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雨上がり。香風園と、宇夫階神社へ。

 予報の通り、朝から雨が降っていた。それを確認した私は間髪いれず二度寝を決意。次に目を覚ますと、時計は13時を指していた。雨は上がっていた。香川滞在最終日。今日の予定は未定である。

 (さて、今日はどうしようか……)

 香川の街巡りにまつわる本を広げる。高松・坂出・宇多津・丸亀・観音寺といった地域にスポットを当てた、先日手に入れたばかりの本だ。


雨のち晴れ


 理想を言えば、今日は朝から行動を開始して、街巡り本で紹介されている場所を計画的にいくつも巡ろうと考えていた。
 しかし昨夜は滞在先でしこたま酒を浴びていた。また朝から活動的になれるコンディションではなかった。そしてこの雨模様。正直、二度寝をするいい理由があった。私は起こした身体を寝かせた。

 再び意識を得たのは昼過ぎであった。

 怠惰な自分のことだ、このままでは香川を離れるべき最後の時間まで、うだうだと滞在先で過ごしかねない。私にはそれが出来るだけの暇がある。

 しかし、それでは香川観光をするために設けたこの1日は一体何だったのかと必ず後悔するに違いない。行きたかったところ全てを巡るのはもう無理だが、行けるとこだけでも行っておきたいという気持ちはあった。

 幸いにも、もう雨は止んでいるらしい。出かけるなら今だ。そう思い、私は何度寝明けの朦朧とした眠気に抗うことが出来ず、再び横になった。


坂出、夕暮れ時の庭園にて


 結局、列車での移動を始めたのは16時を過ぎてからのことだった。高松駅16時10分発、岡山行きの「快速マリンライナー」に飛び乗り、過ぎ去る高松の市街地を見送る。

 乗客の姿はまばらであった。私は汗ばむ身体を服で仰ぎながら、車両の端にあるボックスシートに腰かけた。列車はみるみるうちに速度を上げ、車体を左右に揺らしながら、予讃線を西へ疾走していく。

いわゆる「宇多津デルタ」の東のほう

 坂出駅16時24分着。傾きだした太陽の直射がホームに差し込んでいる。駅は列車を待つ人で混雑していた。夕方のラッシュに差し掛かっているようだ。少し眺める間にも、数分に一本という間隔で列車の発着があり、その度に列車を乗り降りする乗客の流れがおこる。

 坂出は高松と各都市を結ぶ列車の合流地点である。ここまで乗って来た「快速マリンライナー」をはじめ、高松から松山・高知・岡山・東京方面へ向かっていく列車は全てこの坂出を経由して各地へと散っていく。ゆえに列車の本数も多く、鉄道の利便性は高そうだ。

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 私はまず「イオン坂出店」に向かい、食事をとることにした。起きてからまだ何も食べていない。坂出イオンは駅の目の前にある。年季を感じる佇まいだ。かつては別の店名を冠していたのではないかと思いを馳せる。

 両脇を自販機に囲まれた自動ドアをくぐり、店内の様子を伺う。外観相応の、年代を感じる雰囲気があった。夕方といえまだ時間が早いのだろう、店内の人影はまばらだった。ここには市の公民館なども入居しているらしく、各階の様子を見て回っても楽しかったのかもしれないが、朝から飲まず食わずの胃袋を抱えた私は、ひとまず目に入った食事処に入店することにした。

 テーブル席にゆったりと腰かけながらうどんをすする。うどんに加え、卵の天ぷらを頼んだ。なんと天ぷらをつける用のつゆが付いてくるタイプのものだった。おいしかった。

 ぞぞぞとうどんを平らげ、今後の動きを雑ながらに検討し、ひと段落着いたところでお会計へ。

 この店では交通系電子マネーが使えるようだ。私はスマホでタッチするタイプの「モバイルSuica」を持っている。SuicaといえばJR東日本のエリアで発行される交通系電子マネーであり、この名称はもしかすると四国では通じないかもしれないな・・・みたいなことを考えながら「交通系電子マネーで払います」と言うと、店員さんが一言


 「Suicaですか?」


 「はい」


 こうして何の滞りもなく、お会計は済まされた。

香風園東門

 腹ごしらえを終え、JRの高架に沿って5分ほど歩くと「香風園」に着く。今日の目的地の1つである。

 香風園は日本庭園と洋風庭園の要素を兼ね備えた庭園である。かつて旧家の別邸として築庭されたものを坂出市が買受け、市民に開放されるようになったらしい。要はいい感じの庭園である。

香風園 - 坂出市ホームページ
https://www.city.sakaide.lg.jp/soshiki/tosiseibi/kouhuuen.html

 余談だが、市のホームページから香風園のパンフレット(PDF)を開くことが出来る。その表紙にJR四国8000系の旧塗装が写っており、悶絶した。

「銀色に輝いた、咲いたら見せてあげよう」

 この庭園を訪れた理由は言わずもがなである。木造の橋は立ち入り禁止区域内にあり、渡ることは出来ない。

 庭園というと、静まり返った空気の中、植木や池を眺める厳かな空間を連想させる。だが香風園について言えば、街の賑わいの中にある憩いの場所というような印象を受けた。周囲にマンションや工場が立地しているし、交通量のある道路やJR線の高架橋が真横を通っているため、結構賑やかなのである。

 その賑やかさは決して悪ではなく、例えば仕事や学校からの帰り道、またはいつもの散歩道として、ふらっと立ち寄ることができる懐の広さがあるように思えた。実際に散歩中なのか、庭園内を物色することもなく、ただ庭の中を門から門に向かって通り抜けていく人がいたし、学校帰りと思しき制服の男女が仲良くコミュニケーションを取りながら2人だけの時間を過ごしている光景も見受けられた。それになりたいなぁ。

 何気ない散策場所として、このような立派な設えの施された庭園があるというのは、なんだか羨ましいなと思う。

いい感じの木


いい感じの池


いい感じの景色

 30分ほど過ごした後、再び坂出駅に戻る。17時51分発の琴平行き普通列車は、飛行機のような轟音を立てながら宇多津デルタの高架線を快走し、列車は宇多津駅へ滑り込んだ。

宇多津、宇夫階神社でおみくじを引く


 夕方ラッシュど真ん中であった。列車のドアが開くとともに、改札へと降りる階段に向かって人の流れができる。そこに向かって車掌がダッシュで駆け寄り、乗客の持つ定期券やきっぷを目視で確認する。今の時間は駅改札の営業が終了しているらしく、きっぷの改札は車掌の役目のようだ。

 宇多津には以前も来たことがある。数か月前、臨海部にある「ゴールドタワー」や「臨海公園」を訪れた時だ。このエリアはかつての塩田跡であり、新宇多津都市と呼ばれる。さぬき浜街道の大通り、広い歩道、イオンタウンなどの大型店舗が立ち並んだ、整然とした真新しい街並みの広がる区画である。

 だが今日訪れるのは、その臨海地区とは真逆の宇多津古町と呼ばれる地区にある「宇夫階神社」である。宇夫階と書いて、うぶしなと読む。訪れる理由は言わずもがなだ。宇多津古町について詳しいことは知らないが、恐らく昔ながらの街並みが残る地区なのだと思う。町の成立過程が新宇多津都市と異なるというのは、航空写真にも明らかだ。

広間のある建物。本殿の正面に建っている。

 宇多津駅南口から県道33号線に出て、脇道から少し入り組んだところに入ると、上り坂の小径に鳥居が佇んでいる。気づけばそこが宇夫階神社の境内だった。どうやら裏手の方から入り込んだらしい。境内には一切の人影がなく、セミの鳴く声、木々の風に揺られる音だけが響いていた。

 まずは本殿の脇にある末社などを参拝する。木々に覆われた薄暗い場所に、様々な社が鎮座している。本来ならば真っ先に本殿からお伺いするべきなのかもしれないが、初めて訪れる社寺仏閣では、勝手がわからず何かと挙動不審になってしまいがちである。汗ばむ両腕に、次から次へと蚊がまとわりついていた。

 続いて本殿を参拝。正面には、広間の設けられた大きな建物がある。この建物が何という名前なのかはわからない。石段を上がり、広間の中を伺う。奥に賽銭箱がある。また広間の隅には太鼓や事務用品などが置かれていた。何らかの神事やお祭りに使うのだろうか。

 「しばらく境内にお邪魔します・・・」という気持ちを添えて、賽銭箱に硬貨を投じた。賽銭はカコンと音を立てて木箱の中へ消えた。

 ふと、賽銭箱の脇におみくじの箱があるのを見つけた。お代を入れて、隣にある穴からセルフで紙に綴じられたおみくじを取り出す、全国各地の神社で見られるような一般的な代物である。

 神社を訪れた時はいつもおみくじを引いている。今回も例に倣っておみくじを引こうと思い、まずは代金となる100円を箱に投じた。そしておみくじの入れてある穴へ手を入れて・・・あれ? 何も入ってなくないか?

 在庫切れであった。100円と引き換えに、私は空気を引いた。吉凶のわからないおみくじ。シュレディンガーのおみくじである。おみくじの結果について、気が向いたらいつかご神託として夢枕に来てもらえたらと思います。私はいつでもお待ちしています。

 そんなこんなであった。

金刀比羅宮拝殿及び幣殿


本殿の正面に伸びる参道と石段


左手が本殿、右手が塩釜神社への石段


"四国某所"

 本殿正面から参道を伝う。立派な鳥居があった。こちらが表玄関なのは明白だ。宇多津古町の集落に向かって立っているのだ。ここにきて初めて、神社が周辺より小高い立地にあることを知った。よくよく考えてみれば、駅から神社に来る道にも上り坂があった。

 四国八十八箇所霊場・第78番札所の「郷照寺」が近所にあり、神社の参道は、寺の遍路道としても用いられているようだ。

 宇多津駅に戻ったのは18時半を少し過ぎた頃だった。

 ふと発車標を見てみれば、次に高松へ向かう列車は30分後だった。思わぬ足止めを食らう。

 19時になり、時報を知らせる鐘の音が響く。駅前にあるゴルフ場から、球を打つ音が重なる。「また明日」そんな声が聞こえてくるような夕暮れ時。

 夕陽の差し込んだ駅のホーム。何とも言えない寂寥を感じさせる光景に若干の名残惜しさを抱きつつ、19時12分発「快速サンポート」で宇多津を後にした。


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