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逆さま

 車を走っている際に、奇妙ないたずら書きを見た人は多いだろう。これは公共交通機関にも当てはまる。窓の車窓から不思議な看板だったり、変なオブジェだったりなど。 
 今回私が話すのは、通学途中に見かけた変で奇妙なものだ。

 炎天下の夏、コンビニで買ったアイスクリームを食べながら友人と歩いていたときのこと。
「あれ、なに?」 
 友人の一人があるオブジェに向かって指を指した。そのオブジェはピラミッドが逆になったものとスフィンクスのような二体のオブジェが田舎の田んぼの真ん中に鎮座していた。
 「なんだろうね」
 「ただのカラスよけでしょ」
 「カラスよけにしては大きくない? 普通はさ、CDとかDVDとか、あっ、鳥を模したものを吊るすとかじゃなくて?」 
 興味が湧いてきた私たちは、そのオブジェに近づこうと思った。今、思えば本当に無茶をしたなと反省している。
 オブジェに近づいた私たちはそれらを隅々まで見ていた。
 異変に気がついたのは、その時だった。
 「何を見ているんだい?」
 後ろから声をかけられた。
 「あ、いや、その」
 「触れてないよな?」
 「は、はい。見てただけです」 
 声の主は、ピラミッドとスフィンクスのオブジェを造った人なのだろうか。振り返ると30代ぐらいの男性が立っていた。
 「あ、あの、これ」
 「これはね自分で造った傑作だと思う」
 そういうと彼は私たちに気にもとめず自らの作品のコンセプトや人生論などを語り始めた。  「…それで、これは何ですか?」 
 話が一通り終わったあと、私は彼に尋ねる。
 「現代アートだな」
 逆さのピラミッドと2体のスフィンクスのどこが現代アートなのか、私はもとより友人たちも分からない。   
 「ところで、スフィンクスのなぞなぞを知ってるかな」  
 「あーと、確か、『朝は四本足、昼は二本足、夕は三本足。この生き物は何か?』 ですよね」
 「その通り、それで答えは?」
 「確か、『人間』だった気がします」
 「御名答」
 彼は拍手した。 
 「それとオブジェになにか関係が?」
 「スフィンクスの視線に注目してごらん」
 言われるがまま、視線をたどると逆さのピラミッドの下、つまりピラミッド上部を見ていた。
 「これはつまり?」 
 「現代っていわゆる格差社会でしょ。スフィンクスってのは古代エジプトでは神聖な生き物として有名だったんだ。いわば守り神的な存在」  そして話は続く。
 「このピラミッドは今の格差社会を表していて、スフィンクスを見ているところは、その加護を受けている…。要するに上級国民というわけだよ」
 「そして、加護を受けない自分たちは上級国民に対して怒りを持ち争いや犯罪に手を染めてしまう。 そしてスフィンクスにやられてしまうと…。あ、ここでのスフィンクスっていうのは警察だね」
 「はあ、そんな意味が含まれていたんですね」
 「ところで、君たち暇ならアトリエに来ない?もっと良い作品があるよ」 
 「いえ、結構です!」 
 そう叫びながら私たちは走っていった。

 実は見えていたのである。
 ピラミッドの中に人の死体が入っていたことを。そういえば、ピラミッドは古代エジプトの王の墓とも呼ばれる。つまり、それらをなぞられているとしたらその中の人は…。
 そして「触れてないよな」という言葉。もしあのとき触れていたら…
 彼女たちが帰ったあと、オブジェを作った男はこう呟いた。 
「ざまあみろ」 

 上京し、地元に帰らなくなったが聞きづてによるとあのオブジェはまだあるらしい。そして年々大きくなっていく。
 現代アートは私にはどうも難しいようだ。


No.4560現代アート
No.3351交通機関
No.225アイスクリーム

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