私も協力者リストを送ってください。具体的に誰が私の味方なのか全く想像がつかないので、送ってきたらすぐに送っていただけますか?よろしくお願いします。」

白井が何度もうなづいて

「わかりました」と答えた。

会は終了となった。

  翌日はこれからの進め方をゆっくりと考えて飯島が調査した結果を突き合わせながら話し合おうと考えて、優斗は眠りについたのだった。しかし優斗が眠りから覚めた時点で、世の中は既にひっくり返したような騒ぎになっていた。スポーツ紙3紙、と一般紙2紙に優斗が今回の総裁選に出馬を決めたと報じていた。優斗が出馬するとマスコミの情報元になっていたのは、政界関係者とのみ表記されていたが、優斗にとっては、報道の当事者でありながら、報道されている事実を認めた人間が一体だれかはわからない状態だった。優斗のスマホが鳴動した。取り上げた画面には白井の名前が表示されていた。

「先生、おはようございます。報道はご覧になりましたか?」

「おはようございます。今起きたところですが、情報は見ています。」

「そうですかわかりました。今、郷田事務所に連絡していますが、まだ連絡はついていません。情報が取れたら先生にすぐ連絡します。飯島さんにも連絡していて、今情報収集していただいています。ある程度情報が集まった時点でまた事務所に集まっていただいて、善後策を打ち合わせお願いしたいと思います。またご連絡させていただきます。」

「わかりました、連絡くださいお願いします。」

 白井から優斗に電話あったのは、それから約30分後だった。

「先生、先ほどやっと秘書の片岡と連絡が取れました。彼も驚いていると言っていました。全く情報源は誰かは考えも及ばないとのことです。郷田とこれから協議すると言っていました。」

「やはり、そのような返事でしたか。思った通りですね。だれが情報源かわからない状態を前提として、対応策を考えないといけませんね。飯島さんと連絡はとれていますか?」

「はい、飯島さんは、党内の今回の記事に関する評価に情報を集めています。昼くらいまで時間が欲しいと言っていました。それと言い忘れましたが、片岡が賛同している議員のリストを急いて送ると言っていましたので、送ってきたらすぐに転送します。」

「わかりました。宜しくお願いします。」

電話を切って優斗は少しまどろんでいたが、気を取り直し洗面所に行き、顔を洗った。

 一時間後、白井からのメールがPCに着信し、議員のリストが添付されていた。「この人たちは何なんだ」そのリストの議員たちの名前を見た瞬間、優斗は心中でつぶやいた。リストの載っている議員たちはおよそ8割くらいは面識のない、会話もしたことのないものたちだった。年代は郷田の秘書の片岡が言っていた通り、若手が大半だった。優斗が思いつく共通点は若手だというだけで、実際に優斗の何を評価して、投票したいと言っているのか全く分からなかった。そんなことを考えていると白井から電話があった。

「先生、リストは届きましたでしょうか。もうご覧になりましたか?」

「ハイ、ありがとう。早速見せてもらいましたが、正直何か共通点がある人達なのか、全くわからなかったです。」

「先生、同時に飯島さんにもお送りしましたので、その点についても調べていただいていますので、打ち合わせの際にお聞きになってください。打ち合わせは14時でよろしいでしょうか?事務所でお願いします。」

「はい、わかりました。」

 それから数時間、優斗なりに得られた情報をもとに思考を重ねたが、全く進展がなかった。朝のワイドショーをザッピングしながら見ていたが、全放送局が取り上げていたが、時間は極めて短時間で、局独自の取材は全く行えていない印象だった。一局だけ六本木のA局のみは、事前にリークがあったのかある程度の独自取材の内容を伝えていたが、山田優斗の生い立ちであったり、家族関係の説明だったり、深いものはなかった。全局で一致していたのは、郷田穂積と彼の賛同者達のことは一人の名前も取り上げられていなかったことだった。優斗はテレビを見ながら身支度をして完了した時点でテレビの電源を切った。
  打ち合わせは優斗の事務所で14時3分前に始まった。時間ギリギリに表れたのは飯島だった。飯島ははあはあと荒い息をしながらドアを開けて言った。

「昨日の時点で今日のことはある程度可能性があると思っていたんだが、思った通りの結果になったね。」

 そう言って飯島は席に座った。そして飯島が切り出した。

「では、早速始めようか。最初に確認だが、優斗君我々が今再優先しなければいけないことは何かね?」

優斗は少し斜め上を見てつぶやくように言った。

「そうですね。今回のことをリークしたのが誰か見つけることですか?」

飯島が首を振った。

「いいや、我々は捜査機関ではないので、リークした本人を特定する必要はない。最優先で調べなければいけないのは、今回のことを誰が計画して目的は何なのかということだ。その意味で最終的な証拠はまだつかめていないが、大体の全体像はつかめたと思う。」

その言葉を聞いて、優斗と白井は少し目を見開いてお互いに顔を見合わせた。

「まず、前提条件だが、今回の件は愉快犯も含めて一般の人間が犯人の場合も可能性がないわけではないが、優斗君が総裁選に出馬する可能性があるという情報自体関係者以外知りえない情報だ。だから、この場合この情報に触れられる立場の者でなければ可能性はないし、そもそも一般の人間が持っている情報をマスコミが信じるかどうか、それは信じないだろう。マスコミの人間にも聞いてみたが情報源はどちら方面かを話す記者なんていなかった。ということは当然政界関係者、当然我が党の話なので、我が党の人間ということに方向が限定できる。そこで我が党の人間に今回のことの感想を聞いたが、それだけで大体のことはわかったよ。一番わかりやすかったのは反総理派のA葉派だ。誰に聞いても同じ反応で、一様に否定的な反応で端的に言って歓迎していないということだった。このことが意味することは、彼らは計画を知らないということだ。ということは犯人は彼ら以外ということになる。総裁派も中間派も反応は一様でないのは一緒だが、総裁派閥には一部に他とは異なった反応をする人達がいて、賛成も反対もなく、『その情報は知らない』と回答する連中で、情報が出ている前提で聞いているにも関わらずその回答は極めて不自然だなと思ったが、判で押したように同じような回答をするのが何人も現れた時点で、不自然な印象が倍加した。これは多分間違いないが、今回の首謀者は総裁派閥の中にいるというのが与党関係者の調査結果だ。それとは別の調査依頼をしていたところから、決定的な証拠が上がってきた。今回の謀略にかかわっている人間は幹事長の神田と関係が近い筋の人物ということだ。そもそも、神田は幹事長の割にB総理にべったりというのがまず我が党の間違いの始まりと言えると思う。それだけではなくその人物は、石川の選挙参謀だった金井、加えてこともあろうに都議会選挙で逮捕されたコンサルタントの御堂とも密接な関係の裏が取れている。これは怪しいというよりも奴以外には犯人はいないということだ。その男の名前は竹山和雄。どんな男かというと、ここ30年来、B総理と官房長の傍を陰に日向に支えてきた男だ。役割は私と同じような仕事と言えばわかりやすいだろう。だが、やり方は全然異なっていて、私はどちらかというと情報派だが、奴は情報というよりも粘りというかしつこさが信条だ。食らいついたら離さない「すっぽんの竹山」といわれている。奴の師匠の小出は、これは多分都市伝説の類だと思うが、あのロッキード事件で元総理をアメリカに売ったのは、その小出だとういう噂が実しやかに語られていた。そんな謀略好きの系譜の男だ。まあ、正直師匠ほどの切れ味があるわけではなく、奴の特徴はとことんどこまでのしつこさだ。兎に角攻め続けてくる。我々はそんな奴に負けるわけにはいかない。相手がわかった分、動きもつかみやすいし、対策も立てやすい。今後はわかったことはすぐに情報共有するようにするよ。
 今回白井が送ってきた我々に味方するとされていたリストの連中を分析したんだが、調べてみると巧妙にわかりにくくしてはいるが、総裁派閥に関する人たちやその管理下にあると思われる議員が多いと思われる。だが、私の掴んでいるところでは今のところ竹山と郷田には何の接点もない様だ。怪しいリストと真摯な協力者、我々はこの2つの対立2項をとりあえず両にらみで行くしかない。今の時点では竹山が今回のリークを行ったという確証はまだ得られていないんだ。謀略なのか何なのか、具体的に何を目的としたのかはまだわからない。ここでポイントだと思うのは、郷田たちの動きを事前に察知して第三者的にリークしたのか、それとも全く事実がないところからスタートしたのであれば、事実自体を作りだしたのかは、現時点で確定できるところまでは情報収集できていないという結論だ。ここまでの情報の上で我々が行うべきは何だと思うかね、優斗君」

優斗は飯島を見据えて言った。

「まず、記者会見を行う必要があると思います。内容は、実際に我々のもとで起こったことをそのままに説明すること。郷田先生からオファーがあったこと。それに対してまだ態度を決めていないこと。今後に関してはまだ何も確定させてはいないこと。ただし、今回のことで私に期待していただける方の存在もわかったので、支持者の方々と相談しつつ、決めたいと思います。と概略としてこのような説明をすべきかと思います。」

飯島は笑みで顔をくしゃくしゃにしながら、

「ほぼ、100点の回答だ。今日会場を確保して行うことにしよう。原稿は私の方で作成するので、白井は会場を確保して、マスコミにも連絡してくれるか?100点ではないのは、支持者の集会を行うことを言わなかったことだ。本日の夜、支持者を集めて集会を行おう。彼らがどこまで期待しているかを具体的に聞く機会はなるべく早くした方がいい。こちらの段取りも白井の方で進めてくれ、不明なことがあれば私の方でサポートする。さあ、忙しいぞ。仕事を始めよう。散会だ。」

という言葉とともに終了となった。

  翌日優斗は、自宅のベットで目を覚ました。半覚醒の微睡みの中で昨日のことをぼんやりと思い出していた。記者会見はほぼ問題なく、優斗の思惑通り終了した。当然、郷田との関係や今後に関する考え方、は多くの記者から質問を受けた。しかし、現状何も決まっていなく、全ての方向性を現時点で排除はしないけれど、支持者とよく話し合って決めようと考えていることを繰り返し説明した。一方支持者との集会は、意見は一定の方向には収束しなかった。誰もが将来は総理になってほしいと望んでいることはほぼ一致していたが、その時期に関しては人それぞれだった。今こその時期だというものも一部はいたが、それは少数だった。可能な時期が来ればそれは逃すべきではないという意見のものも、今がその時期なのかという点については懐疑的だった。ましてや政治の世界をある程度知っている支持者は日本の政治の世界では、従来の通り政務官、副大臣、大臣、そして党の要職を経て確固たる地位を固めてからでなければうまく行くはずがないなどと、ベテランの政治家秘書のような意見を述べるものの少なくなかった。優斗は彼らにも自身の考えを正直に伝えた。政治家である以上総理を目指すべきは当然だと思うし、一部の支持者が言っていたようにその時期が来たらそれがいつであっても逃してはいけないと思っていて、今がその時期なのかといつも問い続けなければいけないと、つまり今がその時期かは問い続けているが、その結論は今の時点では出ていないと告げた。どちらにしても何らかの結論に達した場合、その理由も含めて必ず報告することを約束して会見は終了した。
 会見が終了した後、郷田から電話があった。本人からだった。要件は明日の午前中に優斗の事務所に訪問するので協議をしたいとのことだった。既に白井には片岡秘書から連絡を入れて了承は取っているとのことだった。郷田の電話を切ったあとすぐ白井から電話があった。郷田の訪問は11時だったがその前の9時に事務所に集合して3人で打ち合わせしたいとのことだった。了解して電話を切った。優斗に精神的な疲労がどっとのしかかってきた。政界の一寸先は闇というが本当に明日の見えない戦いだった。飯島、白井という強力な助けがあるのは百人力だが、しかし先生とお互いに呼び合いながら、背中から刃を向ける魑魅魍魎の世界での戦いに優斗は少し飽いていた。ぼんやりした頭で、時計を見て起き上がり、テレビを付けた。その映像が優斗の意識を覚醒させた。テレビから優斗の映像が映し出され何かを語っていた。昨日の記者会見の映像だった。テレビのコメンテーターは山田優斗は総裁選に立候補することはあるかもしれないが、場をにぎやかにする要因にしかなりえないだろうと。このコメンテーターは一回目の投票で現職のB総理が過半数を得て決戦投票も行われないだろうと決めつけていた。一体彼は何の確証が有ってこのように言い切っているのだろうと不思議になった。B総理に近い議員でもそんな楽観的な見方をするものもいたが、このコメンテーターほど絶対の断定ではなかった。優斗は洗面所に行って顔を洗い気合を入れ直した。

  翌日朝、優斗は事務所に着いたのは9時10分前だったが、3人の中で着いたのは一番最後だった。既に応接では飯島と白井は話し合っていた。飯島が優斗が入って来たに気が付き声をかけた。

「おはよう、早速始めようか。座ってくれるかね。昨日は忙しい一日だったがよく頑張ってくれたね。記者会見は実際の映像を見たし、支援者集会も白井から聞いているが、私の考えていたほぼ100点満点だったよ。これからもいろいろ予測しないようなことが発生するかと思うが、総裁選の公示まで2週間だ。つまり2週間後にはどうするかがもう決着しているということだ。優斗君も初めての経験で情報が処理する能力を超えているように感じるかもしれないが、私と白井がついているし、ここから1週間を乗り越えればもう我々が何をしなければいけないかは決まっているだろう。そう少しだ。一緒に頑張って行こう。」

飯島は、珍しく野球のグローブのような大きな手で優斗の手を握り、優斗の目を見据えて、もう一方の手で優斗の肩をバンバンとたたいた。そしてもう一度言った。

「頑張って行こう。」

優斗は手を強く握り返し

「わかりました。大丈夫です、頑張ります。」

「わかった、ありがとう。まず、郷田の件から行こう。今日彼が何を言いに来るかは私は情報がつかめていない。だが、考えられるのは2つしかない。このまま進んで行こうと説明するか、何らかの理由をもとに撤退を言ってくるかだ。我々の態度もどちらの場合に対してもYesとNoがあるとすると結果はやはり2択で進むか撤退かだ。優斗君今日の郷田の訪問に関してはどう考えているかね?」

優斗は表情を引き締めて言った。

「私は正直現時点で、彼が何を言ってくるかはさっぱりわかりません。彼を知ってからも半年くらいは経ってはいますが、彼の人間性を評価できるほど深くかかわっていないですから。ですが、一つ気になっていることが有って、選挙違反事件の際に私の側に立ってくれた際は、私の印象ですが心から協力してくれていた印象でしたが、今回の件に関してはその際の態度とは異なって何か含みがあるのではないかと感じました。全くの印象ですが...」

「わかった。認識にはあまり差がないようだね。兎に角、彼の話を聞いて判断することにしよう。」

  郷田が現れたのは11時5分前くらいだった。今回は郷田一人だった。

入ってきて早々郷田は深々と頭を下げた。

「山田先生。この度は大変申し訳ありませんでした。マスコミ沙汰に記者会見までしていただいて本当に申し訳ありませんでした。」

「郷田先生、どうぞ頭を上げて、おかけになってください。正直予想していないことではありましたが、私に何か不利益なことがあったわけでもないので、大丈夫ですよ。それよりも、これから本当にそのような事態にならないように情報共有させてください。」

「はい、私もそのつもりで来ました。昨日一日でこちらに伺えるように情報収集してきたつもりです。」

郷田は身じまいを正し、自分のカバンの中から資料のプリントを出して、3人に配った。

「先日お渡ししたリストに追加の情報を加えて整理した資料です。名簿の横に何派に属しているか記入しましたが、中間派または総裁を応援する派閥の方が全員でした。私としては派閥を限定して声がけをしたつもりはありませんが、結果としてA葉派の方は私の行動を事態を攪乱して、B総裁に利する行為を行っているという評価をする方ばかりで、お声がけした何名の方からもうそのような動きはするなと釘を刺されました。このリストを作成した時点でここに記載している人たちは同志と考えていましたが、今回のようなことになって一人ひとり全ての先生にもう一度お会いしてお話して確認させていただきました。その結果がリストの派閥の横に記載した結果です。当然と言っていいのか、全ての先生がマスコミに情報を流したことはないと仰っていただけました。何名かの先生かは、私郷田に、情報は漏らしてないんですか?と聞かれました。何か戦略的な意図があって郷田本人は情報を流したとお考えでした。当然、私はそんなことはないとお伝えいたしました。それが真実ですから。」

郷田の言葉を優斗が引き取った。

「わかりました。マスコミへの情報の件はわかりました。犯人はそのほかにいるということですね。それで、郷田先生は今後どのようになさりたいですか?現時点でまだ私は総裁選に立つか、立たないかは決めておりませんが、郷田先生としてどうなさりたいですか?」

「そこまでの助け船を出していただいて申し訳ありません。私の気持ちは最初から変わっておりません。今の停滞した党の状況を打破するのは山田先生のような真の若さを持った指導者しかできないと考えています。経験主義、年功を重んじる先生が多いのは重々承知しておりますが、それ自体が我が党に堆積した垢のようなものだと思います。実力があれば年齢は関係ない。山田先生にはそれを体現する最初の人になっていただきたいと考えています。」

「郷田先生、本当にありがとうございます。私にとっては身に余る言葉です。ですが、お気持ちにお答えしたい気持ちは強くなっておりますが、まだ私には決定できておりません。と言いますのは昨日、私の支持者に集まっていただいてご意見を伺いましたが、どちらかというと否定的なご意見が多かったのです。決してそれだけで判断するわけではありませんが、もう少しお時間いただけませんか?最初にお約束した1週間では結論を出したいと考えておりますので。」

その言葉を聞いたとき郷田の顔から雲が晴れたような明るい表情は浮かび上がった。

「わかりました。ありがとうございます。ご連絡お待ちいたします。今日はこちらに伺って本当に良かった。本当に良かった。」

郷田は同じ言葉を2回繰り返して、優斗の手を強く握った。
優斗は今回の会合を行うまで正直、状況からして郷田が情報のリーク元である可能性が最も高いと考えていた。しかし、今日実際にこうやって会って話をしてみて、郷田は犯人ではないという確証に近い印象を持った。彼は多くの政治家のように策を用いるタイプではないと思った。
 郷田が帰って行ったあと、優斗は飯島に確認した。

「飯島さん、今日私は彼の話を聞いて、今回の情報のリーク元は彼でないという印象を持ちましたが、飯島さんはいかがですか?」

「優斗君、私も同じ印象だよ。彼は策を用いるタイプではなく、正面から体当たりしてくるタイプのようだ。その面では事態の把握という意味では一歩前進したようだ。具体的に犯人は誰かということはわかってないが、竹山の指示のもと何かが行われたのは確かなようだ。竹山が実際にやったか指示をしてやらせたかはわからないが、奴の仕業なのは間違いない。奴らが何を仕掛けてくるか少し探ってみるとするので、また夕方集合としよう。いいな白井。」

と言って飯島は白井の方を見た。白井は黙って強くうなづいた。
  夕方17時に3人は事務所に集合していた。

「優斗君、白井のところに中間派閥の醍醐が連絡してきた、実際に連絡してきたのは番頭の後久だったが。醍醐派は総勢16名の小派閥だが、他の賛同者もいて推薦人が足りるなら我々に投票してくれると言ってくれている。郷田のところの20名を合わせて36名一割程度の勢力に過ぎないが、我々はこの状況でどうすべきか話し合いたい。

「白井、今回の件をどう考える?」

白井は答えて言った。

「私は今まで推薦に参加するという口約束がどれだけ不確かかは、本当に多く経験してきているので、今我々に賛成するとしている議員一人ひとりに確認を取ってから決定すべきではないかと思います。」

飯島が答えて言った。

「確かにその通りだ。しかし、総裁選の告示は1週間後だ。全員にきちんと確認を取るのは難しいだろう。ある程度どちらかに方向性を決めてからことに当たらないといけないと思うが優斗君どう思うかね?」

「基本は白井さんの意見が正しいと思います。それに会って確認をするというのは、やはり立候補前提ということにしなければ、それぞれの議員の先生に会う理由は説明できませんよね。私も前提も状況が許せば出馬したいということですから、出馬前提で賛同者に意見を聞くということで進めたいです。」

飯島は笑みを浮かべ優斗に言った。

「君はそう言ってくると思ったよ。賛同者のインタビューの際に訴える政策の柱を作った。これがその資料だ。」

そう言って飯島は優斗と白井に資料を渡した。

「時間がなかったので、私が勝手に作ったが実際に出馬する際はこれをベースに詰めて行きたい。今回は実際に話をする際は優斗君の考えで修正してもらって構わない。では、白井は明日から約40名の面接時間を決めてもらいたい。醍醐派は番頭の後久に連絡して、醍醐と後久だけでいいかもしれない。兎に角、明日から3日間で終了させたい。4日後には出馬宣言をできるようにしないといけない。では早速かかってくれ。」

  翌朝は朝からずっと面談が続いた。基本優斗の事務所に来てもらう形をとったが、どうしても予定がつかない3名を除いて33名と2日間で全て話をした。ただし醍醐派は、飯島の言う通り、醍醐と後久のみと会った。全て者が彼が立候補するにあたり、推薦人名簿に名前を加え、実際に投票になった際に優斗に投票すると言ってくれた。反対に面談では、優斗への質問も受け付けたが、彼が実施したい政策を聞くものは少数で、ほとんどはこれからの政局がどのように動くかその政局感ばかりを気にしていた。優斗の感覚ではあるが、彼らの大半は自身の主体性が感じられずその政治の状況は予想というよりも、能動的に政界に一石を投じたいというような感覚が全くないのか、話が具体的な方向に向かうときょとんとした表情を返したものも少なくなかった。
  可能な人間の全ての面談が終わって3人は事務所で話し合っていた。飯島から印象を聞かれた優斗は、思ったまま印象を伝えたが、飯島も白井も特段の印象は無い様だった。

「さて優斗君、全ての面接を終了して、我々の向かうべき道はどこだろう。」

優斗は微妙な表情を浮かべた。

「醍醐先生と後久先生との会談は非常に有意義でした。私の示した政策案に非常に興味を示していただけて、是非この政策を一緒にやっていきたいと仰っていただきました。政策の打ち出し方のアドバイスもいただけました。兎に角に万難を排して応援していただけると非常に心強かったです。一方、郷田先生のリストの先生たちは少し期待できないような印象です。郷田先生は、私の政策案に先生なりの観点で意見をいただき論議できましたが、他の先生は大体において政策に関心が無い様な先生が多かった印象です。言葉は悪いかもしれないが、導かれし羊といような印象です。醍醐先生たちとは一緒に総理と対峙していけると思いますが、郷田先生の先生方とは正直、難しい気がします。そんな印象です。」

飯島も若干険しい表情でそれに答えた。

「しばらく前からそうなんだが、優斗君の意見はほとんど私の意見と同じになるようになった。これだけでも君の成長がわかる。もっともっと成長して私を乗り越えて行ってほしいがね。余談はともかく、現在の勢力がそのままなら我々は負けだし、勝てる集団ではないのは確かだ。しかしそれは、状況が現在のままだとした場合のことで、これからも状況は刻刻と変わる。しかしそのレースに参加するには、立候補していることが必要だ。私に一つ考えがあるので、立候補する方向で進んで進めたいと考えるがどうだろうか?」

「状況は刻刻と変わるとは具体的にどんなことですか?」

「簡単な話、B氏に投票しなくて、B氏が勝った場合、非主流になることが確定してしまう。ということは、B氏を良しとしない人たちにとって何とか、どのような方法をとっても勝てる方法を編み出そうとするだろう。その時の状況でどのようなこともあり得るということだよ。」

 「これは私の政局感だが、今回は優斗君にチャンスが訪れると考えている。是非チャレンジすべきと考えるよ。優斗君はどう考えるかね。」

「ここ数日僕も国会議員の先生たちと我が党のトップのあるべき論を、ずっと話し合ってきましたが、改めて思ったのはこのことは一人ひとりのそれぞれの思いの結集でなければいけないといことです。例え、出る人、出ない人の立場には分かれても、単純に誰かに従うというのではなく本当の意見の共鳴があった後の指示・応援でなければいけないと感じました。その意味で私に行いたいことがあり、それを応援してくれる方たちがいて立候補することが可能なら出なければいけないと思います。」

「わかった優斗君。その方向で進めよう、これから白井と詳細を詰めるが、一応、明日立候補表明会見を行う心つもりをしておいてほしい。」

優斗は席を立ち、飯島と白井は打ち合わせを続けていた。

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