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王様の異世界転移録

 中世のある時代に、小さな帝国があった。小さいながらも戦いに長けていたため、敵国は攻め入る隙を作ることができなかった。
 この戦いの司令を執る人物--つまりこの国の王を敵国は帝国のシンボルであるライオンになぞらえてこう表現した。「百獣の王」と。
 ある日のこと、王のもとに一人の来客があった。黒いフードを被り黒いケープを纏ったその人物はどう見ても怪しかった。
 「何者だ」
 「わたくしはただの魔法使いです」
 「魔法だと? ふざけおって」
 「では、わたくしはどうやってこの部屋に来たのでしょうか」
 「決まっている。防衛している奴らを倒して来たのだろう?」
 王は笑いながら答えた。
 「いいえ、瞬間移動で来ました」
 魔法使いと名乗る人物はこのように返した。
 「瞬間移動だと? 笑わせる。そのような類いは貴様にできるわけがないだろう」
 「では、試してみますか?」
 「ふん、やれるものならやってみろ」
 魔法使いは、それではと言い何やら呪文を唱え始めた。
 「所詮子供だましのトリックだ…」
 王は余裕綽々だったが、魔法使いのこの言葉で彼が「本物」だと知ることになる。
 「…に…を飛ばせ」
 それが唱えられた瞬間、王は消えた。
 一人残った魔法使いはこう言った。
 「だから言ったでしょう。わたくしは魔法使いだと」

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 王が気がついたときには、どこかの河川敷にいた。
 「ここはどこだ!?」
 うろたえる王のもとにボールがあった。見慣れない線の入った手のひらサイズのボール。
 「何だこれは。見たことがないぞ」
 すると、遠くから野球少年の声が聞こえた。
 「おじさーん、ボール取ってー」
 「お、おじさん!?」
 ここでもうろたえる王。すると遠くにいた少年がこちらに向かって走ってきた。王のもとにたどり着くとこう言った。
 「おじさん。そのボール、俺たちのなんだ。返してほしいんだけど」
 「この白いボールか?」
 「そうそう!」
 「所詮、俺には合わない代物だ。ありがたく受け取れ」
 そう言って、王は少年にボールを軽く投げた。
 「おじさん、ありがとう」
 さすがにおじさん呼ばわりが癪にさわったのか、王は少年に向かってこう言った。
 「…俺はおじさんじゃないぞ! ⚫⚫帝国の第3代王だぞ!」
 少年は首をかしげた。 
 「⚫⚫帝国なんて聞いたことないんだけど」
 「何!? じゃあここはどこだ!」
 「ここ日本だよ」
 「ニホン…?」
 聞いたことがない国の名前だ。 
 「おじさん、もしかして外国人?」
 「だからおじさん呼ばわりをやめろ!」 
 「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
 「王様、とだけ呼べばよい」
 「うん、分かった」
 少年は頷くと、じゃあねと言い河川敷を降りて、グラウンドに向かった。
 「おい、少年」
 「ん?」 
 少年は王がいる方向に振り向いた。
 「貴様らは何をやっているのだ?」
 「え、野球だよ。おじ…じゃなかった。王様」
 「ヤキュウ…?」
 「えっ、野球知らないの!?」
 「そんなものは知らない」
 「じゃあ、実際に見たら?」
 王は少年に促されるがまま、グラウンドへと向かった。

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 「なかなかおもしろい遊戯ではないか」
 「遊戯って何かわかんないけど、王様が楽しんでくれたならそれでいっか」
 「機会があったらやってみたいものだ」
 「ほんとに!?」
 「ああ、俺は嘘はつかないからな」
 野球を通じて少し交流ができた少年と王様。少年はふと思ったことを言った。
 「ところで、王様って帰るところあるの?」
 「それがな」
 王様はここに来る前の一連の出来事を少年に話した。 
 「じゃあ、帰るところないじゃん」
 「…貴様の家はどうだ?」
 「あー、ちょっと連絡してみる」
 少年はスマートフォンを取り出し、両親に連絡をした。王はというと、少年が持っている四角いものに対して興味が湧いていた。
 「来てもいいって」
 「じゃあ、特別なおもてなしを頼むぞ」

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 「この「カラアゲ」とやら、とても美味だな!」
 「お口に合って良かったです」
 河川敷で知り合った少年の家に来た王様は、夕食を堪能していた。ここに来る前も高級なものは食べていたが、それとは別の味わいがあった。
 「俺も好きなんだ。母さんが作る唐揚げ」
 いつの間にか、半分以下に減った唐揚げを二人は食べる。
 「この「ゴハン」とやらは不思議な味だな。無味かと思ったらよく噛むと甘くなっていく」
 「お米は初めてですか?」
 「オコメ?」
 「お米を炊くとご飯になるんだよ」
 「そうなのか。この「ゴハン」や「オコメ」とやら気に入ったぞ」
 王はゲラゲラと笑いながらこの世界に来て最初の晩餐を楽しんだ。

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 「すまんが、お手洗いはどこだ?」
 「あっちにあるよ」
 「ありがとう、少年よ」
 王はトイレへと向かった。中を覗くと、帝国時代と変わらない作りだった。変わっているとすれば、壁に何やら複数のボタンがあること。
 王はそこで用を足し、水で流そうとした。だが、ボタンを押し間違えたのか、王の絶叫が聞こえた。
 「うわあ!」
 ドア越しに少年が質問をした。
 「どうしたの?」
 「い、いきなり尻の部分に水がかかったのだ!」
 「あ、ウォシュレットのとこ押したんだね」
 「ウォシュレット…?」
 「お尻を清潔に保つ機能がついてるんだ、このトイレ」
 「俺は、とりあえず水で流したいのだ!」
 「それじゃあ、一番大きいボタンを押してみて。そうしたら流れると思う。」
 「分かった」
 少年に促されるがまま、一番大きいボタンを押した。すると、水が流れてきた。
 「ありがとう、少年」
 「どういたしまして」
 王はしばらくこの世界を楽しみたいと考えた。見新しいものや食べ物、遊戯…。
 いつか帰るときが来たら、真っ先に「ヤキュウ」、「カラアゲ」、「ゴハン」、そして「ウォシュレット」のことを伝えようと王は思った。

No.4969百獣の王
No.5043野球少年
No.4886ウォシュレット

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