ひと夏の夢-Twitter診断ネタ-

「そうだ旅に出よう」

夏休みも大詰め、始業式まであと1週間。
僕の正面でのんびりと本を読んでいた先輩が、おもむろに放った一言が事の始まりだった。

僕らは部員2名の文芸部。僕が入部するまで先輩1人で2年保ったと言うのだから驚いた。恐らく今年限り、先輩が卒業すればここも廃部になるだろう。
先輩が所謂「高校最後の夏休み」を、どのように過ごしているか僕には与り知れない。僕はと言えば平日は殆どこの部室に呼び出されている。つまりそういうことだろう。なので、先輩でも夏休みらしいことをするのだと、ほんのり沸いた興味を否定できない自分がいた。

旅をするとは言え、僕らはしがない高校生だ。先立つものなど持ち合わせていない。どうするのだろうと考えていたら、明日10時に学校近くの駅に集合とのお達しを得た。正直な話先輩の思考に着いていけた試しがないが、ここで何か質問をしたり議論を持ち掛けるのは野暮であることくらいは理解している。僕が頷くと、よろしい。と満足気な笑顔を見せてその日は解散となった。


翌日、待ち合わせ場所に現れた先輩の姿を見て、私服を見るのは初めてだったことに気付く。僕は服飾に関する知識はからきしだが、先輩の長い髪と合わせて靡くワンピースや大きめの麦わら帽子はまさに夏、といった風貌だった。

切符を手渡され、記されている料金から随分遠出するのだと気付く。普段使わない路線に乗り、見慣れない街並みに入っていく。ぼうっと車窓から見える街並みを眺めていたら、あるところで景色ががらりと変わった。


海だ。


ばっと先輩に目を移すと、もうすぐ着くよとにこりとされた。

電車を降り、先輩に着いて行った先の海岸には人一人いなかった。この辺りで有名な海水浴場は別にあるので、皆そっちへ足を運ぶのだろう。

海なんて久しぶりだ。まして家族以外の人間と来た試しがない。海での楽しみ方を必死に思い出す僕を後目に、先輩はサンダルを脱ぎ捨てて波打ち際に突進していく。海と同じ水色のワンピースの裾が濡れそうだ。

「キミも来なよ!」

先輩の声に心臓が跳ね、急き立つように海へと走った。靴を揃えておく余裕もなかった。

その後は本当に、他愛もない遊びというか、もはやじゃれ合いというか、そんな雰囲気のまま日が傾くまで過ごしていた。普段アクティブと対極にいる僕はその頃にはもう疲労困憊で、先輩が持参していたビニールシートに座り波と戯れる先輩を眺めていた。

ふと、先輩が立ち止まり、こちらを見た。
沈む夕陽が先輩の姿に重なり、後光がさすような眩しさの中で、いつもと違う悲しげな笑みを浮かべた先輩が、僕に向かって何かを言っていた。

……はずなのだ。


先輩の言葉を、あの後のことを、どうにも思い出せずにいる。
確かなのは、始業式まで部活がなかったこと。そして、どうやら先輩が姿を消したらしいこと。まるで夢から覚めたように、「文芸部」という存在がこの学校から消えていること。

僕のひと夏、あの海でのこと、それも、多分夢だった。