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ポートレートは、モデルが9割。

Rinco Koyama

こんにちは。こやまです。

私といえば、『フィルムで撮るスナップ写真』というイメージの方も少なくないかと思いますが、ここ最近はポートレートを撮らせていただく機会が増えてきました。

もともと、私はポートレートが苦手です。得意ではありません。

何故なら、『相手が人だから』です。

スナップは気楽でいいです。そこにあるものをそのまま撮るだけですから。

頭も使いませんし、ノーファインダーでシャッターを切ります。

そんな数センチずれたところで、あまり気にしていないからです。

『フィルムなのにすごいね』と、言われることもありますが私にとってはそれが普通なのです。

逆にいうと、無限にシャッターが切れるデジタルカメラの方が遥かに難しいです。

『フィルムは制限があるからこそ』成功や失敗がわかりやすい。

その場で確認できないからこそ、過去の自分とまた向き合える機会にもなる。

スナップなら『自己完結』できますがポートレートは、訳が違う。

私は、『写真』というものを続けていくうちに『上手く撮ろう』というものからどんどん離れたところに来てしまっているのを実感しています。

自分で自分を評価するときに『上手く撮った』ところで、『何もすごくない』と思うからです。

私にとっての自己評価は、『その写真をずっと大事にできるかどうか』なのです。

他人からすごいと思われるために写真を撮ってるんじゃない。

だから、すごくのめり込めるのかなと思います。

人を撮る時の心構えとして、気づいたことがありました。

『ポートレートは、モデルが9割であり撮影者の技術は1割』だということ。

スナップではこれは逆だと思ってます。

ここでの『ポートレート』は、『相手が撮られるという意識をしている』ことで『家族写真』などはまた違ってきますので、念のため言っておきますね。

『モデルが可愛いからいい写真になる』のは、そりゃそうです。

『美しいものは、美しい』、というのが真理です。

そして、被写体として活動している人は『自分の魅せ方』をすごく努力して研究していると思います。

それが、人気だったり仕事に繋がったりする訳ですから。

私が撮影させてもらった女の子たちは私よりも全然年下で、本当にプロ意識が高い。

だから、『私なんかが撮っていいんだろうか』という不安もありました。

でも、『彼女たちのパフォーマンスに対してこちらも精一杯できることをしよう』と思うことによって、ポートレート作品が出来上がっていく楽しさを知りました。

彼女たちには、人の気持ちを揺さぶる力がある。
だから、撮影者も心が動く。

そういうお互いが影響しあって、写真が生まれていくって本当にすごいなと思います。

私の場合、『アンサー&アンサー』という気持ちで撮影しています。

それは、『これが私の答えだよ』というモデルさんからの発信に対して、私なりの解釈で答えを出す=シャッターを切る。

だから、『その一瞬を見逃さない』ということに全力を注ぎます。

これが、『人を撮る』ということなんだなと府に落ちた答えです。

『女の子』の命は短いんです。

自分がそれを経験してきたからこそ、彼女たちが一番輝いてる姿を最高の形で撮りたい。

『少女』から『大人』になる、この貴重な時間をもらえたこと。

だからあえて、『私に撮られるときは、自然体でいい』と伝えます。

『これが可愛いだろう』とか『この角度がいいんだ』なんて、余計なことは考えずに撮られて欲しい。

私は『内面の美しさが外見に反映される』ということをすごく重視しています。

そして、『人は生まれながらにしてみんな美しい』と思います。

その人の、そのままを撮れたら一番嬉しいし、理想です。

でも、私はまだまだ人を撮る経験が浅いし、特別な技術もないし、フィルムだから枚数も少ないけれど。

『人を撮る』という経験で、私の中身まで変えるきっかけなったことは、やってみなければ絶対に経験できない財産です。

写真って、すごいなぁと改めて感じました。


これだけの熱量を持って撮るので、受け止められるモデルさんは本当に一部だと思います。

撮らせてくれて、ありがとう。って、心から思っています。

写真は、『上っ面だけの可愛い』の時代は私の中で終わりました。

これからは、ポートレートでも『私のカラー』が出せるように、ポートレートも撮り続けたいなと思います。


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Rinco Koyama

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