きっと、これからもずっと-ついったお題SS0309-

お題:「花束」「喫茶店」


「これ、あげる」

はじまりは、はじめての四葉のクローバーだった。

あのときは確か、引越しで仲がよかった友達と離れてしまった寂しさと、誰も知らない小学校に行くちょっとした怖さとで、公園に来てはいたけれどベンチで萎れていたところだった。
そこに、彼が来て、くれたのが四葉のクローバーだった。初めてそれに触れた私はよく分からなくて、これは何かと聞いたら願いが叶うんだって!なんかかなしそうにしてたからあげる!と満面の笑みで渡してくれた。握りしめられたそれはちょっぴり萎れかけていたけれど、それでも嬉しくて、家に帰って押し花の作り方を母に聞いたのが懐かしい。

幼い私が何を願ったかまでは覚えていない。
だけど、小学校が怖くなくなったのも、そこで友達がたくさんできたのも、押し花にしたクローバーのお守りに背中を押されたのだと思う。

……なんて振り返り方をすると彼とはあれきりのように思えてしまうが、そんなことはなかった。
あれから、公園の花はすべて彼に教わった。自然と縁のない都会から引っ越してきた私にはすべてが新鮮で、教わった花たちはひとつずつ連れて帰って全て押し花にした。私だけの図鑑ができた。それが嬉しかった。彼との時間が楽しかった。

公園の花々を知り尽くした頃には、2人でいることに対して周囲の声に色がついてきていた。気にせず一緒に遊ぶこともできたけれど、見える範囲では付かず離れずを選んだ。その代わり、学校の裏山で2人の時間は続いた。楽しかった時間に秘密が重なり、いっそう失い難いものになった。

小学校の卒業を機に、私は再び引っ越すことになった。クラスではそれなりに転校と別れを惜しみ合い、卒業式には寄せ書きなどを貰って別れた。彼とは、あの街を離れる前の日、いつもの裏山で話したきりだ。教えてもらった花の中から、私を忘れないでほしい一心でその花を押した栞を渡した。途端に彼が泣くから驚いたものだった。私もつられて泣いた。離れたくないと、2人で泣いたものだった。



忘れないでと言ったのは確かに私だが、こんなにも鮮明に覚えているとは思わなかった。

中学校の同窓会は成人式の時に済ませたが、小学校のそれは初めてだった。中学の仲間よりもさらに3年会っていない面々のことも、案外憶えているものだなと我ながら感動する。
彼だけは、一目見てここまで記憶が蘇ったのだから末期だろう。何せ、鞄には未練がましく当時のお守りを忍ばせているのだ。どこかのタイミングで、話せたらいいけれど。


……まあ、それなりの人数がいて、かつ積もる話が多々ある中でゆっくり話すチャンスを伺うなんて甘い話で、結局会が終わるまでまともに話せず終いだった。

帰り際、二次会へ行く者、迎えを待つ者様々いる中、明日戻らなければならないと離脱を決めた私は群衆にざっくりと別れを告げ駅前の宿まで歩き出す。

「あ、俺もこっち! じゃあおつかれ! ありがとなー!」

その声と共に隣に現れたのは、待ち望んだ影で。

「いこ? 送るよ」

初めましてと何も変わらない笑顔でそんなこと言われてしまえば、頷くより他なかった。

道すがらは取り留めのない話ばかりだったが、それで空白の時間が埋まっていくのが楽しかった。私がフローリストなのを知った彼はそれなりに驚いていた。あなたのお陰だよ、なんて言ってみたけれど、届いただろうか? 

駅に着いて解散する間際だった。

「ねえ、明日、何時に帰る?」
「ええと、12時半の新幹線に乗らなきゃいけないから……」
「じゃあ、1時間だけ、俺にくれない? そこの喫茶店に、10時半に来て欲しい」
「えっ、分かった……」
「ありがとう。じゃ、また明日! おやすみ!」

そう早口で言い切って走り去る彼を見送ることしか出来なかった。後からやりとりを思い出して顔が熱くなる。また明日、なんて、久しぶりだ。とりあえず早く寝よう。明日もあるんだ。


日が変わって、今は10時過ぎ。彼が指定した喫茶店の、ドアからすぐの2人席。
実は浮き足立ってしまっていたのか凄く早起きした。とはいえかなり早く着いたとして、それが彼に見つかるのもなんとなく気恥しい。なので先刻入店して、おすすめだというカフェラテを注文した。まあ、緊張して飲めてないんだけど。
視線が掛時計とドアとカップをうろうろすること数往復、ドアベルの音に顔を上げると待人が来た。後ろ手に何かを隠している。

挨拶もそこそこにざっくり注文を済ませ、隠した何かを見せないまま器用に席につく。

「何を隠してるの?」
「卒業のときに俺に勿忘草くれたでしょ? あれはやられたなあと思って。俺なりの答えというかまあ、そんなとこ。受け取ってくれる?」

そう言って渡されたのは、紫と白が鮮やかなミニブーケ。

桔梗にハナミズキが散りばめられたそれが持つ意味は流石に分かってしまう。それくらい、こんなにも花を好きにさせたのは彼なのだから。

咲き誇る桔梗を1本そっと引き抜いて、彼に。

「私も、同じ気持ちです」

そうして笑いながら飲んだカフェラテは、少ししょっぱくて、とっても甘かった。