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祖父を懐う

私には尊敬する人がいる。母方の祖父だ。

会社を経営する傍ら保護司として更生を助け、平成14年には国からの褒章を受けた。
正しく生きる祖父は今でも私の道標になり、こんな人間に私もなりたいと憧れている存在である。


関西大學、学歌斉唱!

と、声高らかに叫ばれても、ほとんどの学生が呆気にとられてしまうだろう。大学の学歌なんて、応援団のや体育会に所属していないときっと歌う機会もなく卒業してしまう。

でも、私は知っていた。
幼い頃からそのメロディーをずっと聞いていたから。

祖父は関西大学経済学部出身で、学校をこの上なく愛していた。在学時は体育会硬式野球部に所属し、親友とバッテリーを組み学生生活を謳歌。卒業後も校友会に属し、亡くなるまでは地元の校友会支部長を務めていた。

寡黙で少し怖い祖父だったが、お酒を飲むとそれはそれは饒舌に学生時代の思い出を語った。祖父から聞いた思い出は本当にキラキラとしていて、私は自ずと関西大学に憧れた。

「Risaちゃんも、関大に入るんやで」

そして祖父は最終的には学歌を歌い、酔っ払ってソファで眠るのである。

そんな祖父を見て、高校生の私は進路を大学進学・志望大学を関西大学に決めた。
自分にとって1番身近だった大学だったこともあるが、祖父のように学び、一生の友を得て、この学校を味わい尽くしたい。迷いはなかった。

結果的に私の学生生活も、本当に素晴らしいものとなった。

一生の友ができた。

憧れていた人的資源管理論研究ゼミで、何故を問う姿勢を身につけることが出来た。

入試広報課のアルバイトで、思いっきり大学愛を受験生に伝え、広報用のハガキにも私の写真とコメントが使われた。

サークル活動のよさこいでは、100人を超えるメンバーと作品を作り上げて、日本全国を踊って駆け巡った。青春だった。

結果的に校友会イベントでも演舞を披露させていただき、祖父に踊る私を見てもらうことができた。
「Risaちゃんが大学で踊っている」という情報だけでチアリーディングをしていると勘違いしていた祖父は、祭りのメイクで固めた顔にハチマキを巻いて、長法被に地下足袋を履いた孫を見て腰を抜かしそうになったそうだ。

私も祖父と同じように、この大学で最高の一瞬を駆け抜けていた。

しかし私が大学を卒業する2012年、2月に祖父は亡くなった。あともう少しで卒業という、寒い寒い深夜のことだった。卒業証書も、袴も、見せることが出来なかった。悔しくて悔しくて、涙が止まらなかった。

祖父を送るお通夜で、私は弔問客の皆様の前で私を導いてくれた祖父に感謝を伝えた。祖父のように生きたいし、生きねばならない。自分にどこまでできるかは分からないが、祖父の孫であることと、関西大学で学んだことに対して誇りを持って生きたいと。

あれから8年以上年月が経ったが、祖父は今でも私の近くにいてくれる気がする。
祖父に恥じない生き方をしたい。私を大切にしている家族に、周りの大切な人たちに恥じないように生きていきたいのである。

祖父に会える日まで、清く正しく美しく私は生きるつもりだ。ありがとう、おじいちゃん。

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