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29.前前世サンタキアラ

さて、私の転生のサイクルである400年として考えると、前前世は800年前になり、ちょうど1192イイクニの鎌倉時代になります。この400年説は始めに紹介しました、高橋信次氏の著書に書いてあったことの請け売りです。多くの転生人に尋ねると、結構短い期間で転生しているようです。私もそうかも知れませんが、今のところ400年毎の前世がわかっているので、そのお話しをします。

今世の自分の趣味嗜好や縁した人や出来事は、過去世の体験に由来していることが往々にしてあります。そこで800年前の自分は誰だったのだろうと、思いを巡らしてみました。ところがさっぱりヒラメキが降りてきませんでした。

そんな時に、伊達政宗公の娘の五郎八姫様のことを考えていました。五郎八姫様は政宗公とともに私に降りて来ることがありました。政宗公はいきなり命令口調で、声が聞こえてきました。(6.斜め上の回を参照)、五郎八姫様は歌を降ろされました。その歌は、メロディー付きの歌詞でその話しは後ほどいたします。

そんな五郎八姫様は歴史上キリシタンでした。1620年に江戸から仙台へと移り住んで、後に仙台の西にある栗生という所に住んだのですが、そこには、キリシタン関連の御堂や伝説が残されています。

ある日、前世が原田甲斐の母だった転生した女性が、イタリアのアッシジへ行った時の話しをしてくれました。サンタキアラという女子修道院を作った聖女の棺が納められている地下へと行った時のことです。娘さんも一緒に行ったのですが、先にさっさと行ってしまい、その方が棺の前まで行ったときに、急に涙を流しながら、「キアラさま、お久しぶりで御座います。やっと来ることができました」と言ったと言うのです。娘さんが、「ママ何してるの、早くおいで」という声にハッとして、「また来ます。お元気でいて下さい」そう言って娘さんのところへ行ったそうです。亡くなられている方に、お元気では無いと思うのですが、まあ本人は真剣だったわけですから・・。

そんな話しを聞いていた時、「俺って、サンタキアラじゃあないよな」そう心の中でつぶやきました。何故かというと、前世の私は茂庭綱元でして、歴史上では原田甲斐の母親の津多は、綱元の娘になっています。本当は、政宗公の子供ですが、母親もろとも下げ渡しをしているために、綱元の娘になっているのです。だから、それから、サンタキアラのことを調べてみました。誕生年を見たとき、「1194年か、鎌倉時代だな」そう単純に思いました。そのとき家の駐車場に止めていた車に目をやりました。「1194」えっ・・・(;゜ロ゜)まさか・・。

あり得ないと思い、色々考えました。すると、「五郎八姫様が1594年生まれだから、ちょうど400年前が1194年となり、五郎八姫様がサンタキアラの転生だったんだ、それだからキリシタンに強くひかれたんだ」そう考えると、「俺もサンタキアラの分け御霊だったのか」と、800年前が鎌倉時代にあたり、五郎八姫様は生まれた年の丁度400年前になるので、だから今世で、私に降りて来ることができるのだと理解しました。

さて、イタリアに行った当の本人はその当時誰だったのかと調べてみましたが、たぶんサンタキアラに仕えた修道女だったのではないのか、という結論に達しました。しかし、彼女はただ者ではなかったのです。それから以前は、ヒルデガルドというドイツに生まれた聖女でした。今は前前世のお話しなので、その前のお話しは、またあとでします。彼女も今ノートを書いています。ヒルデガルドと名乗っていますので、興味のある方は覗いて見て下さいね。今世はヒルデガルドの時の才能が顕著に現れているようです。今日も読んでくださってありがとう御座います。次もお楽しみにしていて下さい。感謝いたします。

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