【ベトナム旅行記②】初めて孤児院に行った話と、やっぱ酒っていいよね!っていうクソみたいな話

ベトナム旅行記⓪→ https://note.mu/riyaaaaaac/n/n3a92a59a62e2
ベトナム旅行記①→ https://note.mu/riyaaaaaac/n/n876dfef9e306


<前回までのあらすじ>

あのこ、人生の全てが嫌になって訪れたベトナムではホーチミンの何だか怪しげなホテルと何だか怖い女の子と一緒になって不安がいっぱいだったけれど、初日は変なおじさんに奢ってもらうことで無事餓死の危機からは逃れることができた・・・!!
変なおじさんの正体はわからなかったけれど、とりあえず二日目がスタートする。子ども嫌いのあのこはベトナムの孤児院でのボランティア活動を乗り切ることができるのか__?(B級ドラマ感)

さて、二日目の朝がやってきた。この日は8時にホテルのロビーに集合。早い……と思ったけれどまぁ日本時刻では10時。まぁ順当である。

下に降りていくとソンさんが笑顔で迎えてくれて、その横にははるのちゃんと、ボランティアのメンバーと思われる日本人がちらほらと集まっていた。

みんな少し眠たそうな顔をしながら、それでも全員一人でボランティアに参加している猛者らしくて、不安そうな顔で、各々自己紹介を始めた。

というわけで、ベトナム生活を共にすることになったいかれたメンバーを紹介するぜ!(イかれているのは私だけである。目を覚ませ)

まずは赤リップが印象的で、髪の毛を後ろできつく縛った女の子、はるのちゃん(仮名)。1日目を共にすることで何となく印象が「強い女の子!」に定着しつつあった彼女は今は私より一個下の二年生らしい。しかも、大学が一緒だった。そう言われると私の大学にいそうなタイプだなぁと思ってしまい、特に驚きもしない。食べるのが早い。

その隣にいた髪の毛の短い大人しそうな美女は、りおちゃん(仮名)。大学三年生ということは、私と同じ年齢だ。大人しそうだけれど目がぱっちり二重で、めちゃくちゃ可愛い。いやはや羨ましい限り。ベトナムに来たのは二回目だということで、地理感覚もつかめていて、とても心強かった。私も来たことあるはずなんだけど全くみんなの力になれなかったんだよなぁ……。おかしいなぁ……。

そして一人、こういうときお約束のようにいるのが「集合時間になってもこない人」だ。

数分経っても来る気配がなくて、しびれを切らしたソンさんが部屋まで呼びに行くと、

「ごめんなさい〜〜」

と素っ頓狂な声をあげて、髪の長い小さな女の子が慌ててやって来た。ひかりちゃん(仮名)は、一見ふわふわとしているけれど、東京の某国公立大学に通い、まだ一年生なのに海外のボランティアに参加する、めちゃくちゃに活動的で元気な女の子だった。

これで全員なのかな?と思ったら、まだ後ろに一人立っていた。

体は大きくて存在感のある人なのに今まで気づかなかったのは、最後の一人が、まるで引率の先生みたいな貫禄のある、30代か40代くらいの女性だったからだ。

日本では学校の先生をしているらしいその女性、藤原さん(仮名)は、
孤児に興味があるということで大学生の私達なんかよりもずっと真剣な眼差しでソンさんの話を聞いていて、とても頼りになりそうな、母親のような安心感を私たちは感じていた。

さて、五人全員が揃ったところで、孤児院に向かう。

孤児院はホテルから15分ほどタクシーに乗ったところに建っている。

この日は少し離れたバス停に行ってバスで向かったけれど、いやぁ、あれだね。
ベトナムって本当に物価が安いね。

バスに乗って数駅進んだって、6000ドン。日本円に直すと30円だ。

タクシーに乗ったって、やっぱり安い。大体初乗りで日本円だと60円くらいだと言われているが、実際、私たちはこの旅で何度もタクシーを利用したけれど、毎度一人当たり数十円で済んだので、かなり安かったと思う。

だが、これはまた後日記載するけれど、私は以前ベトナムでタクシーに乗った時にお金をすられたことがあったのでタクシーも100%は信用できない。

それもまたベトナムの怖いところであり、同時に良さでもある。

そんなこんなで安いバスにゆられ、ぼんやりと車窓の外を見ていると、孤児院に到着した。そしてその孤児院として利用されている寺院を見て、私たちはあんぐりと口を開いた。

なんだこの建物。
まるで遊園地のような寺院が、そこにどん、と構えていた。

プラスチックで作られたような金色の仏様の像、少し剥げかかった塗装の施された大きな龍、仏教のお寺のはずなのにずらりと並ぶ八福神みたいな神様__。

なんだここは。私たちをどこに連れていくつもりだ。

庭園にある怪しげな池を通り抜け、ジェットコースターが奥から現れそうな暗い洞窟を模した建物の隣を通り過ぎ、不信感が高まるのを抑えながら私たちは建物の方へと進んでいくと、

甲高いはしゃぎ声が、雨に混ざった(言い忘れていたがベトナムは今雨季なので、毎日雨が降っている)ちょっと・・オシッコくさい空気に乗って遠くから運ばれてきた。寺院に入ると小さな子ども達が大量に視界に入ってきた。

今日は見学だけということで、私たちは寺院内を見るだけだ。

おしっこ臭いのがちょっと不快感をくすぐったので、こっそりと息を止めながら歩いていた。ごめんな、子ども達。

おそらく年齢ごとに子供達の部屋は分かれていて、各部屋には子供が出ていかないように、なおかつ大人がすんなり出入りできるように、子供の身長ほどの鉄骨が設置されている。

その中から子ども達は見学に来た私たちを興味深そうに見つめていて、その中には外に出たくて大声で泣きじゃくっている子もいた。
そして案の定、子どもの泣き声なんてのをあまり純粋に可愛いと思えないひねくれ者の私は、寝ぼけた頭でこんなことを考えていた。

動物園みたいだな。

至って、素直な感想である。

まるで檻の中で見世物になっている動物みたいに、彼らは私たち大人から丸見えで、その中で大声をあげて泣いていた。

元来子供が好きじゃない私はあまり良い気持ちでは彼らを見れないのだけれど、それでも「この子達にはみんな親がいない」と言われたらやっぱり少し切なくなってしまうし、かといってキラキラとした顔で楽しそうにはしゃいでいる彼らを見て同情するのもなんだか違う気がするし、そしてまるで動物を見物するかのようにでしか彼らを見れない今の状況になんとも言えない恐ろしさを感じて、複雑な思いをぎゅぅっと抱きしめて、私はオシッコ臭い道を歩いていた。

孤児院での活動は明日からになります、とだけ言われて、私たちはその日はホーチミンにあるベンタイン市場を軽く観光したのち、ソンさんとお別れをして、ホテルに戻り、日本語学校に向かった。

日本語学校?何それ?と思った方もいるかもしれない。大丈夫だ。私もこのとき、そう思った。

実は私たちのボランティアのプログラムというのは二つあって、一つが孤児院の子ども達の相手をすることで、もう一つが、日本語学校に通うベトナム人に日本語を教える、というものだった。

とは言え私たちはベトナム語なんて一文字もわかんないから、彼らの日本語の教科書を読み上げるのを聞いて、発音を正したり間違っている問題を訂正したりするだけだ。

ぶっちゃけこれは無賃金労働みたいなもの(ボソッ・・・)だけれど、楽しかったから良いだろう。

日本語学校が終わると、そこの元生徒さんだという日本語の喋れるベトナム人の女性と一緒に、ご飯を食べた。

普段の観光でならきっといかないようなローカルな居酒屋で、さんざん飲み食いをして、彼女の友達で日本語学校に留学したいらしいベトナム人のお兄さん、お姉さん達もやって来て、また酒を飲んだ。

ベトナム人って、私が想像してたのより何倍も優しくて、温かく出迎えてくれる。みんな私たちみたいなエイリアンと会話をし、ご飯を食べるのが嬉しいみたいで、本当に手厚く、色々な料理を食べさせていただいた。

いやぁ、言葉は通じなくても雰囲気で繋がる。

いいね、お酒って。

しかもこの国ではたらふく食べて、何倍飲んだって、お金はひとりあたり800円もいかない。

だいたいさ、居酒屋で飲むビール一杯が100円くらいで、その辺に売ってるタバコも全部100円。

「高級」と言われているベトナム銘柄のタバコ「555」でさえ、250円で買えるんだ。ヨーロッパだと1500円もするようなタバコが、その十分の一の価格で手に入る。

それに対して、ちょっと普通の喫茶店で飲むカプチーノが200円くらい。

もうこれじゃ、この国にいれば文化的な生活なんて諦めて酒を飲んでタバコを吸って毎日を過ごすことを余儀なくされているようなもんじゃあないか。

何もかもが安い。

汚くて臭くて綺麗で輝いていて治安が悪くて優しくて温かくて生ぬるい。

わけがわかんない、天国のような地獄。

ベトナム二日目の夜だ。楽しもうじゃないか。

淀んでいて生ぐさくてどこか嫌いになれない風に吹かれながら、汚い街に向かって私はビールジョッキを揚げた。

(てか向こうの国ではなぜかビールにストローがつく。お子様ドリンクか?お子様も飲んでいいよってことなのか?ダサい。)

続(けばいいなぁ。)(話が分散しそうなので、時系列にまとめるんじゃなくてトピックごとにまとめていきたいなぁ)

あのこ

twitter→@Anooooooc

オ…オ金……欲シイ……ケテ……助ケテ……