【考察】JO1 「SuperCali」 のMVが興味深かったので独自解釈をまとめた

※2023年6月17日:一部再考し直しのため修正しました。

今年の初めにグローバルボーイズグループ『JO1』を好きになり、曲を聴いたりラジオを聴いたり色んなコンテンツを楽しませてもらってます。
(9月のライブにも行きました、すごい良かった…!)

これまでの楽曲も本当に好きで何度もMVやPVを観て楽しんでいるのですが、最近リリースされた『MIDNIGHT SUN』のリード曲「SuperCali」のMVが個人的に興味深かったので、言語化の練習としてまとめてみました。
JAMの皆さんの間ではすでにたくさん擦られてると思いますが、しがないオタクのボソボソ語りだと思っていただければ…。
※1人のファンの贔屓目な意見にならないように書いたつもりですが、独自解釈なので認識違いがあればすみません。
※本文内でのメンバー名表記は敬称略とさせていただきます。

▼MVはこちら


負の感情を昇華したコンセプト

『MIDNIGHT SUN』のコンセプトは下記です(公式より引用させていただきました)。

夢と現実の間。このおかしな世界で、僕らはなんだってできる。ー 今作では、成長の過程で感じる“痛み”を、理想と現実の狭間、昼か夜かわからない奇異な世界での恐れや恐れや胸の高鳴りになぞらえて表現。その中でこそ見つけることのできる、JO1自身の新たな一面を追求した作品です。
引用元:https://jo1.jp/news/detail/2189

何度読んでもうまく理解できた自信がないのですが、『MIDNIGHT SUN』は「これまで彼らが抱えてきた葛藤や世の中へのアンチテーゼを受容し、次のステージへと歩み出す」という意思表示の作品ではないか、と感じました。その特徴が特に色濃く出ているのが「SuperCali」の歌詞とMVなんじゃないかと。

「これまで彼らが抱えてきた葛藤や世の中へのアンチテーゼ」は、一般人だった彼らが芸能界に足を踏み入れたことによる「元いた世界に戻れない」状況から生まれる悩みやジレンマ、コロナ禍で思うように活動できなかった世情へのもどかしさ、とかでしょうか。
過去にJO1がリリースした楽曲の多くが、アイドルらしいポジティブな表現のコンセプトだったので、負の感情が作品としてうまく昇華されているのは新たな一面が見れて良いなと思いました。


夢と現実の対比

「夢と現実の間」「奇異な世界」とあるように、今回のMVでは「何かと何かをつなげる間の役割のもの」と「現実ではあり得ない光景」の要素が出てきます。
まず「何かと何かをつなげる間のもの」の要素が、豆ちゃん・拓実がいる「橋」と、景瑚・碧海・汐恩がいる「トンネル」。どちらも「こちら側とあちら側をつなぐ」役割があります。
そして「奇異な世界」の要素が、祥生・蓮・奨がいる「人と物の大きさが逆転した黄色い室内」と、瑠姫・純喜・きまちゃんの「人が巨大化した光景とピンク色の空」。両シーンともに「日常生活では見られない景色」を描いています。

それぞれの対比にあたって、東京(日本)での撮影は必要だったのかもしれません。現状『JO1』のメインターゲットが日本に住む人々と仮定したときに、現実世界を想起させるのは安直ですが東京の街並みだと思うので。そんな日常風景のなかでアイドルのキラキラ衣装を着て佇んでるの、どう考えても異質だしすごい対比だなって思いました。


「橋」と未知の世界へと歩き出す11人

冒頭で豆ちゃんと拓実がいる「橋」のシーン。ここが今回のMVで重要なシーンではないかと思います。

橋は、民俗学的に「端」に由来しているといいます。
橋の先は、異界や未知の世界、生と死、困難からの克服、ある物事の発展など。あらゆる物語で、橋はいろんな寓意を見出されています。

MVで、現実世界に佇むメンバー全員が憂を帯びた表情をしていますが、橋の上の2人は「過去のJO1の歩みを振り返る」ような動作をしています。
現実世界を歩く群衆とは真逆(=過去)を振り向く豆ちゃんと、群衆から外れ端から見つめる拓実。どちらも印象的なシーンです。

そして、MVのラストで11人は笑顔で橋の上を歩いていきます。その先に見えるのは、ビルが浮いていたり大きな月が浮かび上がる景色。未知の世界、つまり次のステージへと歩を進めているのではないかと。
スパカリがJO1第二章、と言われてたのをどっかで見かけたのですが、そう言われると納得です。


願いを叶えるおまじない

ロウソクを吹き消す動作は海外から伝わる文化と言われており、その起源は古代ギリシャまで遡ります。
古代ギリシャでは、月の女神アルテミスを祀る際の御供物のケーキに火を灯したロウソクを刺し、火を吹き消したときに願い込めると、その煙とともに天にいる神様へ願い事が届く、という風習があったそうです。(ちなみにこの風習は現在のバースデーケーキの文化につながるそうです。)

豆ちゃんの前にロウソクが現れる → ロウソクを吹き消すと煙が渦巻き、メンバーへと波及 → メンバーが煙を掴んだり操ったりする、という一連の動作が「これから願いを掴んでいく」の隠喩なのかな、と感じました。


人生を変えてしまう魔法の言葉

スパカリの由来である「Supercalifragilisticexpialidocious」は「困難な状況を説明する、人生を向上するための魔法の言葉」ですが、映画『メリー・ポピンズ』の劇中歌にこんなフレーズがあります。

But better use it carefully or it could change your life!
「でも気をつけて使ってね、君の人生を変えてしまうかもしれないよ!」
引用元:
https://www.worldfolksong.com/popular/musical/supercalifragilistic.html

スパカリは魔法の言葉であると同時に、人生を変えてしまう言葉なんです。これからどんな困難が待ち受けようとも、この言葉を唱えれば無限の可能性が広がる。それは同時に、過去から未来への新しい一歩を踏み出すために自身を奮い立たせるための言葉にも受け取れる気がしました。


白夜

森のシーンは、リリース記念配信イベントでも言っていた「白夜(真夜中になっても明るく、太陽が沈んでも暗くならない現象)」の表現だと感じました。画面に向かって右側が明るく、左側が暗いように見えるためです。

そして、ライダースとスーツのつぎはぎ衣装を森のシーンに選んだのは納得でした。どの衣装をどのシチュエーションと組み合わせるか、は画面構成上とても大事だと思うのですが(ここをミスると全体のコンセプトが事故るイメージがある)、他と比べて陰影の強い森のシーンに、あの質感の衣装はピッタリだと思います。

森のシーンが無くてもMVのストーリーは成立すると思うのですが、無かったら1つの動画として全体的にまとまり過ぎてしまうので、あえて引っかかりとして入れているのではないかと思います。個人的には、森のシーンでのPhobiaのPVが観たいです。

少し話が逸れますが、JO1は衣装に結構なお金をかけている印象があります。しかも既製品を用いたスタイリングではなく、衣装製作さんがメンバーの体型やイメージを考慮してつくってるし、素材もこだわっているように感じます。
となると、リリース記念配信で着ていたツイード衣装は今後どこで着るのだろうか…。とても踊りづらそうだけど、RoseにPVがあるならツイード衣装でも観たいですね。


今回の流れに思ったこと

Twitterを見てると今回のMVに賛否あるみたいですが、私は「SuperCali」の曲とMVとが『MIDNIGHT SUN』のコンセプトを表現してて良いなと思いました。

最初はコンセプトフォトやPVから勝手にダークな世界観が来ると予想してましたが…。そんな考えだった自分の価値観や解釈の狭さを思い知ったわけです。

仮説ですが、コンセプトフォトのツイード衣装とPVの世界観が最初に出たのがズレを起こしてしまったような気がする。全体のコンセプトを表現するにあたり、やはりMVが最も大きな役割を担うはずなので、世に出す順番が違えば受ける印象も変わったかもしれないなと。もしもツイード衣装がMVリリース後のお披露目で、ティザー → PV → MVの順だったらズレは小さかったのかな…。物事の順番って大事ですね。

それから、今回のリリースにあたってTwitterやインスタへの広告出稿にお金をかけたのは英断だと思いました(偉そうに言ってますが一般人の戯言なので気を悪くされたらすみません)。
前作アルバム『With Us』は駅への大きな出稿がありましたが、オフラインの広告出稿は首都圏といえど一部の人間にしか届かないので、全国的な認知はまだまだ課題なのかなと。振り付け覚えてね、の呼びかけが多いことからも感じますが、今回はSNSでのバズりに本気で取り組んでてお金をかけた感じがします。
JO1は「ファンのSNS拡散力」という強みはあれど、まだファンダムでのバズりに収まっている印象があるので、JO1に触れたことがない一般人への認知拡大には広告出稿が必要なんだなと感じました。

マーケティング視点での話をすると、今回のリリースでは『JO1』というグループを世に広めるために「大衆(ファン以外)への認知拡大」に振り切ったんじゃないかな。
これが今後のファン拡大 → 売上につながればMV制作にかける予算も大きくなるので、長い目で見たら良い投資だと思いました。
こういう話をすると結局お金につながってしまいますが、みんなが躊躇なくオタ活できるようになるためにも、早く円安が解消されて経済が安定してほしいですね(いきなり壮大な話になってしまった)。


余談

ここからは掲題とは関係ない余談ですが、韓国のクリエイティブが良いと言われる理由は、トレンドの後押しもあるとは思いますが「緻密に設計された抽象的なビジュアル・世界観づくり」と「莫大な予算をかけたプロモーション・制作(※モノによります)」が大きいのかな〜と感じます。
日本のクリエイティブも緻密にコンセプト設計がされていますが、アイドルのビジュアルをダイレクトに訴求するという点を優先度高くすると、具体的に見えてしまうのかもしれません。

終わりに

個人的には、いろんな立場の視点から生まれる意見のぶつかり合いや議論が活発な作品は良作、という解釈なので、今回の賛否両論の状況はすごく良いなと思いました。全員が賞賛する作品は逆に面白くないものね(ただの捻くれ者の意見です。)
長くなったうえにまとまらないですが、終わり。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?