見出し画像

地に落ちた言葉



やりかたを忘れてしまったかのように、不器用に息を吐く。


モノクロの世界が、私の背中でつねにぴたりと張りついています
何処までも暗く、重く、濃い暗闇色をした声が耳元で、
終わらない呪詛を吐きつづけているのです

ずっと、ずっと、逃れられない呪いの声

何故まだお前などがいるのだ?
お前などいないほうが良い。
お前にはそこまでの価値などない。
お前にできることなど何もないのだから。
そう責め立てる呪いは、何度も何度も私をばくりと飲み込み、
容赦なく、心を砕き殺し続けてきたのです


──どれだけのことをしても、どれだけ素晴らしい人の振りをしても、
本当の私を見てもらえることはないと気づいたのは、
いつだったろう

視線の先にひろがるのは過去の虚栄と未来の虚像
私と同じ顔をした、私ではない理想の私だけで成り立つ世界

理想という名の光は強烈な振る舞いをもって容赦なく私を痛めつけ、
お前は違う、理想ではないお前などいらないと叫んでいるのです
苛烈な光と像の向こうに落ちる、暗く重い出口のない闇に潜む汚泥こそが
本当の私なのに

空っぽな汚泥の塊である私はただ、
迫る世界から逃げたいだけ 責める声を止ませたいだけ

ただ独りよがりに苦しくて、モノクロの世界でうずくまる

ずっと、そして、きっといまも。


ひとり見知らぬ場所へ旅にでているとき
声が和らぐ気がします

こんな汚泥のような私にも、
ほんの僅かでも価値があるかもと…おもえるから
本来価値などない私にかかる、一晩のまやかしだとしても…
それでも息絶え絶えに溺れそうな夜では、息継ぎくらいになるのです

だから世界中を回るのです ただひたすらに、
溺れぬように、
夜の底を、不器用に彷徨うのです


私のことを“兄貴”と呼び親しんでくれる人の隣にいる時に感じるのは
ほんのすこしの誇らしさと、多大な心苦しさ

貴方のひかりを、私はいつかすべて飲み込んで
食い尽くしてしまいそうで…怖いのです
隣にいるだけで、くるしいのです

だから、ああ、もう
ひかり持つものが、こちらに来ることがありませんように、と
この闇で周囲の素晴らしい道を塗りつぶしてしまいませんように、と
切に願いながら、祈りながら、遠巻きに微笑み、消えてゆくのです



──いまだ終わらぬモノクロの世界は、
私の背中に、ぴたりと常に張りついている

終わらない夜の底を、彷徨い続けている





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?