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ロングボールの効果とリスク

序論

 近年、各国のさまざまなカテゴリーでいわゆる「ポジショナルプレー」的なものをチームに浸透させようとする試みが増えているように思います。例えば、プレミアリーグの1試合あたりパス本数の全チーム平均は、2011/12が436.4本に対して2021/22では453.6本に増加しています。その中でも、ショートパス成功数は311.0本から341.4本に増加しているのに対し、ロングパス成功数は33.8本から24.8本に減少しています(どちらも1試合あたり成功数の全チーム平均)。これはあくまで一例に過ぎませんが、キック&ラッシュからショートパス中心へ、という変化を表していると言えるでしょう。こうした流れは海外だけでなくJリーグ、さらに言えば大学サッカーでも見られる部分があると感じています。明確なデータがあるわけではないのですが、2年前の2部リーグに比べて今年の2部は後ろから繋いでくるチームが増えていた印象です。
 このような状況で、あまりパスを繋がずロングボールを多用するサッカーを「戦術がない」「美しくない」「縦ポン」と批判的に見る風潮が生まれるのも無理はないでしょう。しかしながら、繋ぐことに固執して負けるくらいなら割り切ってロングボールを使う方がいいという考えもあります。シンプルに前にボールを送れば低い位置で失う危険は冒さずに済みますし、セカンドボールを回収したり相手のクリアがスローインになったりすればそれだけで前進はできます。
 結局、ロングボールはチームにどれほどの効果を与えているのか。この問いに答えるため、東大サッカー部がリーグ戦で使用したロングボールを分析してみました。主な関心は、ロングボールのうちマイボールになるのはどの程度か、マイボールになりやすいパターンはあるのか、マイボールになったとしてどの程度効果的か、という3つです。また、所属カテゴリーによる差があるのかを調べるために、2022シーズン(2部)と2021シーズン(1部)の2期間を対象としました。

方法

集計対象 
 まず、本分析で集計の対象となった「ロングボール」とは「ディフェンシブサードから出された、キッカーの前方60°以内かつ距離30m以上のパス」のことです。この定義は普段から弊部が使用している分析プラットフォームbeproが定めるものに従っています。実際の集計では、パス(距離:ロングパス、方向:縦パス、エリア:ディフェンシブサード)のようにフィルタリングしていきました。このような条件を設定した意図としては、(ショートパスを用いた前進と比較して)ロングボールがどれだけチームの前進に寄与するのかを調べたい、というものがあります。
 集計の対象とした試合は、2022シーズンの東京都2部リーグ全20試合と、2021シーズンの東京都1部リーグ24試合中18試合です(beproにアップされていた分のみを対象にしました)。

このようにフィルタリングを行なっています。

分析方法
 各試合において上述の条件で抽出されたプレーに対し、次のような分類を行いました。まず、ロングボールが蹴られた後、最終的にどちらのチームがボールを保持したか、を判定します。続いて、自チームまたは相手チームが保持したシチュエーションで分類します。このシチュエーションは「直接保持」「セカンドボール回収」「セットプレー」の3種類となっています。「直接保持」とは、ロングパスを最初に触った人物がそのままボールを保持する、あるいは、その人物が別の味方にボールを渡し、その選手が保持する、という場合です。例えば、CBからのロングボールをCFがトラップしてキープしたり、相手キーパーに直接キャッチされたりするシーンが挙げられます。「セカンドボール回収」とは、どちらかのチームがボールを保持するまでに、どちらのチームの選手もそのボールに触れた、という場合です。言葉にするとややこしいですが、相手のクリアボールを拾うなどのシーンが該当します。「セットプレー」は文字通りで、パスがサイドラインを割ってしまったり、競り合いでファウルを得たり、という場面があります。
 さらに、マイボールになりやすいパターンの有無や、パスが成功した際の効果を調べるため、「直接保持」に分類されたプレーに対して、以下の分析も行いました。直接保持となったロングパスについて、受けた選手のいるレーン(センター、インサイド、ワイド)と保持した時点でボールの後ろにいる相手選手の人数(=そのロングパスによって越えられた相手の人数)を集計しました。また、ロングボールのリスクを調べるため、相手に直接保持されたパスについても、レーンとボールより相手ゴール側にいる自チーム選手数(=ロングパス失敗によって置き去りにされた自チーム選手数)の集計を行いました。

結果

 まず、2022シーズン(東京都2部)の20試合で分析対象となったロングボールは176本で、そのうちマイボールとなったのは全体の51.7%にあたる91本、相手ボールになったのは48.3%にあたる85本でした。マイボール91本の内訳は、直接保持44本、セカンド回収28本、スローイン17本、FK2本となっています。対して、相手ボール85本の内訳は、直接保持32本、セカンド回収25本、スローイン14本、FK10本、GK4本となっています(表1)。一方、2021シーズン(東京都1部)の18試合で分析対象となったロングボールは363本で、そのうちマイボールとなったのは全体の42.4%にあたる154本、相手ボールになったのは57.6%にあたる209本でした。マイボール154本の内訳は、直接保持58本、セカンド回収59本、スローイン27本、FK9本、CK1本となっています。対して、相手ボール209本の内訳は、直接保持84本、セカンド回収55本、スローイン52本、FK17本、GK1本となっています(表2)。

表1
2022シーズンのロングボール内訳
表2
2021シーズンのロングボール内訳


 続いて、自チームまたは相手チームの直接保持となったロングパスに関してです。2022シーズン自チーム直接保持の44本は、WGが24本、CFとIHが7本ずつ、SBが6本を受けていました。2021シーズン自チーム直接保持の58本は、WGが9本、CFが6本、IHが16本、SBが27本を受けていました。また、各ロングパスの受け手レーンとそのパスによって追い越した、あるいは置き去りにされた選手数は以下の表3〜6にまとめました。どちらのシーズンも、中央よりサイドの方がマイボールになりやすいという結果になりました。

表3
マイボールとなったロングパスが追い越した相手人数と受けたレーンの分布(2022)
表4
マイボールとなったロングパスが追い越した相手人数と受けたレーンの分布(2021)
表5
ロングパスが相手ボールになった際に置き去りにされた人数と失ったレーン(2022)
表6
ロングパスが相手ボールになった際に置き去りにされた人数と失ったレーン(2021)

考察

 まずはロングボールのうちマイボールになった割合についてです。東京都2部で戦った2022シーズンはロングボールのうちおよそ半分が最終的にマイボールとなっていました。一方、1部で戦った2021シーズンではマイボールになった割合は約42%でした。2021から2022にかけてロングパスの受け手となる前線選手の入れ替わりはそこまで多くなかったことなどから、この差はチーム内部の要因よりもチーム外部の要因、すなわち所属カテゴリーが大きく影響していると考えられます。この数字から、少なくとも東大にとっては、前線にロングボールをひたすら放り込む戦い方が適しているとは言い難いと言えます。なぜロングボールがあまりマイボールになっていなかったのか、という問いが次に考えるべきことだと思いますが、おそらく競り合いで優位になるための身長や体格、セカンドボールの奪い合いに勝てるコンタクトの強さ、上手さなど、フィジカル的な部分に主な原因があるのではないかと考えています。スカウティングをしていても、(1部では特に)相手チームの方が全体的に体格のよい選手が揃っている印象です。より細かく正確な要因はこれから調べていく必要があるでしょう。 では次に、マイボールになりやすいパターンやロングボールの効果とリスクについて表3〜6の結果をもとに考えていきます。表3、4から、中央よりもサイドへのロングパスの方が直接繋がる可能性が明らかに高いと言えます。逆に表5、6を見るに、中央へのボールは相手ボールになりやすいようです。一般的に中央よりもサイドの方が広いスペースがあるので、WGやSBに正確なボールを蹴ることができれば、高い確率で収めることができる、ということの表れだと考えられます。サイドなら相手に奪われても中央で失うより危険性は低いので、ロングボールを蹴る際にはWGを高い位置に張らせてそこをターゲットにすると良いかもしれません。
 ロングパスが直接マイボールになった場合の効果として、そのロングパスによって越えた相手の人数を集計しました。2022シーズンでは、平均で5.7人の相手を1本のロングパスで越えたという結果でした。一方、ロングパスがそのまま相手に渡ってしまった場合に相手ゴール側に置き去りにされてしまう人数は平均1.97人でした。実際の分布は表に示した通りです。今回、ロングボールの効果やリスクを定量的に測ってみたいとの思いから、パッキングレートと同じ発想で追い越した(置き去りにされた)人数を算出してみました。しかし、この数字単体では解釈が難しく、別の指標を考える必要がありそうです。

結論

 今回の調査で分かったこととしては、東大においてはロングパスがマイボールになる割合はせいぜい50%程度であり、2位という成績を考えると決して高いとは言えないこと、1部になるとさらに下がること、中央よりもサイドの方がマイボールにできる可能性が高いことが挙げられます。ロングボールを使うことによるメリット、デメリットを評価するという点に関しては、指標を作ることから始める必要がありそうです。もしくは、1本のロングパスにフォーカスするのではなく、ロングパスを多用することのメリット、デメリットを考えることも面白いかもしれません。例えば、ロングボールの多い試合ほど選手たちの走行距離やスプリント回数の減少が早い時間帯で現れたり、落ち方が急になったりするなどの傾向が見られれば、ロングボールの多用は終盤の体力切れを引き起こし、被シュート数や失点数が増加する、などのリスクが指摘できるでしょう。また、他のさまざまなチームについても同じような集計を行い、マイボール率に差が見られるかどうか、あるとしたら何が原因かを探っていくという試みも考えられます。これに関連して、今回扱えなかったセカンドボールについての分析もこれから行なっていきたいです(このテーマについては森島さんの記事が面白いので、よければご覧ください)。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました!




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