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【特別対談】大河ドラマを通して「歴史」と「いま」をつなぐこと。ーー「伝える」面白さ、難しさとは?

2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」。
平安時代に『源氏物語』を生んだ紫式部の生涯を描くこのドラマにおいて、
文学部史学科の佐多芳彦教授が風俗考証を、
文学部文学科の根本知特任講師が題字揮毫と書道指導を担当している。
大河ドラマを通して「歴史」を現代に伝える面白さ、難しさを語り合った。

文学部史学科教授 佐多 芳彦
さた・よしひこ/立正大学 文学部史学科、同大学院 文学研究科史学専攻 教授。博士(歴史学)。専門分野は有職故実、歴史図像論(絵画史料論)、歴史情報論、衣服に関する研究。

書家・文学部文学科特任講師 根本 知
ねもと・さとし/立正大学 文学部文学科 特任講師。博士(書道学)。専門分野は日本書道史、特に本阿弥光悦の書に関する研究。教鞭を執る傍ら、書の個展も各地で開催。



―お二人が大河ドラマ「光る君へ」に関わることになった経緯を教えてください。

佐多:2012年放送の「平清盛」以来、多くの大河ドラマで風俗考証を担当しています。史実とストーリーの整合性を調整する時代考証に対して、私が携わる風俗考証は画面づくりに関わります。衣装をはじめ、セット、儀式、人物の所作などで、その時代の空気感が画面に出るようにするのです。私は平安時代の貴族の有職故実が研究のスタートなので、「光る君へ」はまさに専門分野の考証となります。
根本:私は書道の中でも「かな」を中心に創作や指導を行い、日本書道を研究してきました。「光る君へ」は書道シーンが多いことから、まずは書道指導にお声がけいただきました。題字揮毫のお話をいただいたのはその後のことで、たいへん光栄に思っています。
佐多:風俗考証で苦労するのは、制作スタッフにその時代の空気感を理解してもらうことです。現代人と昔の人では感覚が異なるので、伝え方に工夫が必要です。今回の「光る君へ」の場合は平安ですが、戦国なら戦国、江戸なら江戸の空気感をスタッフと共有することが必要なので、言葉を選び、今の人にわかりやすく伝えています。
根本:空気感の重要性については、私も感じています。平安時代の書はかな文字で流麗なイメージですが、実は紫式部の時代は美しくなっていく過渡期。そこで俳優さんには「イメージどおりに書かなければ」と構えすぎる必要はないと伝えています。主演の吉高由里子さんは左利きですが、演じるにあたって右手で筆を持って書いています。利き手ではないため軽く筆を持つのですが、余計な力が入らないやんわりとした雰囲気が、かえっていい空気感につながっています。

―撮影現場に立ち会うこともあるのでしょうか。

佐多:僕が多いのはセットのチェックや、儀式シーンの立ち合いです。「光る君へ」は文字を書くシーンが多いので、根本先生は現場立ち会いがかなり多いでしょう。
根本:今回初めて大河ドラマに関わっていますが、考証に多くの専門家が関わっていて、制作スタッフはその意見をまとめ、問題を解決してから撮影に臨むことを知りました。大変ですが、皆で一つのものをつくっていく一体感があります。
佐多:研究者は基本的に一人で仕事をすることが多いのに対して、ドラマ制作の現場には、チームで形のないものをつくりあげる喜びがありますね。

―大河ドラマでの経験は、大学での授業に生かされていますか。

佐多:研究で得る知識は平面的で2次元ですが、撮影現場で着こなしや色の組み合わせなどに関わることで、知識が立体的になります。衣服なら、人が着た姿が頭に浮かぶようになるわけです。こうした経験が、授業の際のより伝わりやすい説明につながっています。
根本:学生と話していて感じるのは、文学や歴史を過去のものととらえるのではなく、今につながっているのだと感じてもらう重要性です。私は、過去を顧みて今に生かせることを抽出するのが、文学や歴史の役割だと思っています。
佐多:そうですね。学生にとって歴史は遠いものに見えるかもしれないけれど、実は現代に共通する部分がたくさんある。それを伝えていくのが、私たちの課題だと考えています。例えば、平安時代の衣の配色である「重ね色目」に「撫子」という配色パターンがあります。ところが現在の日本で撫子と呼ばれるものは、戦後入ってきた「石花」という園芸種で、日本の原生種とは色が違うんです。だから重ね色目の撫子と比べても、共通点がわからない。日本人自身が日本のことをわからなくなっている。歴史が現代の問題に直結しているわけです。
根本:近代化によって忘れてしまったまなざしや感覚ですね。一方、歴史を知ることによって、再発見する喜びもあります。
佐多:我々が研究を進める原動力も、そうした発見に対する喜びや達成感にあります。それは学生たちも同じだと思うので、いかにわかりやすく伝えるかが我々の課題ですね。
根本:「光る君へ」をきっかけに、歴史や書道に興味をもつ学生が増えるといいですね。

―「光る君へ」の見どころを教えてください。

根本:紫式部や藤原道長をはじめ、登場人物それぞれの書く字の違いに気を配りつつ、俳優さんの性格や演じ方に合わせた指導をしています。その細かなこだわりを見ていただけると面白いと思います。
佐多:「真実は細部に宿る」という言葉がありますが、根本先生の書も、僕の有職故実も、細部にこだわって積み重ねていくことで、見ている人にとって現代とは違う世界だと伝わるわけです。
根本:まさに当初おっしゃっていた、空気感が伝わるということですね。
佐多:はい。ぜひ平安の空気感を探していただければと思います。


文=上野裕子(ピークス) 撮影=高野楓菜(写真映像部)


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