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『竜の夢見る街で』の風景2。


また『竜の夢見る街で』1巻から抜粋。後半はネタバレの危険があるのでどうしても前半からの抜粋が多くなりますね(^^;)

この作品は現代ロンドンが舞台なので現実に存在する場所や店に行ったりします。ロンドンのリージェント・ストリートのアップルストアもそのひとつ。この作品を書いたのは2008年頃で、アップルストアはまだちょっと物珍しい存在でした。この頃売られていたMacBookには「プロ」とそうでないただのMacBookの2系統があり、外見は良く似ているのに値段と性能がかなり違ったのです。MacBookairはまだありませんでした。また、当時のiPodは録音が出来なかったため、それを補うためのサードパーティ製の録音アダプターが売られており、主人公コリンがそれを使う場面があります。わずか数年で今は昔、の描写になってしまいました。旬のものや新しいテクノロジーは古くなるのが速いのです。
なお、主人公がMacユーザーなのは、作者の趣味です。


リージェント通りのアップルストアのストリートビュー

https://www.google.co.jp/maps/place/Apple+Store/@51.514295,-0.141607,3a,75y,260.85h,90t/data=!3m4!1e1!3m2!1s70o3pE_QNDuxblFNAnuexQ!2e0!4m5!1m2!2m1!1zTG9uZG9u44CA44Ki44OD44OX44Or44K544OI44Ki!3m1!1s0x4876052ab0153ab5:0x7ae2ccb839bcd397!6m1!1e1?hl=ja


“ ロンドンのどまんなか、リージェントストリートの両側にはジョージ王朝風のテラスハウスがびっしり軒を連ねている。オックスフォードサーカスからピカデリーサーカスまで弓なりに続く優雅な石造りの渓谷だ。オックスフォードサーカス側から赤いダブルデッカー・バスや黒塗りオースティンがひしめく大通りを少し南に下ったところにアップルストア・リージェントストリート店はある。

 歩道を並んで歩きながらランプトンが言った。「逃げるんじゃないぞ、子鼠。逃げても無駄だからな」「逃げやしないって」
 新品のマックをタダで手に入れられるかも知れないときに逃げるわけがない。それに、逃げたってどうせ住んでる場所を知られているわけだし。

「ここだよ」
 ストアは通りに立ち並ぶ他の建物と同じジョージ王朝風テラスハウスを改造したものだ。正面左右の高窓の硝子のアーチには白い巨大な林檎マークが右左に二つずつで計四つ、ぽっかり宙に浮かぶように横一列に並んでいる。 ランプトンは形の良い眉を顰めて林檎マークを見上げた。

「前に来たときにはこんな店はなかったぞ。この建物は英王室の所有だった筈だが……」
「いつの時代の話をしてんだよ」
 どうもランプトンの吸血鬼疑惑が拭えない。

 まあ、この店はオープンしてまだ数年だから、たまにしかセントラル・ロンドンに来ない人間は知らなくてもおかしくはないんだけれど。でも王室の建物だったって本当なのかな。あとで調べておこう。
「入るよ、ミスタ・ランプトン」「ああ」
 肩を並べて林檎マークの下をくぐる。ランプトンはフロアの中央から二階へと続く名物の硝子の階段の前でぴたりと足を止めた。階段を見上げたランプトンの顔から一切の表情が消える。透き通った薄紫の眼は大きく見開かれたまま瞬き一つしない。

「……あの階段は割れないのか?」
「まだ割れたって話は聞かないけど」
「全く人間は驚くべきものを造るな」

 その言い方がまず人間らしくないんだよ……。

ランプトンは白と黒と銀色と淡い緑の磨硝子とで形造られた店内を茫然と眺めている。すべての表情の消えた美貌は常にも増して非人間的だ。 正直言って、キャスパー・ランプトンがここまでの美丈夫じゃなかったら別にどうということもない光景だった。初めてこの硝子の階段を見た人間の反応なんてたいがいこんなものだ。だけど、この世のものならぬ超絶美形が茫然と硝子の階段を見上げているのは厭でも人目を引かずにおかない。悪目立ちもいいとこで、まるで何かのCMのワンカットみたいだ。実際、撮影だと勘違いして辺りを見回してカメラクルーを探してる客もいた。コリンはランプトンの袖を引っ張って小声で言った。

「ミスタ・ランプトン、人が見てる」
「あ、ああ」

 ランプトンの無機的に美しい顔に表情が戻ってきた。彼は溜め息を吐き、まだ階段から目を離さずに小さく囁き返した。
「……どうせいつも見られてる」
 なるほど……。美形には美形なりの苦労があるんだ。 そういえば自分も初めてランプトンを見たとき思わずカメラで追っかけたのだ。考えてみればランプトンが何か悪いことをしようとしたら目立って仕方がないだろう。真っ昼間の公園からこっそり子供を連れ去る、なんてもってのほかだ。

 コリンは展示品を見る振りをして店内の様子を観察した。ここはデートスポットとしても人気で、店内にはカップルが多い。そのカップルの女性客のほとんど全部と、そして男性客の二割くらいの視線がランプトンに釘付けになっている。揃いの黒いTシャツを着たスタッフの視線もだ。おまけに心なしか自分まで変な眼で見られている気がする。ランプトンとワンセット扱い、みたいな。
 なんか厭な感じ。ランプトンはともかく、自分がそう見られるとは夢にも思わなかった。せっかく久しぶりに来たけどなるべく早く店を出た方が良さそうだ。
「あんたが払うんだよね? さっさと買って帰ろう」
「ああ。銀色のやつだな?」
「そう。銀色の……」
 言いかけて気がついた。コリンが使っていた古い型のブックはもう廃番で売っていないから、ノート機といえばマックブックだ。どうやらランプトンはマックはおろかパソコンのことは何も知らないらしく、『銀色』ってことしか理解していないらしい。。画像をモニタ画面で見るだけなら安い方のマックブックでもかまわないわけだけど、この際だからランプトンに高い方のマックブック・プロを買わせてやろう。値段が高い分、段違いに高機能だ。 コリンは鈍い銀色に輝く展示品のマックブック・プロ十五インチ・二、五三ギガヘルツを指さして叫んだ。
「うん、そうなんだ、その銀色のやつ!」
 一千と七百四十九ポンド、プラス物品税也の代金をランプトンは小切手で支払った。硝子の階段の奥のレジで会計をしたスタッフは明らかにそっち系で、ランプトンが銀色混じりの金髪を額から掻き上げつつ流れるように小切手にサインするのを惚れ惚れと眺めていた。それから敵意のこもった視線をちらりとコリンに投げかけた。

 あれは絶対誤解してるぞ……。 たぶん、あの販売スタッフはコリンのことを高価な玩具をねだる我が儘なツバメだと思っているに違いない。確かに傍目にはそう見えるだろうけどさ……。物事は必ずしも見た目通りじゃないってことをもっとみんな知るべきだよ。”



連載時の小説ウィングス表紙を飾ったキャスパー・ランプトン氏。
イラストは樹要先生です。


投げ銭代わりにアマゾンのリンクを貼っておきます。まだ在庫ありです。

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