他人軸を借金ととらえて色々哲学する

他人軸で生きるのはエネルギーの借金

他人軸で生きるのはエネルギーの借金

私は、自分の思いとか感性とかを押し込めて、人の感性ばかり合わせるのって、エネルギーの借金しているのと同じな気がするんよね。
人に合わせたら、その時は何も自分のこと考えることなく、ラクに承認がもらえるけど、その分自分の中身は育たないから、結局合わせ続けるためにエネルギーを支払い続ける。
そうしてるとますます自分を出すのが怖くなる利子までついてくる。
その利子がでかすぎるんで、もはやエネルギーのリボ払い。。。

借金は膨らんで人のも奪ってしまう

そうして自分の中のエネルギーが枯渇してくると、周りのエネルギーまで奪っていく。
頭では「いけない」とわかりつつも、「自分はこんだけ頑張ってるんだからこれぐらいいいじゃん」とかいって、理不尽を人に押し付けだす。
それは、人の財布からお金を抜き取っていくような行為。
そこまでわかりやすくなかったとしても、やっぱり節々ににじみ出たりする。
本人がどんだけ気を付けてても、周りは不自然さというか・・・心の底から話してない違和感を感じるから、一見その人が良い行いをしているように見えても、話した後とかがっつりエネルギー奪われてたりする。

ちなみに、関係が近しくなるほど借金は顕著になってきて、家族になってくると、もはやエネルギーの連帯保証人。
家族は近しい存在だから、普段あった小さな幸せも、共有することで2倍になって豊かになれる素敵な要素だけど、誰かがひとたびエネルギーを奪ってしまうぐらいエネルギーが足りなくなると、他の家族のエネルギーも一気に削られていって枯渇する。
そしてエネルギーが枯渇した家族は、きっと友人とかのエネルギーも奪ってしまう。

私がそういう負の連鎖のきっかけになったり、加担するのは、嫌だなぁ。

自分軸で生きることは世界に対する責任

ということは、自分軸というものを考えて、育てて、それで生きていくって、自分が気分よく豊かに過ごす為だけじゃなくて、もはや世界に対する責任なんじゃないかって思う。

どんだけ頭ではわかっていたとしても
気分よく過ごせてない人は、気分よく過ごす人を認められないし、
人の軸で生きている人は、自分軸で生きている人を認められない。
気分よく過ごせている人は、気分よく過ごす人を歓迎するし、
自分軸で生きている人は、自分軸で生きている人を面白がって歓迎する。

自分から明るい世界は創られる

全ては自分から。
世界が最高に自由で楽しい場所であり続けてもらう為に
自分が一番、心の底から自由で楽しい自分でいる必要があるんだ。
そういう自分を、自分自身で作ってく必要があるんだ。
人に幸せを依存するんじゃなくて、自分のことを常に一番考えることができる自分が、一番自分を幸せにしていくんだ。

そこにエネルギーを投資するご褒美は、いつでも目新しく飽きない楽しい世界。
皆が自分軸を大切にして、自由に心から楽しんでいけば、私が予想もしなかった面白いコンテンツがきっとどんどん作られるから。
そういう世界が続いていけば、私は年を経るごとに新しい体験ができて、刺激が適度にあって楽しく豊かだと感じる人生を歩み続けられる。
これは最高の配当だと思う。
私が世界を、一生飽きずに楽しむ為に、私自身が自分軸を育て続けて広げて、正の連鎖を作っていこう。

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