2007横浜の世界SF大会日記3

31日の2。午後の部。

メイドカフェで落ち合った友人と別れたあと、3時からホブ先生のサイン会、4時からエレン・カシュナーさんとデリア・シャーマンさんの「ファンタジーと伝承音楽」です。
今日はお昼もちゃんと食べられたし、ボランティアもお休みだし、展示棟をゆっくり見よう、と思ったんですが、サイン会場がどうなっているか気になってつい行ってしまいました。まだ3時のサイン会には少し時間があります。

サイン会場のフォワイエに着くと、サイン会スタッフチーフのIさんが
「あっ来てくれたのか!」と叫ぶ。
「違うわよ~今日は客。サイン貰いに来たんだから」
「ああっ、そうなのか……」
 どうも、今日はサブの通訳が足りないらしいのです。Iさんは私の10倍くらい英語が上手いので彼がいる間は問題ないのです。しかし、いかんせんIさんは身体が一つしかない。彼が責任者として本部とサイン会場の間を走り回っていたり、複数の英語圏作家さんが同時にサイン会をする場合(そういう場合が多い)、どうしても通訳が手薄になってしまう時間が発生する。
「じゃ、4時まで」と、いうことでそのままお手伝いに入りました。
 4時からの「ファンタジーと伝承音楽」はどうあっても死守せねばならなかったので(^_^;)

3時からのサイン会はロビン・ホブさんとエスター・フリーズナーさん。サインを貰いに来たつもりだったけれど、ホブ先生のサポートが出来たのはかえって良かった。サインも貰っちゃいました。

4時少し前に抜けさせて貰って「ファンタジーと伝承音楽」へ。
これは何があっても見逃せない。伝承音楽、つまりトラッドとファンタジーが同時に語られることは日本では少ないのです。ファンタジー好きの人はいるし、トラッド好きの人もいる。でも、その両方となると、かなり限られてしまうのです。
今日の企画は「吟遊詩人トーマス」のエレン・カシュナーさんをお呼びし、田中光さん/Yasukoさんによるライブ演奏でお迎えするという贅沢きわまりないもの。そしてこのパネルを企画したパネリストはひかわ玲子先生です。
日本人の習性で一番前の席が空いていたのでうまいこと一番前の列に座れました。

さて、4時になりエレン・カシュナーさん、デリア・シャーマンさんが来場。みな拍手で迎えます。
ところがプロジェクターの機材が揃わず、パネルが始められません。ひかわ先生が日本語版の「吟遊詩人トーマス」の表紙のカラーコピーを聴衆に示し、作品についての説明で場繋ぎを始めました。

なんで表紙のカラーコピーを……? 
あっ、と思いました。現物がないんだ! 
絶版だし、誰も持ってきていなくても不思議じゃありません。

昨日サイン会に持って行きそびれた「吟遊詩人トーマス」。
思えばこの本、家を出る直前に絶対見つからないだろうと思いながら書庫を覗いたら、どういうわけか書棚の一番手前の横積み本の山の、一番上に乗っていたのです。二年前に引っ越してから一度も見ていなかったのに。時間があったら読み返そうと思ってそのままハンドキャリーのバッグに入れて持ってきたのです。
今日は持ってきていました。
そうか、それはこのためだったのか~~! と、パネル席のひかわ先生にパス!(一番前の席なので手を伸ばせば届く)。

こうして「吟遊詩人トーマス」はひかわ先生の手に渡り、お客さんに表紙を見せながらさくさく話が進みました。良かった~~
そうこうするうちに機材が整い、無事スタート。

そうこうするうちに機材が整い、無事スタート。
田中光さんのギターによる弾き語り、曲目は「Jack o'rion」!
しかも、ペンタングル・バージョンの演奏で!

「ジャック・オライオン」は、「吟遊詩人トーマス」の冒頭に掲げられている「グラスゲリオン」の別名。「ザ・ペンタングル」による「Jack orion」については以前に私の日記ブログの音楽欄でご紹介していますので、参考までに↓

http://ririshimada.blog4.fc2.com/blog-entry-612.html

このとき演奏されたのは最初のいくつかのスタンザ(連)だけでした。18分以上ある大曲なので仕方がないのですが、もっと聴きたかった……。

そして、エレンさんのバラッド・トーク。
そも、バラッドとは何か?
バラッドとは叙事詩でもある伝統音楽。その歌詞は独立した詩としても読まれ、小学校で使う詩の本には有名な詩人の詩と並んで必ず「詠み人知らず」の詩が乗せられており、それがバラッドの歌詞だったこと。そのように叙事詩、物語詩として子供のころからバラッドに親しんできたこと。そして同じバラッドにはいくつものバリエーションがあり、その違いを楽しめること。作者不詳であり、バラッドを愛する誰もが自分の作品に使うことが出来る自由さがあること、など。
「吟遊詩人トーマス」の中では妖精世界での謎解きのため独自の解釈でバラッドを使った、とのこと。

それからデリア・シャーマンさんのお話。
デリアさんは「The maid on the shore」というバラッドに触発されて同名の短編を書かれたそうです。そのバラッドはとても不思議な内容で、海辺にすむ一人の少女がそこにやってきた船の乗組員たちを眠らせ、宝物を奪ってしまう(間違っていたら済みません……そう言っているように聞こえたので……というか、この曲持ってるんですけど、歌詞よく聴いたことが無かったんですよね……^^;)んだそうです。でも、バラッドにはその理由も原因も結果も何も言及されていない。ただ、「そういうことがあった」というだけ。だからデリアさんはその部分を自由に膨らませて物語を作り出したんだそうです。すっごく面白そうでしょう? 読んでみたいのに翻訳はされていないとのこと。残念。短編はなかなか翻訳されないんですよね……。デリアさんはエレンさんとの共著「The Fall of the Kings」も出されています。こちらは長編なので翻訳される可能性もあるかも。

バラッド・トークで面白かったのは田中光さんによるチャイルドの話。バラッドの世界で「チャイルド」と言えば泣く子も黙るフランシス・ジェイムズ・チャイルド教授のこと。19世紀に近代化により消え行く危機にあったブリテン島の伝統音楽を収集し、分類し、ひとつずつにナンバーをつけてきっちり記録したえら~い先生です。現在残っているブリテンの伝統音楽にはすべてこのチャイルド教授によるナンバリングがなされ、「チャイルドの何番」と言えばすぐどの曲か判るようになっています。
そこで、チャイルド・ジョークなるものが登場。
自分のことを詩にして歌っている一人の男。なんでそんなことしてるの? という問いに、「チャイルド教授が採集にくるかも知れないから」と答える。チャイルドの何番、になれば自分自身の物語は永遠に残るというわけ。

ひとしきりバラッド・トークが続いたあと、Yasukoさんによる独唱が披露されました。デリアさんが題材にした「The Maid on the Shore」と「吟遊詩人トーマス」の題材である「Thomas the Rhymer」。「Thomas the Rhymer」はなんとアカペラで。 
それは、人間の声は最も優れた楽器であるという証左でもありました。

「The Maid on the Shore」はitunes storeで視聴出来ます。

https://itunes.apple.com/jp/album/the-enchanted-garden/id805640924

メイド・オン・ザ・ショアは複数登録されていますが、このバージョンがYasukoさんが歌ったバージョンに近いと思います。

充実したパネルディスカッションも終わりに近づいた頃、さらなるサプライズが待っていました。聴衆はエレン・カシュナーさんのもう一つの顔を知ることになるのです。

それは、歌手としての顔。

田中光さんが「エレンさん、歌って下さい」と言い、ギターを抱いたエレンさんがマイクの前に。ギターをつま弾き、おもむろに歌い出したのは、ペンタングルの「クルエル・シスター」。良く響くアルトの声で、朗々と……。驚きました。声量があって力強く、よく訓練された張りのある声で、素人の歌い方じゃありません。素晴らしい声です。会場は水を打ったようになり、みなその歌に聞き惚れました。

なんという贅沢! エレン・カシュナー氏の歌唱で「クルエル・シスター」を聴く……。バラッドの悲劇的内容とも相まって、感涙。


「クルエル・シスター(残酷な姉)」は一人の男性を巡って姉が妹を殺し、その遺骨が巡り巡って姉を告発するというマーダー・バラッド。イギリスにはこうした殺人をテーマにしたマーダー・バラッドがたくさんあり、何故か美しい曲が多いのですが、これも本当に美しい曲なのです。

「Cruel sister」が終わり、今度は「同じ曲がアメリカに来るとこうなります」と言って、別バージョンを歌い出しました。全く別の曲としか思えないほど違う曲想で、陽気で楽しそう。でも、詩の内容は結局同じなんですが……;
これはNiamh Parsonsの「In My Prime」というアルバムに「Two Sisters」というタイトルで入っているのと同じアレンジだと思います。確かClannadのベスト盤The Ultimate Collectionにも入っていたかと。こちらも「Two Sisters」。
歌いながら、エレンさんは聴衆にコーラス部分を一緒に歌うよう誘いました。コーラスで同じ歌詞が繰り返されるのも、バラッドの特徴。最初はためらいがちだった参加者もやがておずおずと歌い出し、最後は大合唱に。素晴らしい!


夢のような二時間はこうして過ぎて行きました。

8月31日はこれで終わり……じゃなくて、まだ続きます。
済みません、2つにと思ったんですが、長すぎるので3分割になります。続きはまた明日。

(続く)